中国経済新論:実事求是

流動性の膨張を如何に抑えるか
― 迫られる完全変動相場制への移行 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

はじめに

中国では、近年、外貨準備の急増に伴うマネー・サプライの高い伸びに象徴される流動性の膨張を背景に、不動産や株式の価格が急上昇し、バブルの様相を呈しており、インフレ率も上昇の一途を辿っている。流動性の膨張を抑えるために、中国当局は、国際収支黒字の削減と金融引き締めに取り組んできたが、対ドル安定という為替政策に制約され、所期の効果を上げるに至っていない(図1)。

図1 流動性の膨張:メカニズム・影響・対策
図1 流動性の膨張:メカニズム・影響・対策
(出所)筆者作成

流動性膨張のメカニズムとその影響

中国は、貿易を中心とする経常収支と資金の流れを表す資本収支がともに黒字になっており、この双子の黒字は、人民元の上昇圧力をもたらしている。通貨当局が人民元の切り上げを抑えようとして、外為市場においてドル買い・人民元売りの介入を行うが、これは直接、(通貨当局の資産としての)外貨準備と(負債としての)同額(人民元換算)のベースマネーを増やしている。外貨準備の増加分によって示されるように、介入の規模は、2006年には2475億ドル(GDPの9.4%相当)に上り、今年に入ってからさらに拡大し、上半期だけで、2663億ドルに達している。これを反映して、中国の外貨準備は2007年6月現在、1兆3326億ドルに上り、世界一の規模となっており、第二位の日本(9136億ドル)との差がますます広がっている。

ベースマネーの増加は、信用乗数を通じて、広義のマネー・サプライ(M2)を増やす。その結果、2006年末のM2の規模は、34.6兆元に上り、それをGDPで割ったマーシャルのkも、165%という、歴史的に見ても、国際的に見ても、高い水準に達している(図2)。

図2 中国におけるマネー・サプライの対GDP比(マーシャルのk)の推移 - 日米との比較 -
図2 中国におけるマネー・サプライの対GDP比(マーシャルのk)の推移
(注)マネー・サプライは中国と米国がM2、日本はM2+CD。
(出所)各国の公式統計に基づき作成

このように拡大する「流動性」は、消費者物価(CPI)と資産価格(不動産価格、株価)を押し上げている。まず、不動産価格の急騰は、2002年頃から上海をはじめとする沿海都市部から始まり、次第に内陸部の都市にも広がっている。株式市場も2005年から始まった「非流通株改革」をきっかけに、上げ相場に入っており、ベンチマークとなる上海総合指数は、この2年間で5倍ほど急騰している。さらに、インフレも加速しており、2007年8月のCPIの上昇率は、前年比6.5%と、ほぼ10年ぶりの高水準となった。

対外収支黒字の削減策

流動性の源ともいうべき対外収支黒字を減らすために、中国は、人民元の緩やかな切り上げを容認しながら、輸出抑制と各種の対外投資の自由化を中心に対策に取り組んできた。

(1)人民元の切り上げ
人民元の切り上げは、輸入の促進と輸出の抑制を通じて、貿易収支、ひいては経常収支の黒字を押さえ、また、直接投資流入の減速を通じて資本収支黒字を減らす効果も期待される。中国は2005年7月に、それまでの実質上のドルペッグ(対ドル固定相場制)を改めて、人民元レートの2.1%の切り上げとともに、「管理変動制」に移行した。それ以降、人民元の対ドルレートは、緩やかに上昇傾向を辿ってきている。そのペースは、当初の年率1%程度から、直近では年率5%ほどに加速している。しかし、人民元の割安感が依然として解消されるに至っておらず、更なる切り上げの期待はかえって投機的資金の流入を招いている。

(2)輸出の抑制と輸入の促進
貿易黒字を減らすために、輸出抑制と輸入促進という政策や措置が採られた。2006年以降、中国政府は、輸出抑制の見地から、高エネルギー消費、高汚染の製品を中心に、輸出増値税の還付廃止ないし還付率引き下げが行われてきた。中でも、2007年7月1日に、輸出品目の37%にあたる2,831品目について、品目別に設定される輸出増値税還付率の引下げや還付自体の取止めを実施した。その中には、貿易摩擦を引き起こしやすい2268品目が含まれている。その上、今年7月には、加工貿易の制限の対象となる品目の範囲が拡大された。一方、輸入については、今年に入って、2回にわたり、230項目の輸入関税を引き下げた。さらに、輸入管理措置を簡素化し、輸入貿易の利便性を高めた。

(3)適格国内機関投資家(QDII)制度
資本流出規制緩和策の一環として、中国当局は2006年4月、銀行、証券会社、保険会社などの国内の機関投資家に対して一定の条件の下、本土域外の証券市場での運用を認める適格国内機関投資家(QDII)制度を導入した。これを通じて、中国の国内の投資家も割り当てられる枠内で海外の証券を取得することができるようになった。QDIIの運用対象は、当初債券などの固定利回り商品に限定されていたが、その後、「域外の証券取引所(現段階では香港のみ)に上場された株式」に広げられた。中国人民銀行(中央銀行)が発表した「2007年第2四半期貨幣政策執行報告」によると、国家外為管理局が認可したQDII限度額は2007年6月末の時点で累計205億ドルに達しているが、人民元が上昇基調にある中で、為替差損を回避すべく、対外投資使用額は累計72億9000万ドルにとどまっている。

(4)個人の外貨取得枠の拡大と香港証券市場への投資の部分的自由化
中国本土では2007年2月に「個人外貨管理弁法」が施行され、個人が外貨を購入できる年間限度額が2万米ドルから5万米ドルに引き上げられた。また、国家外為管理局は2007年8月20日に、個人による香港への直接証券投資を許可すると発表した。まず、天津で香港証券市場への個人の直接証券投資の実験を開始する。投資家は中国銀行天津支店で外貨口座を開設した上、同銀行に香港で証券代理口座を開設することを委託する必要がある。これで、直接、外貨または人民元を外貨に交換して、香港市場へ投資することができる。投資規模は年間5万ドルまでという現行の外貨管理規則に制限されない。

(5)中国企業の対外直接投資への支援
中国では、これまで資本取引が幅広く規制されてきたが、対外投資を奨励するために審査を緩和し、資金調達においては、中央政府が、主要省・市に対外投資用の外貨融資枠を設定し、地方政府も独自の予算で資金支援、奨励基金を設置するなどの優遇政策を実施している。

(6)域内機関の経常項目下の外貨保有制限の撤廃
国家外為管理局は2007年8月13日に、国内機関に課してきた経常項目外貨口座の限度額を撤廃した。これまで、域内機関の外貨保有は前年度経常項目外貨収入額の80%と経常項目外貨支出額の50%の合計額を上限に制限されていたが、今後、各自の経営上のニーズに応じて経常項目外貨収入を自己保有できるようになった。新しい政策の実施は、域内機関の外貨保有・使用の自主性と利便性をいっそう強め、域内機関の資金管理の強化、国際収支の均衡を促す上でプラスとなる。

金融政策による対応

対外収支黒字の拡大に伴う流動性の膨張を抑えるために、通貨当局は次の三つの手段を通じて、金融引き締め政策(広い意味での不胎化)を行ってきた。

(1)公開市場操作
中央銀行は、公開市場操作(所有する国債、または自ら発行する中銀手形の売却)を通じて、積極的にベースマネーを回収している(狭い意味での不胎化)。しかし、介入の規模があまりにも大きく、しかも中長期的に持続されているだけに、それに伴って増大する流動性を吸収するための不胎化操作は、金利の上昇を招くなど、ますます困難になってきている。

まず、2003年4月から、中央銀行は、公開市場操作を実施する際、保有する国債の玉不足を補うために、自ら中銀手形を発行するようになり、その発行量が膨らんでいる。2007年6月現在の残高は前年同期と比べて、9000億元増え、3兆7600億元(ベースマネーの45.5%相当)に達している。

当初、発行された中銀手形は3ヵ月物が中心であったが、満期期限がだんだんと長期化しており、現在では1年物が中心になっている。長期金利が短期金利を上回っているため、中央銀行にとって資金調達のコストがその分だけ高まっている。

さらに、中銀手形の発行利回りも高まりつつある。金利の上昇は、更なる資本流入、ひいては介入と不胎化の規模の拡大という悪循環を招きかねない。

2006年5月以降、中央銀行は、入札と併用して割り当てによる中銀手形の発行を実施するようになった。この手形割り当ては、利回りを市場実勢以下の水準に抑え、強制的に銀行に割り当てるものである。低金利で中銀手形を引き受けさせることを通じて、不胎化のコストの一部を銀行に負わせることになる。

(2)預金準備率の引き上げ
中央銀行は、銀行を対象とする預金準備比率の引上げにより、信用乗数、ひいては、マネー・サプライを抑えようとしている。中国人民銀行は、2006年以降10回にわたって預金準備率を計5.0%ポイント(そのうち今年に入ってから7回にわたって計3.5%ポイント)引き上げ、12.5%とした。中央銀行に預ける準備金から得られる金利は貸出より低いため、準備率の引き上げは銀行の収益にとってマイナスである。

(3)利上げ
金利の引上げの狙いは、資金調達のコストを高めることによって、投資や株や不動産など、預金以外の金融資産への需要を抑え、これを通じて、物価と資産価格の上昇圧力を緩和させることである。2004年10月以来、貸出金利(一年満期)はすでに8回にわたって計1.98%ポイント(そのうち、2007年に入ってから5回にわたって計1.17%ポイント)の利上げが実施されている。一方、預金の魅力を高めることを通じて、株式市場へ資金流出に歯止めをかけるために、当局は、2004年10月以来、7回にわたって、預金金利(一年満期)の計1.89%ポイントの引上げを実施した。しかし、利上げのペースはインフレの高騰に追いつかず、2006年初以来、実質金利は低下の一途を辿っており、中でも、預金金利はマイナスの水準に落ち込んでいる(図3)。このままでは、物価と資産価値の上昇を抑えることはできない。

図3 インフレの高騰でマイナスに転じた実質預金金利
図3 インフレの高騰でマイナスに転じた実質預金金利
(注)預金金利は一年満期
(出所)中国人民銀行の発表に基づき作成

最後の手段としての完全変動制への移行

このように、中国において、金融政策の有効性は非常に限られているが、これは「どの国においても、『自由な資本移動』、『独立した金融政策』、『固定相場制』という三つの目標を同時に達成することができない」という「国際金融のトリレンマ説」に示唆される通りである(表1)。中国は、これまで実質上のドルペッグである固定相場制を維持しながら、資本移動を制限する(「自由な資本移動」を放棄する)ことを通じて、独立した金融政策を維持しようとしてきた。しかし、WTO加盟などを経て資本移動が活発化するにつれて、これまで見てきたように、金融政策の有効性も低下している。中国は、2005年7月に「管理変動制」に移行したが、為替政策の重点が「変動」よりも、依然として「管理」に置かれているため、金融政策が大きく制約されているという状況はあまり変わっていない。

表1 国際金融のトリレンマ説
表1 国際金融のトリレンマ説
(出所)筆者作成

実際、対外収支黒字が発生している直接的原因は、割安な人民元レートの下では、外為市場において外貨(ドル)の供給がその需要を上回っており、それに伴う為替レートの上昇圧力を抑えるために、当局が介入していることである。中央銀行が一切介入しないという完全な変動制の下では、外為市場における需給のインバランスは、為替レートの変動によって解消される(図4)。仮に経常収支が黒字になっても、必ず資本収支の赤字(純流出)に相殺されることになり、その結果、流動性の膨張がその発生源で止められることになる。このように、完全変動制への移行こそ、流動性の膨張を抑えるもっとも有効な手段である。

日本は1973年2月に変動制に移行したが、そのきっかけは、まさに1971以降、外貨準備とともにマネー・サプライが急増したことである(図5)。現在の中国も、流動性の膨張を抑えるための手段としては、もはや完全変動制への移行しか残っていない。

図4 人民元切り上げと外貨準備増のトレードオフ関係
図4 人民元切り上げと外貨準備増のトレードオフ関係
(出所)筆者作成
図5 変動相場制に移行する前後の日本の金融情勢
図5 変動相場制に移行する前後の日本の金融情勢
(出所)総務省「日本の長期統計系列」に基づき作成

2007年10月2日掲載

2007年10月2日掲載