中国経済新論:中国の経済改革

「国内版雁行的発展」で定着する「西高東低型成長」

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、1970年代末に改革開放に転換してから、外資導入をテコに目覚しい発展を遂げた沿海地域(東部)と遅れをとった内陸部(中部と西部)の格差が拡がっていた。しかし、東部地域における賃金と土地価格の高騰をきっかけに、外資系を中心とする企業は、東部から中西部への生産移転を加速させている。「西部大開発」をはじめ、政府が採った方策も、「国内版雁行的発展」ともいうべきこの流れに拍車をかけている。これを背景に、2007年以降、中西部の成長率は東部を上回るようになった。今後、「西高東低型成長」がそのまま定着すると予想され、中西部が東部を追い上げる形で、地域格差は縮小に向かうだろう。

「国際版雁行的発展」から「国内版雁行的発展」へ

「雁行的発展」とは、アジア各国が工業化の発展段階に応じ、それぞれ比較優位のある工業製品を輸出するといった分業関係を維持しながら、外資導入などを通じて産業構造を高度化させていくという構図である。例えば、1960年代以降、繊維をはじめとする多くの製造業の中心地が、発展段階に従って、日本から、NIEsへ、東南アジア諸国連合(ASEAN)へ、そして中国へシフトしてきた一方で、先発国である日本では製造業の中心が繊維から、化学、鉄鋼、自動車、電子・電機へと高度化してきた。先発国も後発国も、それぞれが積極的に新産業の育成と衰退産業の海外への移転を組み合わせた産業構造調整を進めていくことは、地域全体のダイナミックな発展の原動力となっている。

「雁行的発展」の条件として、各構成地域の間で、①地理的に近いこと、②貿易と直接投資が自由であること、③発展段階の差を反映して産業構造が違うことが挙げられる。中国において、改革開放が進むにつれて、東部、中部、西部という3つの地域の間には、①に加え、②と③という条件も備わるようになった(図1)。

図1 雁行的発展:国際版Vs.国内版
図1 雁行的発展:国際版Vs.国内版
(出所)筆者作成

その上、これまで東部は、労働集約型製品の生産と輸出を梃子に高成長を遂げたが、近年、人民元レートの上昇や、賃金と土地の価格の上昇に見舞われ、労働集約型産業は競争力を失ってきている。これを背景に、外資系企業のみならず、中国企業も生産拠点を移転せざるを得なくなってきており、中西部が投資先として浮上している。

産業移転を促す政府の方策

このような市場の力に加えて、政府の力も、産業の東部から中西部への移転を促し、中国における「国内版雁行的発展」に拍車をかけている。

中国政府は、中西部の発展を加速させるために、1999年に「西部大開発」という発展戦略を提起し、これを受けて、2000年に「西部大開発の若干の政策措置に関する実施意見」が発表された。その中には、政府の支援策として、建設資金の投入拡大、インフラ・環境・資源開発の建設プロジェクトの優先的実施、財政移転支出の増加、金融機関による信用貸付支援の強化、外資を対象とする投資奨励、租税優遇策の実施が盛り込まれている。その後、政策支援の中心は、インフラ投資と資源開発から、産業の移転に移り、対象地域も西部にとどまらず、中部にも及ぶようになった。

「西部大開発」戦略に基づき、中西部地域への外資誘致のため、全国に適用される「外国投資産業指導目録」とは別に、2000年6月に「中西部地域外国投資優位産業目録」が制定された(2004年7月、2008年12月に改訂)。同目録では中西部の20の省・自治区・直轄市ごとに実情に合わせて優位性を持つ産業リストが各々制定されている。リストに含まれる産業への投資プロジェクトについては、15%という法人税の優遇税率(標準税率は2007年まで33%、2008年以降25%)が適用される上、輸入する自社用設備に対する関税と輸入増値税が免除される等の租税優遇措置が受けられる。

2010年4月に発表された「一層の外資利用に関する国務院の若干の意見」において、外資を中西部に誘導する次の方針が明確に示されている。

  • 「外国投資産業指導目録」の改訂状況に基づき、「中西部地域外国投資優位産業目録」を補充改訂し、労働集約型事業の項目を増やし、外国企業が中西部地域で環境保護の要請にかなった労働集約型産業を発展させることを奨励する。
  • 条件にかなった西部地域の内資・外資企業に対し、引き続き企業所得税優遇政策を実施し、西部地域の外国投資吸収の好調を維持する。
  • 東部地域の外資系企業の中西部地域への移転に対し、政策的開放と技術・資金を伴う支援の度合いを強める。同時に行政サービスを整え、工商、税務、外国為替、社会保険などの手続きの際に便宜をはかる。外資銀行の中西部地域での出先機関設立と業務を奨励、誘導する。
  • 東部地域と中西部地域が市場化を方向とし、委託管理、投資協力などさまざまな方式を通じて、優位性による相互補完、産業連携、利益共有の原則に従って開発区を共同で建設することを奨励する。

続いて、2010年8月に「国務院の中西部地域の産業移転受け入れに関する指導意見」が公布された。その中で、労働集約型産業、エネルギー・鉱産物開発加工業、農産物加工業、設備製造業、近代的なサービス業、ハイテク産業、加工貿易の7つの産業が重点的移転産業と指定され、受け入れ地域に対し、受け入れ産業の適切な整備、手続きの簡素化、労働力の確保等が求められるとともに、国による財政、税制面や投資、土地利用、貿易面での支援策が示されている。特に、国の承認を受けた「産業移転受入モデル地域」に対し重点的に支援する方針である。すでに「安徽省皖江城市帯産業移転受入モデル地域」、「広西桂東産業移転受入モデル地域」、「重慶沿江産業移転受入モデル地域」の三つの地域がその資格を得ている。

第12次五ヵ年計画(2011年~2015年)においても、「各地域の比較優位を十分に発揮させ、地域間の生産要素の合理的な移動と産業の秩序ある移転を促進し、中西部地域で新たな地域成長軸を育成し、地域発展の釣り合いを強める」という方針が確認されている。

縮小に向かう東部と中西部の間の所得格差

市場の力という「見えざる手」と政府の力という「見える手」が同時に働くという形で、外資を中心とする企業は投資を東部から中西部にシフトさせており、中国における「国内版雁行的発展」が定着している。これを反映して、2010年の外資直接投資の伸びは、中部が28.6%、西部が26.9%と、東部の15.8%を大幅に上回っており、外資系企業による輸出の伸びも中部が50.2%、西部が40.1%と、東部の27.6%を大幅に上回っている。これを背景に、実質GDP成長率、社会消費品小売売上、都市部の固定資産投資、輸出(内外資を含む)といった主要経済指標の伸びも、「西高東低型」となっている(表1)。

表1 東部・中部・西部の主要経済指標の比較(2010年)
表1 東部・中部・西部の主要経済指標の比較(2010年)
(注)各地域の平均実質GDP成長率は2010年の各地域名目GDPの割合をウェートとする加重平均によるもの。ただし、地方のGDP統計の誤差が大きいため、三地域の加重平均は別途に発表される「全国」の数字を上回っている。
(出所)CEICデータベース、中国統計年鑑及び商務部統計データより作成

中でも、2007年以降、中西部の実質GDP成長率は一貫して東部を上回っている(図2)。確かに、2008年9月のリーマン・ショックを受けて、中西部も東部と同じように、輸出の大幅な落ち込みを余儀なくされたが、東部と比べて中西部は輸出への依存度が低いため、世界経済の減速から受けた影響は比較的小さかった。その上、2008年11月に発表された4兆元に上る景気対策をはじめ、公共投資を中西部に傾斜させる政策が維持されていることや、産業の内陸部への移転が加速していることもあり、中国おける「西高東低型成長」は現在も続いている(図3)。

図2 「西高東低型」に転じた実質GDP成長率
図2 「西高東低型」に転じた実質GDP成長率
(注)各地域の平均実質GDP成長率は2010年の各地域名目GDPの割合をウェートとする加重平均によるもの。
(出所)CEICデータベースより作成
図3 東部を上回る中部と西部の実質GDP成長率(2011年Q1)
図2 「西高東低型」に転じた実質GDP成長率
(注)各地域の平均GDP実質成長率は2010年の各地域名目GDPの割合をウェートとする加重平均によるもの。
(出所)CEICデータベースより作成

外資だけでなく、中国企業による投資の東部から中西部へのシフトも加速している。これをきっかけに、中西部は労働力や土地などの生産要素が相対的に安く、技術も外部から低いコストで導入できるといった「後発性の優位」を発揮しつつある。これにより、中国における「西高東低型成長」はそのまま定着し、地域間の格差も縮小に向かうだろう。

2011年6月29日掲載

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2011年6月29日掲載