中国経済新論:実事求是

産業の空洞化なき高度化を目指す広東省

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

1980年代以降、広東省は改革開放の波に乗って、世界の工場の一翼として、中国の中でも最も高い成長を遂げてきた。しかし、2008年に入り、コスト上昇や世界経済の減速といった内外環境の悪化を受けて、広東省の輸出の伸びは急激に鈍化しており、労働集約型産業を中心に多くの企業が経営不振に陥っている。産業の空洞化なき高度化を目指すべく、広東省政府は、衰退産業を省内の後発地域に移転させる一方で、新しい産業の誘致・育成に力を入れている。これが推進力となって、工業の重心が従来の労働集約型産業から自動車を中心とする重工業にシフトしつつある。

労働集約型製品を中心とする輸出の不振

これまで、労働集約型製品の輸出に牽引され、広東省は珠江デルタを中心に目覚ましい経済発展を遂げた。しかし、2008年に入り、米国のサブプライム危機がもたらした外部環境の悪化に加え、人民元の切り上げや、輸出還付税率の引き下げ、賃金上昇、原材料価格の高騰などによるコスト高の影響を受けて、広東省の輸出の伸び率は、昨年上半期の26.5%(ドルベース、前年比)から、今年上半期には13.0%と大幅に低下している。この落ち込みは、全国だけでなく、競合関係にある上海市や浙江省よりも大きくなっている(図1)。

図1 減速する広東省の輸出
-全国および主要地域との比較-

図1 減速する広東省の輸出
(注)2008年は上半期のデータ(前年比)
(出所)『中国統計摘要』各年版より作成

広東省の輸出の商品別構成を見ると、今年の上半期には、衣料品(前年比31.3%減)とプラスチック製品(同4.5%減)といった労働集約型製品の不振が目立っており、これらの業種において、中小企業を中心に倒産が相次いでいる。しかし、その一方で、機械類(同19.0%増)とハイテク製品(同19.1%増)の輸出は比較的好調が続いており、輸出全体の下支えになっている。

空洞化なき高度化を目指した「騰籠換鳥」戦略

空洞化なき高度化を目指すべく、広東省は、珠江デルタを中心とする先発地域から衰退産業をその周辺の後発地域に移転する一方で、新しい産業を迎えるという「騰籠換鳥」(籠の中の鳥を取り替える)戦略を進めている。これにより、先進地域では解放された土地や人材といった資源がより付加価値の高い産業に再配置できるようになる一方、後発地域では新しい雇用機会が創出され、地域格差の是正と産業の高度化を同時に達成できるという「一石二鳥」の効果が期待される。戦後、アジア地域において、多くの産業が直接投資を通じて、次から次へと先発国から後発国へと段階的に移転されてきた。このことは、「雁行形態」と呼ばれているが、広東省が進めている「騰籠換鳥」戦略は、まさにその「省内版」に当たる。

広東省政府は産業移転を円滑に推進していくために、周辺地域への交通のアクセスを改善すべく、道路をはじめとするインフラ建設を急ぐ上、「産業移転工業団地」の建設を奨励している。資金の拠出から開発、建設、企業誘致などに至るすべてのプロセスにおいて、転出側の市政府が主導的役割を果たし、その報酬として、一定の期間内に事前に定めた比率で進出企業から徴収された税金の一部をシェアすることができる。2008年6月末までに、東莞市をはじめとする6つの珠江デルタの都市と13の東西両翼および北部山間地帯の都市との間にすでに26の「産業移転工業団地」の設立が省政府によって認可されている(表1、図2)。

広東省政府は、衰退産業の後発地域への移転と同時に、労働力の先発地域への移転(合わせて「双移転」)も奨励している。労働力の質を高めるために、職業訓練制度を強化するとともに、技術者を対象に、一定の在職期間という条件を満たせば、出稼ぎ先の戸籍が簡単に取得できるという制度を進めている。

表1 東莞市が主導する産業移転工業団地の概要
表1 東莞市が主導する産業移転工業団地の概要
(出所)各種報道より作成
図2 東莞市と移転先の地理的関係
図2 東莞市と移転先の地理的関係
(注)珠江デルタは広州市、深圳市、珠海市、佛山市、江門市、東莞市、中山市、恵州市の一部の地域、肇慶市の一部の地域
(出所)各種報道より作成

産業高度化への展望

産業の高度化を実現するためには、労働集約型産業に代わる新しい産業の発展が欠かせない。今年8月に発表された「広東省の現代産業体系の建設を加速させることに関する決定」では、今後の有望産業として、金融、物流、情報をはじめとする高度なサービス業に加え、産業用機械・装置、自動車、鉄鋼、石油化学、造船といった重工業が挙げられている。

重工業の中でも、自動車産業が日系メーカーの相次ぐ進出により、急成長している。1998年に撤退を決めたフランスのプジョーの工場を買収する形でホンダが進出したのに続き、中国のWTO加盟を受けて、日産やトヨタも広州に工場を建設し、生産を本格化した。広州を中心に、米国のデトロイトや日本の豊田市のように、自動車関連の産業クラスターが形成されつつある。広東省の2007年の自動車生産台数が78.9万台(全国の8.9%)に達し、これまでトップの地位を守ってきた吉林省(82.2万台、全国の9.2%)と上海(82.1万台、全国の9.2%)を上回ろうとしている。特に、乗用車に限って見ると、広東省の生産台数(78.3万台、全国の16.6%)はすでに吉林省(57.8万台、全国の12.2%)を抜いており、上海(81.2万台、全国の17.2%)に次ぐ全国の第2位の規模となっている(表2)。現段階では、広東省の自動車産業は国内販売が中心だが、将来的には、一大輸出産業にまで成長する可能性を潜めている。

このように、現在、広東省における労働集約型産業が直面している困難は、産業の空洞化というよりも、新しいステージを迎える産業高度化の過程に伴う陣痛に当たる。このような認識の下で、広東省政府が産業政策に取り組む際に、衰退産業を保護するのではなく、新しい産業を発展させるというスタンスを堅持していることは、高く評価すべきである。

表2 中国の最大の自動車生産地になろうとする広東省
-吉林、上海との比較-

表2 中国の最大の自動車生産地になろうとする広東省
(出所)『中国統計摘要』各年版より作成

2008年10月7日掲載

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