中国経済新論:世界の中の中国

本格化する中国企業の対外直接投資
― 企業行為か、それとも政府行為か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は、これまで直接投資を受け入れること(中国語で「引進来」)を通じて海外の資金と技術を入手し、これをテコに高成長を遂げてきた。その一方で、中国企業による対外直接投資は、資本規制の一環として厳しく制限されたこともあって、非常に小規模にとどまっていた。しかし、近年、中国企業の実力の向上に加え、政府の後押しもあり、対外直接投資(中国語で「走出去」)が急速に増えてきた。その額は2006年には212億ドル(世界ランキング第17位)に達し、対内直接投資(695億ドル、世界ランキング第5位)とのギャップが縮まっている(表1)。業種別では、鉱業がリース・ビジネスサービスに取って代わってトップの座に就いている(図1)。グリーンフィールド(企業が自ら新しい事業を立ち上げる)投資に加えM&A(合併・買収)という形での投資も増えており、特に資源獲得のための国有企業による大型案件が目立っている。それゆえに、海外では、これらの投資は、通常の企業行為というよりも、中国の外交政策をサポートするための政府行為ではないかと警戒されている。

表1 直接投資の流入と流出国・地域の世界ランキング(2006年)
表1 直接投資の流入と流出国・地域の世界ランキング
(出所)UNCTAD, World investment Report 2007, 「2006年度中国対外直接投資統計公報」、『中国統計年鑑』
図1 中国対外直接投資産業別構成(フロー、2006年)
図1 中国対外直接投資産業別構成
(出所)「2006年度中国対外直接投資統計公報」(中華人民共和国商務部、中華人民共和国国家統計局、国家外為管理局

国策としての「走出去」戦略

「走出去」戦略は、第10次五ヵ年計画(2001-2005年)で初めて提起され、第11次五ヵ年計画(2006-2010年)にも受け継がれている。また、胡錦涛総書記による中国共産党第十七回全国代表大会における報告(2007年10月15日)においても、「対外投資と協力方式のイノベーションを行い、企業の研究・開発、生産、販売などの面における国際化運営をサポートし、わが国の多国籍企業および世界的に著名なブランドの育成を加速する。エネルギー資源の国際的な互恵協力を精一杯行う。」と強調されている。そのために、多くの方策が打ち出されている。

商務部の専門家を中心にまとめた「中国企業国際化戦略報告2007」(2007年11月)によると、対外直接投資の狙いは具体的に、次のようなものである。

(1)国内の資源不足の緩和
中国では工業化、中でも重化学工業の進展に伴い、今後エネルギーをはじめとする資源の不足はさらに深刻になっていくものと考えられる。それゆえに、企業の国際化を進め、海外の資源を活用する必要がある。

(2)過剰生産能力の解消と産業の高度化
投資の拡大により、中国は多くの業種において生産能力が過剰になっている。グローバルな産業再編や海外への産業移転は、その過剰生産能力の解消に役立つと期待されている。これをテコに土地や人材など、国内資源の新しい成長産業への再配置が促される。

(3)貿易摩擦の緩和
中国の輸出は、常に外国の保護貿易主義の脅威にさらされている。貿易摩擦を回避しつつ、海外市場を開拓していくために、経営の国際化や対外直接投資の拡大が必要になっている。

(4)対外収支不均衡の是正
資本流出の一種である対外直接投資の拡大は、対外収支の黒字を減らし、ひいては人民元の切り上げ圧力とそれに伴う過剰流動性を軽減させる。

(5)競争力のある多国籍企業の育成
中国は経済大国から経済強国へ、メイド・イン・チャイナ(「中国製造」)からイノベーション・イン・チャイナ(「中国創造」)への転換を目指している。そのためには、企業は海外の経営手法を学ぶことや、海外の販売網を確保することだけでなく、ブランド力と研究開発能力を向上させなければならない。このような能力を備えた多国籍企業を目指すべく、中国企業はあえて激しい国際競争に参入し、これを通じて、実力を磨く必要がある。

「走出去」戦略は成功するか

このように、中国企業の対外直接投資は、純粋に利潤極大化のための企業行為ではなく、産業政策や安全保障といった中国政府の意図も反映している。実際、対外直接投資を行っている企業の上位20社はすべて国有企業であり、中でも、中国石油化工、中国石油天然ガス、中国海洋石油をはじめとする、中央政府直轄の大型国有企業が中心となっている(表2)。これに対して、海外からは懸念の声も聞こえてくる。現に、中国の国有企業による買収は、その背後に政府が存在することが障害となり、政治問題化したケースが目立っている。中国海洋石油(CNOOC)による米国の大手石油会社であるユノカルの買収とレノボによるIBMのパソコン事業買収がその好例である。

中国海洋石油はこの買収において、米国で採掘された天然資源を全部米国へ供給するなど、アメリカ政府が求めるすべての条件を受け入れる意向を表明したうえ、185億ドルの買収案を提示した。この金額はアメリカのもう一つの大手石油会社であるシェブロンが先に提案した163億ドルを上回るものであった。しかし、この買収は失敗に終わった。この買収劇で焦点となったのは、まず、石油という天然資源はアメリカにとっても重要なものであり、安易に中国に渡すべきではないという点である。また、ユノカルはインドネシアにおける天然ガスの主要生産者であり、天然ガスの供給をインドネシアに大きく依存している台湾にとって、この買収が成立するかどうかは、安全保障にかかわる重要な問題である。さらに、中国海洋石油が国有企業であるため、政府から特別な支援を受けており、それが不公平な競争に当たるということも指摘された。

一方で、レノボによるIBMのパソコン事業買収に当たっても、当初、中国側へ先端技術が流出してしまうことや、中国市場へのアクセスを失ってしまうことが懸念された。最終的に、買収は成立したが、その理由は、米国がレノボによるIBM買収を認めれば、将来中国も米国政府の資本が入った企業による中国企業買収を認めざるを得なくなり、結果として国益になると判断されたからだ。しかし、この買収成立後、米国国務省はスパイウェア等による機密情報の漏洩を懸念して同社のパソコン購入計画を撤回したため、レノボは大きな打撃を受けた。

政治の壁に加え、中国企業自身の能力も対外投資を制約する要因となっている。対外直接投資は、相手の土俵に乗って戦うことを意味するだけに、進出側の企業は経営や、技術、人材、情報などの面において優位性を待たなければならない。残念ながら、国有か非国有かを問わず、ほとんどの中国企業はこのような条件をまだ満たしていない。中国企業の海外でのM&Aが国際的に注目を浴びているが、期待される効果を上げるまで、当分、低収益、場合によっては赤字に甘んじる形で、「授業料」を払い続けなければならないだろう。

表2 中国対外直接投資上位20社(ストック、2006年末現在)
表2 中国対外直接投資上位20社
(注1)金融業は除く。
(注2)中央企業とは、国有資産監督管理委員会が直轄する大型国有企業のこと。2008年1月現在計150社。
(出所)「2006年度中国対外直接投資統計公報」(中国人民共和国商務部、中華人民共和国国家統計局、国家外為管理局)

2008年2月5日掲載

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2008年2月5日掲載