このところ、上海電気がアキヤマ印刷機製造や池貝を買収し、三九製薬がカネボウの医薬品事業の買収に名乗りを上げるなど、中国企業による日本への対外直接投資が話題を呼んでいる。中国経済が目覚しく台頭し、政府も「走出去」を旗印に企業の対外進出を奨励し始める中で、85年のプラザ合意の後の日本企業のように、中国企業による直接投資が急速に増えると予測する評論家も一部いる。しかし、中国企業の実力は、規模はもちろんのこと、経営や技術開発などの面において、多国籍企業にはまだ遠く及ばないことから、中国企業が世界の直接投資の担い手になる条件をまだ満たしていないことは明らかである。現段階では、中国企業にとって、対外直接投資は貿易摩擦を解消するための手段にさえならない。
依然として大きい多国籍企業との距離
中国企業の海外進出はまだ始まったばかりであり、先進諸国と比べてまだ発展途上にあると言わざるを得ない。
まず、投資規模が小さいということである。UNCTADが発表する『世界投資報告2003年版』によると、2002年における中国の対外直接投資額は28.5億ドルであり、流入額の5.4%に過ぎない。また、財務省の「対外及び対内直接投資状況」によると、2003年度中国企業による対日直接投資は計20件、総額は3億円に留まっており、その規模は2兆円を超える日本の対内直接投資の0.01%に過ぎない。
第二に、進出産業・地域において先進諸国と対照的になっている。中国企業は、現地での生産や販売を目的としない貿易促進型の投資を多く行っており、その投資先も先進国ではなく、東南アジア、アフリカ、中南米など発展途上国が中心である。これは、国境を越えて研究開発や生産と販売といったサプライチェーンと有機的に結びつける機能を形成している先進国の多国籍企業とは対照的である。
第三に、その大部分を国有企業が占めており、民間企業の進出規模は小さい。この現象は、2004年、ビジネス誌『フォーチュン』が発表した世界の500社にランクされた14社の中国企業がすべて国内において強い独占力を持つ国有企業であることを考えれば、容易に理解できる。しかし、これらの国有企業は国際競争力のある製品やサービスを供給できず、海外へ投資する主な目的も輸出の促進より資源の確保にある。
最後に、進出方式・目的に大きな違いがあるということである。多国籍企業の海外投資の方法としては、新規プロジェクトへの投資よりむしろ他国企業の買収が頻繁に行われるようになっているが、中国企業の対外投資では基本的に単独資本を中心にゼロからプロジェクトを作り上げる方法が中心となっている。また、先進国の多国籍企業の目的が、各地域の比較優位を活かし、より大きな利潤を獲得することであるのに対し、中国企業の目的は主に、海外の経営や情報、製品の規格を学習するためである場合が多い。
製造業に限って言えば、国際市場における企業の優位性は、同じ機能の製品を安く生産できるというコスト面での優位性、同種の製品の機能が他よりも優れているという製品の優位性、そして、消費者が他と比べてその企業を信頼してくれるというブランド力の優位性の3つに集約される。この中で、中国企業は国内の低賃金を武器に労働集約型製品において強い競争力を持っている。しかし、先進国に進出する場合、このコスト面での優位性は失われてしまい、海外進出の対象を発展途上国に限定しなければならないのである。一方、製品・ブランド力の優位性の確立はかなり難しい。実際、ほとんどの中国企業は研究開発能力や技術に基づく製品の優位性が弱く、技術革新の主体にはなっていない。そのため、中国の製造業における対外投資も途上国への加工貿易型が中心で、製品もローエンド市場にとどまっている。確かに、ハイアールのように、自社ブランドを確立するために、米国で工場を建てるなど、積極的に海外直接投資を行おうとする企業も現れ始めているが、まだそれに見合った収益を得られていないようである。
貿易摩擦は対外直接投資増につながらない
現在の中国企業が行っている対外直接投資の実情は、国際市場における中国製品の優位性が欠けていることに大きく影響を受けている。しかし、原因はそれだけではなく、中国国内の経済環境も少なからず作用している。実際、中国では高度経済成長や、資本移動規制の緩和傾向、さらには通貨上昇圧力が企業の海外進出を促進する要因として働いており、70年代当時の日本企業がおかれていた状況と類似している。日本ではブレトンウッズ体制崩壊と石油価格の高騰を受けて、製造業による生産コスト削減や資源の安定的な確保を目指して資源開発投資が盛んになった。現在、中国企業は鉄鉱石や石油などの確保を目指したブラジル企業との合弁を盛んに行っている。
日本では1980年代になってくると、貿易摩擦回避のための現地生産(その典型例は米国への自動車産業での投資)が増え、資源開発型投資のシェアが低下した。しかし、中国は現在貿易摩擦に直面しているにもかかわらず、これを回避するための直接投資がほとんど行われていない。この現状は中国がいまだに安い人件費を活かした労働集約型産業に優位性を持っていること、さらには中国企業が海外で通用する技術やブランドを持っていないことと関連している。例えば、労働集約型製品の場合、輸出先である先進国への生産移転は生産コストの高騰を意味し、採算が取れなくなる。自動車のような技術集約分野においては、中国の国内市場さえ完全に外資企業に占領された状態になっており、中国企業による海外への生産移転はまったく考えられない。半導体における米中摩擦も、中国の対米輸出が問題とされているのではなく、中国で差別を受けているとされる米国の対中輸出を巡るものであり、中国企業の対米進出によって解決するという次元の話ではない。
中国政府は企業の海外進出を推し進めてはいるものの、進出した中国企業が国際競争で生き残れない限り所期の目的は達成できない。現時点において、中国企業の実力はまだ多国籍企業のレベルには到底及ばず、日本企業に脅威を感じさせるものではない。中国企業が本当に海外を席巻したと言えるようになるには、政府の保護によらずに急速に成長してきた多くの民営企業が、自前の技術とブランドを持つようになり、フォーチュン500にランクインする時期を待たなければならないだろう。
2004年9月8日掲載