中国経済新論:中国経済学

胡鞍鋼教授の国情研究にかける思い

胡鞍鋼
清華大学国情研究センター

本稿は中国科学院-清華大学国情研究センター長胡鞍鋼教授の著書「意思決定に影響する国情報告(書)」の前書きである。1998年-2002年の4年間にわたり当該センターから提出された国家の意思決定に最も影響力を持つ報告書が同書に収録された。その大半の国情報告書は国務院の指導者たちから直接依頼され、政策制定と政策調整の背景資料になり、中央各部署、委員会と各省、市の指導者たちに大変重視された。

改革開放という千載一遇の時機

毛沢東は40年前すでに次の考え方を示していた。「人々の正しい思想はどこから来たものか。天から落ちて来たものか。そうではない。自分の頭にある固有のものか。そうでもない。人々の正しい思想は社会的実践からしか生まれて来ない。社会の生産闘争、階級闘争と科学的実験といった3つの実践からしか生まれて来ない。人々の社会的存在が人々の思想を決定付けるのである」。彼はまた次のように述べた。「正しい認識は、以下のような循環を経て初めて完成される。すなわち、物質面から精神面、精神面から物質面、つまり実践から認識、認識から実践というように、何度も繰り返されることにある。これはつまりマルクス主義の認識論であり、弁証法的唯物論の認識論である。」我々が中国の国情とその発展を正しく認識するには、絶えず実践し、絶えず認識し、絶えず総括するといった過程を何度も繰り返さなければならない。中国人民の実践は人類の歴史における最も偉大な社会的実践である。十数億の中国人民が960万平方キロの国土と300万平方キロの海域において、十数ヶ国と国境を接するという環境の下で、人類史上最も偉大な出来事に関わっている。それは改革と開放である。国情研究(海外では中国研究という)はこうした偉大な実践を研究対象としながら、絶えず認識する過程において、感性的認識から理性的認識、また理性的認識から社会的実践へと往復することにより、どのような理論的政策方法により予期する成果が得られるかを見出し、それにより中国の改革と開放を正しく指導し、中国の発展を推進していく。

建国五十数年来、毛沢東、鄧小平、江沢民の三世代の指導者、そして中国の知識人と学者たちが絶えず検討してきたテーマとは、悠久なる歴史、膨大な人口、広大な国土を持ちながら、地域発展の格差が甚だしい発展途上国にとって、社会主義の現代化が必要かどうか、どのような社会主義現代化を実現すべきか、中国は現代化を実現することができるか、中国の特色ある社会主義現代化を如何にして実現していくか、ということである。中国の社会主義現代化は我が国の国情に基づく独特な現代化の過程である。我々は中国の国情の基本的な特徴や他の国と異なった特殊性(特に中国の発展を制限する要素)に対する理解が深いほど、意思決定の誤りが少なくなり、経済と政治の代価も小さくて済むことになる。また、中国の経済発展の法則に対する認識を高め、自らの発展の経験と教訓をしっかりと総括するほど、将来の発展を認識、指導する能力も強くなる。しかし、本当の中国を理解することは、生易しいことではない。中国はまさに「難解な書物」である。悠久なる歴史と懐の深い文化を有するだけでなく、かつて無い社会的変革と急成長の過程にある国である。

筆者は中国の国情と発展に対する認識と研究を生涯の仕事と研究分野としている。これは私の人生における最大のテーマであり楽しみでもある。ダグラス・ノース(米国の経済学者、1993年にノーベル経済学賞を受賞)が指摘したように、「人間の一生は創造性のある一生であるべきだ。人生は勉強する過程であり、自らの視野を絶えず広げて行く過程である」。中国は世界で最も人口の多い国であり、中国の改革と発展は人類史上最も偉大な社会的実践である。我々の国情研究は広範な社会的実践の基礎と社会の需要に基づいたもので、社会に大きな影響を及ぼすことができる。筆者は学術的キャリアから自らの人生の道を見出した。その本当の意味とは、中国と共に発展し、中国の開放に付き従い、中国と共に変革しながら邁進し、中国と共に繁栄し存在していくことである。

改革に影響を及ぼす国情研究センターの研究

1999年に筆者は中国科学院国情研究センターを立ち上げた。同じ年に清華大学と共に中国科学院―清華大学国情研究センターを設立した。当センターは国の重要な意思決定のためのシンクタンクの一つと位置付けられ、国内外で重要な影響力を持つ公共政策研究センターになった。当センターの主な役割は、基本的な国情を研究し、専門テーマの調査研究を行い、重要な国情情報を収集、整理し、意思決定のためのデータベースを構築することである。主に、21世紀における中国の中長期的発展に関する重大な戦略問題とそれに関連した重要な公共政策を研究している。また、政府が現在特に関心を持つ重大な問題とホットな問題を重点的に研究する。全国の国情研究と国情教育の推進や国際協力と交流の促進にも力を入れながら、公共政策研究のための高度な人材の育成や、修士課程、博士課程の学生の育成なども進めている。当センターの目的は最高の国益を守り、国の長期的発展目標を明確に認識し、国のマクロ的意思決定に積極的に影響を与えることである。

国情研究センターの最も重要な役割は意思決定のための知識を獲得し、知識のイノベーションを図り、知識を広め、国情研究報告書を通じて意思決定と政策に影響を与えることである。1998年2月に、筆者による初めての国情報告書「人民のために仕事を作り出す 中国の失業問題と就職戦略」が発表された。これに対して、朱鎔基総理、呉邦国副総理から直接指示を与えられ、筆者は大いに励まされた。それにより、筆者は国情報告書を意思決定の情報のプラットフォームにしながら、国情情報を収集、整理し、国情意思決定のデータベースを作り、全国の国情研究と国情教育を推進するよう、公共政策の人材を育成するという決意を新たにした。2002年10月までに、『中国国情分析研究報告書』と題する国情報告書は475本発表され、主に中央の指導者たち、各部署、委員会と各省、市、自治区の指導者たちに我が国の経済体制改革と管理の方針、政策の国情背景資料、それに国内外の専門家の中国経済と社会発展に対する見方や提案などを提供してきた。筆者はそれを「最も大切な知的投資」と呼ぶ。

「中国国情分析研究報告書」が長年に渡り提供してきた意思決定のための情報は、中央及び関係の指導者たちに重視され、一部の内容は既に中央の指導者たちに受け入れられ、影響を与える範囲は日増しに広がり、極めて大きな社会的効果を収めた。関係部署の統計によると、今期の政府(国務院を指す)は我々の提供した37の報告書に対し、48回の指示を出している。そのうち、主な指導者による指示が39回あり、同じ報告書に複数回指示が出されたこともある。本書に収録された国情報告書の大半は国務院の指導者により指示を受け、その他、中国共産党中央や、全国人民代表大会、中央軍事委員会及び全国政治協商会議の指導者の指示も受けた。これは本書と我々の長年にわたる国情研究の真髄でもある。

なぜ我々の国情研究報告書が政策決定に影響を与えたのだろうか。そのカギは中国の意思決定のメカニズムに重大な変化が起きたことにあると筆者は思う。それにより、我々のような専門知識に富み、グローバル意識を持ちながら国情を深く理解した専門家たちにとって、良好な学術研究の環境が整い、知恵と才能を十分に発揮し、大いに活躍することができるようになった。中国の政治の意思決定のメカニズムが経済と社会体制の移行にともない、大きく変わってきたのである。毛沢東の時代には、大切な意思決定の大半が毛沢東本人により下されたのである。例えば、文化大革命、「三線」の整備(内陸部への主要産業の移転)、中米国交回復などが挙げられる。これは個人による意思決定時代と見なすことができる。鄧小平の時代は、鄧小平が中核的な役割を果たしたほか、党の集団指導グループのメンバーもますます重要な役割を果たすようになった。これは集団の意思決定時代と見なすことができる。90年代以降、意思決定のメカニズムが大きく変わり、中央の意思決定に当たり、各方面の専門家の意見と提案に耳を傾けるようになった。これは諮問参加型と見なすことができる。我々はこれにより国の意思決定に積極的に参加できるという機会に恵まれた。2002年9月末に温家宝国務院副総理が主宰した会議に参加したとき、温副総理は、「科学を尊重し、知識を尊重し、専門家を尊重する」と明確に示したうえで、これから中央と国務院の重大な意思決定に当たり、各方面の意見を広く求め、特に各方面の専門家の意見を聞くことにより、科学的、民主的な意思決定を図って行くべきだと述べた。これは我々が政策決定に参加し、影響を与えられるようになるというマクロ的な背景と環境である。

中華民族の繁栄と祖国の繁栄のために努力奮闘することは、人生の目的であり、学術研究の趣旨でもある。

社会と政治から分離できない経済問題

中国は非常に特殊な経済社会である。中国が現代化の過程で遭遇した困難の大きさ、矛盾の多さ、問題の複雑さなどは理解しがたいものであり、また、その解決も容易ではない。現在、中国にとって、かつてない歴史的な発展のチャンスが存在しているが、同時に避けて通れない様々な困難にも直面している。こうしたリスクの不確定性と中国と世界発展に関する知識の不完全さから、意思決定の難しさと複雑さはより増幅された。

筆者は2002年6月24日に朱鎔基総理が主宰した経済専門家座談会において、「農民の第三次解放」、すなわち「農民を解放し、農民に投資し、農民を移転させ、農民人口を減らし、農民を豊かにする」という政策提案をした。今振り返ってみれば、農業、農民、農村を深く認識した指導者が制定した発展政策が中国の国情に合致し、中国の発展を大いに促進した。なぜなら人口が圧倒的に多い人たちがその利益を享受できるような改革こそ本当の意味での改革であるからだ。同じように、農業、農民、農村を深く研究した学者による中国研究は本当の意味での学術的成果であり、知識によって国民、とりわけ農民に幸福をもたらすことができるのである。

長年にわたり、筆者が関心を寄せている問題は一般国民が関心を寄せる問題でもある。それは何かと言えば、レイオフによる失業問題、社会保障問題、農民の収入問題、少数民族地域の貧困問題、デフレ問題などといった社会公共問題である。

筆者がよく人に聞かれるのは、筆者が出した多くの提案が、なぜ提出後間もなくまたは数年後に中央に受け入れられたかということである。中央の意思決定は単なる経済的な意思決定ではなく、経済的かつ政治的な意思決定であると筆者は考える。中国の経済問題を研究する際、単なる経済的な角度から出発するのでなく、社会的な角度、特に、政治的な角度から出発しなければならない。筆者は従来から地域格差は経済問題であるだけでなく、むしろ第一義的には政治問題として取り扱うべきだと見ている。したがって、筆者は研究過程において、単なる経済の視点または単なる地理的な要素から原因を究明するのでなく、政治と経済を結びつけて分析することにしている。

中国の多くの問題は政治から着手しない限り解決できないものである。意思決定層の重要人物の共鳴を引き起こし、公共政策を形成してこそ、初めて社会の共通認識の形成につながり、発展を実現することができる。

「経世済民」のための知的貢献

経済学者は人類に幸福をもたらす「エンジニア」であり、知識人である彼らの人類への最大の貢献は知的貢献である。その他の科学者や知識人に比べ、経済学者はそうした知的貢献をする条件と機会に恵まれている。経済学自体は「経世済民」の学問として、どのように富を作り出すかを究明することを目的とする。例えば、経済成長理論はなぜ一部の国の成長が比較的速いか、なぜある国の成長が比較的遅いかを研究するものである。経済学者は個人のために富を作り出す方法を研究するのではなく、人民と国のために富を作り出す方法を研究するのである。彼(彼女)が提供するのは一種の「公共財」で、すなわち「知識」である。それは強い外部性があり、他人のためになり、社会のためにもなる。

中国の学術市場における競争はかなり激しいが、非常に公平でもある。学術的貢献さえすれば、社会に認められるようになる。人から意見を求められたり批判されたりするのは、形は違えど、その社会に認められているからであり、あまり気にする必要がない。一番悲しいのは、発表された論文や作品が社会に重視されず関心を持たれないことである。学者は自己評価、自己陶酔してはならず、社会や他人から評価されるべきである。研究成果は公共政策という形になってこそ社会に影響し、社会の発展を促進することができる。筆者が気付いたのは、地域間格差のような重大な社会経済問題については、学者個人の認識と見解を形成するだけではだめで、意思決定者に影響を与えなければならないことである。中国は大国であるがゆえに、知識の果たせる役割もその分だけ大きい。例えば、袁隆平の発明は中国では千億元に上る収益を作り出すことができるが、小さな国では不可能である(袁隆平は湖南雑交水稲研究中心主任。13億人の食糧をまかなうために高収量のハイブリット米を開発、普及させ、食糧の増産を実現した)。この例は、ハード・サイエンス、ハード・テクノロジー、ハード・ナレッジであるが、公共政策といったソフト・サイエンス、ソフト・テクノロジー、ソフト・ナレッジを作り出すことも、同じように意思決定を通じて人民に利益をもたらし、社会の進歩を促すことができる。「2弾1星(原子爆弾、水素爆弾、人工衛星)」が物質的な原子爆弾であるなら、良い意思決定の知識と公共政策は精神的な原子爆弾に例えられる。筆者の基本的な見方は「精神は物質へ変わる」ことである。

大半の学者が専門分野間の分業に従い、一般的に、経済問題を研究する者は政治を研究することもできなければ、研究しようともしない。マクロ経済問題を研究する者はミクロ経済を研究することもできなければ、研究しようともしない。アメリカ経済問題を研究する者は日本経済を研究することもできなければ、研究しようともしない。我々が研究しているのは中国の国情であるため、経済社会の発展過程で解決を急がれるホットな問題、定説のない問題、難しい問題に対して仕事を展開しなければならない。筆者が関心を寄せているのは全体の社会発展と進歩にかかわる最も重要な問題で、特定の学術の分野における理論問題ではない。

優れた学者は社会の潮流を導き、社会の発展を推進しなければならないと筆者は考える。優れた指導者であればなおさらである。両者の違いは、学者は正しい思想、正しい観点で導き、一般大衆がそれに賛成するだけでなく、それを受け入れてそれに沿って行動するようになるとき、思想的影響の誘導、推進の機能が働くようになる。それに対し、指導者は国家という権威を使って人たちの行動を制限し、指導する場合もあれば、強制することもある。何を以て社会の潮流を導くのだろう。それは、最も新しいグローバルな知識を獲得できるか否かにかかわっていると筆者は思う。最新の知識と情報を入手する一番いい方法としては、国際的な交流が挙げられる。次に、人類の既存の最もいい知識に対する理解、吸収、体得と累積、そして個人の持つ知識量の大きさがカギとなる。第三に、先述の国際知識を含めた人類の知識の現地化が挙げられる。

筆者はよく国際的な最新の研究成果を勉強したり、引用したりする。例えば、世界銀行の「1998年世界発展報告書」のテーマは知識と発展であった。その後、我々は中国の21世紀における知識発展戦略を打ち出し、それを第三世代の追い上げ戦略と見なした。毛沢東による重工業化を第一世代の追い上げ戦略とすれば、それはあまり成功しなかった。鄧小平による改革開放は第二世代の追い上げ戦略であり、それはかなりの成功をおさめた。したがって、知識発展戦略は経済のグローバル化、情報化、ネットワーク化という条件の下で策定された新しい追い上げ戦略である。筆者は中国の全体的な戦略を打ち出しただけでなく、中国における知識発展の地域格差を分析したうえで、各地域の新しい追い上げ戦略、すなわち知識発展戦略も示した。

国の緊急課題に対して積極的に対策を提案

国情研究は中国政治、経済体制改革における最も敏感で先端的な問題に触れることがよくある。出された提案は未来を見通したものであり、実行性が高いものである。中国の政治経済情勢に対する鋭い認識により、筆者の研究は政策の調整と軌を一にしている。この革命的思想を通じて国の意思決定に影響し、延いては社会全体にも影響を与えることにより、筆者が国情研究の分野に参入した当時確立した学術的趣旨、すなわち「国にとっての緊急課題に対して積極的に提案する」ことを実現できた。

時代ごとに独特な経済環境もあれば、避けて通れない経済危機もある。経済学者はそれらの問題を認識、解決する「賢人」である。経済学の基本原理は本質的に変わらないものの、経済学者はそうした原理を創造的に活用しながら、それらの危機を認識、分析し、それらの難問に積極的に立ち向かっていくのである。国を問わず、時代を問わず、経済学者は欠かすことのできない社会的な役割を果たしており、彼らは経済と社会の危機を最も早く認識する賢人であるかもしれない。また、それらの危機に対応するベテランであるかもしれない。

「そちらが出した提案がなぜ国の意思決定に影響を与えることができるか。特別な政治的背景と個人的なネットワークがあるのでは」と筆者はよく人から聞かれる。答えは「ノー」である。また、次のように付け加えたい。「もしもあるとすれば、12億の国民が私の最大の政治的背景と後ろ盾である。なぜなら、経済問題にしろ、社会問題にしろ、敏感な政治問題にしろ、私が研究している問題はいずれも12億の国民の根本的利益、長期的利益、最大利益に深くかかわっているからだ。私はそうした利益の所在がはっきり分かるだけでなく、如何にして私の国情報告書を通じて意思決定者に理解してもらうかという方法もはっきり分かっている。それと同時に、「大衆に大義を諭す」という考えに基づき、国民に知らせ、社会全体にも発表する。意思決定者は理性的であり、賢明であるとともに、国民と社会は物事を区別し、判断する能力が十分あると信じている」。

中国の失業問題と雇用戦略問題について、1997年には筆者は以下のように明言した。「中国のマクロ経済が初めて成功裏に軟着陸を実現した後、経済発展の最も重要な役割は雇用を拡大させ、失業率を引き下げることである」。その後、筆者は絶えず意思決定者と社会全体に警鐘を鳴らした。「21世紀に入った中国が直面している最大の挑戦は高失業率時代」(1999年7月)、「わが国の雇用情勢はとても深刻」(2002年5月)。歴年の中央経済会議と政府工作報告では、雇用問題に言及する場合の基本的な判断はずっと「わが国の雇用圧力が増大している」ということであった。2002年9月の全国再就職会議では、江沢民総書記と朱鎔基総理が初めて「わが国の雇用情勢はとても深刻だ」という表現で中国の雇用と失業問題の厳しさを説明した。筆者が感じたのは、学者として学問をまじめに研鑽するだけでなく、「書籍や上司の言うことに盲従せず、事実だけを基準とする」(陳雲氏の言葉)精神も備えなければならない。絶えず研究し、呼びかけ、末長く国民に知的貢献をしなければならない。

知識は排他的ではなく、人々は互いから学び合うことができる。知識は投資と違って、あなたに1億元相当の知識を与えても、私は1億元の資産を減らすことなく、引き続き同じ知識を持っている。知識を獲得し、知識を吸収し、知識のイノベーションを図り、知識を広めることは中国国情研究センターの重要な役割である。意思決定者に意思決定に関連する情報を提供し知的投資をすることは、最大の投資であり、確実で長期的な効果を収めることができると、筆者は感じている。

中国の改革開放は世界に最も注目されることであり、我々の学術活動の最大の舞台でもある。現在、改革と発展の過程で遭遇した様々な新しい問題について経済学原理で理性的に分析を行い、解決の方法を見出さなければならない。これは我々の新しい世代の学者にますます広い学術研究の天地を提供してくれた。幸運にも我々はその時代にあり、知識を獲得し、創造し、それを広め、交流することにより社会に貢献することができる。筆者は中国の学術舞台はあまりにも魅力的だと感じる。今後も研究のペースを落とさず、この分野で絶えず研究していくだろう。なぜなら、中国の現代化発展の過程で常に新しいチャレンジが現れるからだ。筆者はそうした中国十数億の国民へのチャレンジを自分自身へのチャレンジと見なし、こうした課題を研究することは魅力的であり、それに没頭しやめられなくなると同時に、そこからより多くの楽しみを感じている。筆者はこうしたチャレンジが好きで、また喜んでそうしたチャレンジを迎えるために知的貢献をしていこうと思う。

2006年3月31日掲載

出所

※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

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