中国経済新論:中国の経済改革

「東北振興」の経済的・政治的意義

胡鞍鋼
清華大学国情研究センター

1953年遼寧省生まれ。1979年から88年にかけて唐山工学院、北京科技大学、中国科学院自動化研究所より工学学士、修士、博士を取得。1991年米国イエール大学経済学部のポスドクフェローとして勤務。現在、中国科学院主任、清華大学国情研究センター主任、清華大学公共管理学院教授を務める。胡鞍鋼氏は中国国情研究の専門家であり、彼の著述する国情分析の論文は、政策決定のみならず、国内外にも大きな影響を与える。

2003年5月末から6月初めにかけて、温家宝総理が遼寧省の旧工業基地を視察した際に、東北地域の旧工業基地を振興することの経済的・政治的な意義を分析した。それについて筆者の考えを述べてみたい。

第一の意義は、地域経済の協調的発展にある。「協調的発展」は今回の新しい中央政府の施政特徴であろう。温総理の言う通り、長年の高度成長を経過した後には、協調的発展の重要性がますます感じられてくる。温総理は協調的発展を4つの側面から論じている。(1)農村と都市の間における協調的発展、(2)地域の間における協調的発展、(3)経済と社会の間における協調的発展、(4)人と自然の間における協調的発展、ということである(温家宝、2003年6月17日)。この4つの協調的発展という戦略は中国の国情に適っており、新しい発展戦略ともいえよう。従来の発展戦略とは鄧小平氏が1978年の共産党第11期三中全会後に示した「先富論」である。その中核は、発展を加速させ、一部の地域および一部の人が先に豊かになる事を進める不均衡的発展である。1988年に、沿岸地域の発展戦略を加速することにより、この発展戦略はさらに明確化されたのである。それとは対照的に、新しい発展戦略は全面的発展、協調的発展、持続可能な発展が強調されている。実際に、1995年の第14期三中全会に打ち出された「地域における協調的発展を堅持し、地域格差を縮小する」方針、1999年6月に江沢民氏が示した「西部大開発」戦略(2001年から実施)など、地域発展の構想は不均衡的発展から協調的発展に転換していることが示されている。

全国31の省・直轄市・自治区の1人当たりGDPを世界の206の国と比べてみると、「1つの中国、4つの世界」、あるいは「1つの中国、4つの所得グループ」という現象が見えてくる。たとえば、上海・北京は1人当たりGDP(PPP、実質購買力平価)は49位と64位で世界の高所得グループに属している(全国人口の2.2%)。天津・浙江・広東などは2番目の所得グループに属している(全国人口の21.8%)。山東・黒龍江・河北などは3番目の所得グループに属している(全国人口の21.8%)。世界中で最も低い所得グループに属しているのは内モンゴル・甘粛・貴州などである(全国人口の50.6%)。

中国の総合的国力および中央財政の能力がともに上昇し、改革開放が定着した今、「東西格差」を解決することと同様に、「南北格差」という問題にも着手しなければならない。各地域は地元の比較優位を発揮しながら、全国的に統一された市場に参入していかなければならない。各地域の協調的発展は今後中国の経済発展と社会発展における最も重要な課題である。

第二の意義は、国民経済の活性化と発展の原動力を強めることにある。長江デルタ、珠江デルタ、環渤海経済圏はすでに経済成長の主要地域となっている。長江デルタと珠江デルタだけで、GDPは全国の30%、輸出額も全国の64.4%を占めており、すでに経済成長の軌道に乗っている。「自己投資、自己累積、自己発展」の達成は経済の成長や投資の増加(海外直接投資を含む)、貿易の拡大の牽引力となっている。これから、東北三省は第四の成長地域になるだろう。東北三省のGDPは全国の11.3%を占めており、中国の重工業基地、自動車基地、石油基地、木材基地と食糧生産基地である。どの面においてもよい条件が揃っており、かなりの潜在力を有している。さらに、中国と日本、韓国、ロシアとの貿易自由化も議論されており、これは東北三省が中国の第四の成長地域になる契機となろう。東北三省は経済が移行する中で一時的な困難に直面しているが、我々が東北の旧工業基地の振興と転換を助けることができるならば、新しい経済成長、新しい投資、新しい消費の地域が生まれ、中国全体の経済成長も大いに促進できるだろう。

第三の意義は、国有経済の配置および経済構造の調整を推進することにある。振り返ってみると、東北三省は国民党政府の管轄にあった国有企業を受け継ぎ、建国初期の第1次5ヶ年計画において、特に原材料・機械・エネルギーを中心に重工業を優先的に発展させる指導方針が確立され、そのため、全国からヒト・モノ・カネ(旧ソ連の支援も含む)を東北工業基地の建設に投入した。第1次5ヶ年計画期に、重点的に建設された106社の企業のうち50社が東北地域に配置された。1960年に、東北地域はGDPが全国の18.0%、工業総生産が全国の23.0%を占めていた。このように、東北地域において、国有経済と重工業の割合が高いという所有制構造と産業構造が形成された。1978年の遼寧省と黒龍江省の国有経済が工業総生産に占める割合は84%と83%であったが、吉林省は79%であった。投資についても、遼寧省と黒龍江省が国有経済に投資した割合はともに全体の98%に上り、吉林省も85%となっていた。その後、20数年の経済改革を経験し、市場化要素の増加や非国有経済の急速な発展に伴い、東北地域における国有経済の割合は縮小してきたが、沿岸地域に比べると明らかに高い。他方、国有経済の競争力は改善されてきたものの、他の経済形態に依然として及ばないのである。国有経済の配置を新たに調整し、非国有経済の発展を拡大することは国有経済の国内外の競争力を高めるためなのである。

樊綱・王小魯の計算によれば、1999年に黒龍江省の非国有経済発展指数は2.26となっており、全国ワースト3(それより低いのは青海0.66、新疆-0.03)であった。それと対照に、浙江省が9.98、広東省が9.23、福建省が8.91、江蘇省が7.90であった。樊綱・王小魯の推計によると、非国有経済発展指数とGDPの増加率は正の相関関係を持っており、非国有経済の急速な発展は経済成長を加速させるとを意味する。非国有経済の発展は東北の旧工業基地を振興するための道であるが、それと同時に、国有経済の改革と調整も加速する必要がある。

産業構造について見ると、東北三省における第二次産業の割合が高い。1978年に、遼寧省が70.9%、黒龍江省が61.0%、吉林省が52.4%となっており、全国平均の48.6%より高かった。工業構造において、重工業と採掘業の割合が高く、成長率が低いという独特な不均衡的な工業構造となっている。改革以降、このような構造には明確な変化が生じたが、重工業・採掘業を中心とする伝統的な工業モデルは本質的に変わっていない。旧工業基地の振興とは、このようなモデルを続け、拡大するのではなく、新しい工業化モデルに転換していくことにある。単に改善するかそれとも創造するかは、一種の機会費用の問題であるが、どの方式が旧工業基地の長期的発展を促進できるかを見極めなければならない。

第四の意義は、中国の産業および中国の企業における国際競争力を高めることにある。東北重工業基地の最盛期は1950~60年代であった。当時、東北地域は中国の「工業の揺りかご」または「重要基地」といわれていた。1950年代、東北三省は総人口の8%、工業生産総額の25%と鉄道総延長の43%を占めていた。当時の中国は西側の経済封鎖を受けていたため、国際競争に参加できず、国際市場とのかかわりが大きくなかった。それゆえ、国有企業は内部と外部の競争圧力に影響されず、国家のために巨大な財産と税収をつくりあげた。改革開放の進展と強まる国際競争によって、東北の古い工業体制における弊害や構造問題はますます顕在化しており、改革を行わなければ、競争力がなく、競争力がなければ、企業はいずれ市場競争に淘汰されてしまう。

第五の意義は、社会安定の維持にある。東北地域は建国以来の最も重要な構造調整期に直面しており、その対象となる人数も最も多い。1995年以降、遼寧省だけでも、国有企業や都市集団企業において、リストラされた労働者が400~500万人上る。このような構造調整規模は世界的にも類をみないだろう。黒龍江省において、貧困人口は373万人となっており、省人口の10%を占めている。構造調整は創造と破壊の過程と言われているが、まさしくその通りである。中国における構造調整は新しい産業、企業を創出する一方、従来の企業や職場を壊してしまう。経済構造の調整において、この2種類の力は常に戦っている。構造調整の過程を経て、各種類の企業の競争力は明らかに高まるが、リストラ・失業・貧困人口などの急増といった大きな代価も払わなければならない。中央政府はすでにこのようなコストに注目している。要するに、東北三省に対して、構造調整を助けるだけではなく、新しい社会保障体制の創設並びに社会安定の保持にも力を入れなければならない。過去数年において、中央政府は遼寧省を実験地域に指定し、東北地域において市場経済体制に相応しい社会保障体制の整備を図ってきた。

東北三省は中国経済において重要な地位を占めており、全国に占めるGDPの割合と人口規模から考えれば、強い潜在力を有する地域であり、大きな市場でもある。近年、東北三省の経済成長は全国平均より高いということからわかるように、東北三省における経済の低迷が一時的なものにすぎず、徐々に持ち直している。そのため、中央政府が打ち出した「東北振興」という重要戦略は正確な判断に基づくものと考える。これから、さらに大胆な発想のもとで、東北三省の優れた工業基礎と人的資本を活かし、新たな成長地域と新型産業基地へ目指していくべきであろう。そのため、第10次5ヶ年計画で提示された「西部大開発計画」のように、第11次5ヶ年計画において「東北の旧工業基地の振興計画」を盛り込むべきであろう。

2004年3月19日掲載

出所

「東北老工業基地経済転型与開放」(『国情報告』第66期、2003年9月16日)より一部抜粋
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

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