Special Report

行政官のためのEBPM入門について

関沢 洋一
上席研究員

EBPMはエビデンスに基づく政策形成(evidence-based policy making)のことである。

筆者はEBPM入門というテーマでポリシー・ディスカッション・ペーパー(PDP)による連載を行っており、第8話まで公表した。主な読者層としては公的セクターのあり方に関心の深い人々、特に行政官を想定している。

このEBPM入門の概要を紹介したい。

EBPMとは何か?(序論・第1話

国も地方公共団体も多くの政策介入(政策という枠組みの中で行われるさまざまな取組)を行っているが、その大部分は効果検証が行われていない。諸外国の研究では大部分の政策介入は効果がないことが示唆されており、日本においても多くの政策介入が効果のないままに行われ続けていることが想像される。

EBPMはこのような現状からの脱却を目指すもので、個々の政策介入に効果があるかどうかを厳密に検証して、その検証の結果として得られる証拠(エビデンス)を政策に反映させるものである。いわば、エビデンスを用いた政策の品質管理である。

政策介入の厳密な効果検証は因果関係の有無を明らかにすることを伴う。因果関係を明らかにするためには実験を必要とする場合が多く、このことが政策介入の効果を検証する上での障害となっていた。ところが、因果関係を探求する新しい研究分野(因果推論)の学際的な進展によって、実験に頼らなくても効果検証を行える事例が増えてきた。IT分野の進歩も後押しした。また、近年では政策介入の効果検証に実験的手法を用いる例も増えてきた。これらにより、EBPMを本格的に推進する環境が整ってきた。

日本では2016年頃からEBPMを推進し始めたが、効果検証よりもデータ整備やロジックモデルの作成が重視され、本来のEBPMから乖離した。このEBPM入門では日本のEBPMを本来のEBPMに近づけることを目指している。ここで提示しているEBPM2.0は三つの柱から成り立っていて、それらは①因果推論に基づく政策効果の厳密な検証と検証結果の政策への反映(狭義のEBPM)、②ロジックモデルを含めたセオリー評価に基づく政策の確からしさの向上(準EBPM)、③業務情報へのアクセスの拡大からなる。①は第2話から第5話で取り上げ、②は第8話で、③は第6話で取り上げる(注1)。

効果検証の手法と事例の紹介(第2話~第5話)

政策介入の効果の有無についてのエビデンスを得るためには因果関係の検証が必要になるため、因果推論に基づく効果検証を行えることが重要になる。

第2話第3話では、代表的な効果検証の手法であるランダム化比較試験(RCT)、回帰不連続デザイン(RDD)、差の差分析(DID)を取り上げている。これらの手法の基本的な枠組みを理解する上で高度な知識は必要でない。

ランダム化比較試験(RCT)は政策介入を受ける対象かどうかをコイントス(あるいはくじ引き)で決める方法で、テック企業が多用するA/Bテスト(あるいは小学校の理科の実験)とほぼ同じものである。

回帰不連続デザイン(RDD)は、ある介入を受けるかどうかが何らかの基準値で決まる場合に適用される手法である。身近な例では、腹囲や体重(正確には体格指数[BMI])の一定の値で保健指導の対象になるかどうかが決まるメタボ健診がRDDを適用できる代表的な例である。

差の差分析(DID)は、例えば、一部の地方公共団体だけがある時点から何らかの取組を行う場合にその取組みの効果を検証するものである。全国一斉に取組が開始されることの多い日本ではその適用例は少ないものの、市町村合併の効果をDIDで検証した事例がいくつかある。

これらの分析手法の基本的な枠組みを政策立案者が知っていれば、後々で効果検証が行いやすい政策設計につながる。そこで、第4話(「設計は分析に勝る」)では、第2話と第3話の応用編として、後々の効果検証を行いやすくする政策介入の制度設計のあり方を述べている。

第5話(「健康診断を例にしてエビデンスについて考える」)ではエビデンスの実際の例として、健康診断と保健指導をテーマにしてRCTとRDDの適用事例を紹介している。

EBPMに必要なデータは役所の中に既にある(第6話

政策介入の効果検証が行えるようにするためには、効果検証に必要なデータが存在することが必要となる。

データの多くは、役所が日常業務で取得する業務情報の中に含まれているが、外部の研究者が利用できない場合が多く、EBPM推進の妨げとなっている。

EBPMや研究目的での業務情報の利用拡大は、プライバシー保護を始めとする課題があり、簡単に進められるものではない。このような課題がありつつも、北欧諸国のように業務情報の利用が既に進んでいるところもあり、アメリカやイギリスも業務情報の利用を拡大する方向を模索している。

日本では、EBPMや研究のための業務情報の利用の重要性に対する認識がまだ低いように思われ、認識を高めるところから始めることが必要になる。

地方公共団体は、中央官庁よりも業務情報の利用拡大を進めていくポテンシャルが高い。業務情報を活用したRCTの実施などの先駆的な取組が地方公共団体と研究者の連携によって行われることが期待され、国も後押しすることが望まれる。

信頼できるエビデンスの構築を目指して(第7話

EBPMが機能するためには、信頼できるエビデンスが構築されることが重要になる。信頼に値しない怪しげなエビデンスが作られて、それを元にして政策立案が行われれば、政策の方向性が間違うリスクは高まる。

しかし、現実には、個々の政策を担当する行政機関、当該政策によって利益を受ける人々、そして研究者においても、怪しげなエビデンスを構築するインセンティブがあり、特に政策介入の効果を水増しする傾向がある(注2)。

信頼できるエビデンスという観点から見て問題が特に目につくものとして、民間シンクタンクが行政機関の委託を受けて行う効果検証がある。受注側の能力、納入までの時間の制約に加えて、受注側が発注側に忖度(そんたく)して政策介入に効果があるように見せる懸念があり、実際にも、中立的で信頼できる効果検証が行われているとは思えない事例が見られる。

EBPMにおいて日本に先行しているアメリカの例なども参考にしつつ、信頼できるエビデンスを構築するための環境づくりを行うことが必要になる。

ロジックモデル(セオリー評価)で政策の確からしさを高める(第8話

厳密な分析を伴う狭義のEBPMは、既に実施された政策介入の効果を検証した上で政策を見直すために時間がかかる。

そこで、狭義のEBPMに加えて、事前評価を充実させて、効果が見込めそうな政策をあらかじめ選別することが大切になる。ロジックモデルを含めたセオリー評価はこのような事前評価の手段であり、準EBPMとして扱って、その推進を図ることが重要である。

セオリー評価は、実施を検討している政策介入がその目指す目的を達成するまでのインプット→アクティビティ→アウトプット→アウトカム→インパクトという一連の流れについての仮説を明らかにするとともに、この矢印がどうして、どのようにして起きるのかを明らかにすることを指す。図1は健康診断についてのロジックモデルの例である。

ロジックモデルはあくまでも仮説の集合体であり、図1に示されたそれぞれの矢印が誤っている場合があることを認識するとともに、仮説が正しいかどうかの検証を行うことが重要である。その検証に当たっては、上述したRCTやRDDやDIDのような手法を使えるような状況に持ち込むことが望まれる。

過去の研究で示されたエビデンスや社会科学の理論などで矢印の妥当性を示すとロジックモデルの確からしさが高まる。たとえば、図1では最初のアウトカムから最終アウトカムに至る矢印に①から⑥までの番号が付されており、第8話の本文中ではそれぞれの番号についてエビデンスとなる既存の研究が引用されている。このような既存のエビデンスがある部分については新たな効果検証を行う必要性は低くなり、アクティビティが最初のアウトカム(図1の下の方に書かれた「暫定目標」)に至るかどうかの効果検証を行えばおおむね足りる。

ロジックモデルを含めたセオリー評価は、政策立案の段階で真面目に丁寧に行えば有意義なものとなりそうである。しかし、日本では、セオリー評価のような事前評価は、政策の内容がほぼ決まった後につじつまあわせとして行われることが多かった。これは本来のセオリー評価とは乖離しており、意思決定のプロセスの中に組み込むことが望ましい。

図1 ロジックモデルの例(健康診断)
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図1 ロジックモデルの例(健康診断)
エビデンスによるサポート
①~⑥はエビデンスが既にある(第8話の本文を参照のこと)。
誤り得る仮説
アクティビティ・アウトプット・最初のアウトカムが期待どおりに達成される。

おわりに

以上がここまでのEBPM入門の概要である。EBPMには、エビデンスを作る、伝える、使う、の三つの側面があるとしばしば指摘される。ここまでの記述はエビデンスを作ることに重点が置かれた。エビデンスを伝えること・使うことについても今後取り上げたいと思っている。

脚注
  1. ^ 日本政府はEBPMの「三本の矢」という名の下で、経済・財政再生計画の点検・評価、政策評価における取り組み、行政事業レビューにおける取り組みが進めてきた。これをEBPM1.0と呼んだ上でそれを進化させるものとして本稿ではEBPM2.0という言葉を用いている。
  2. ^ 自分が執筆者となった論文が査読付き学術誌に掲載されることが研究者にとっての主要な業績になる。残念なことに、効果があるという結果が出た論文を優先的に掲載する傾向が学術誌側にあるため、効果があるという分析結果を出そうというインセンティブが研究者に働く。統計学で用いられるp値が0.05を下回ると効果があると判断されることが多いため、研究者の多くはこの0.05を下回るように様々な手練手管を試みる。これはpハッキングと呼ばれる。本当の効果を把握する妨げとなるためにpハッキングは望ましくないとされる。またEBPMの観点からは、効果がないと本来は判断されるべきものが手練手管によって効果があると判断されることは、無駄な政策の延命につながりかねず、問題となる。

2026年9月9日掲載

この著者の記事