サプライチェーン補助金、国内回帰及びフレンド・ショアリング:企業データに基づく観察事実

執筆者 張 紅詠(上席研究員)
発行日/NO. 2023年1月  23-P-001
研究プロジェクト グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究
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概要

本稿は、まず、複数の政府統計を用いて製造業の国内回帰と海外生産拠点の移転(フレンド・ショアリング)の動向を概観する。近年海外生産やオフショアリングは停滞しているが、国内回帰が進んでいるとは言えない。2012年日中関係の悪化以降、海外生産の中国依存度は低下し、ASEAN諸国での生産が拡大してきた。直近ではASEAN諸国への新規参入が急拡大している。次に、サプライチェーン強靭化・多元化のための補助金事業の情報を、政府統計とリンクしたデータセットを使用して、サプライチェーン補助金を利用した企業(以下、SCS企業)の新型コロナ前の貿易投資とコロナ禍の中のパフォーマンスについての観察事実を示す。その結果によれば、(1)SCS企業は、非SCS企業と比較して新型コロナ前数年間の輸入依存度が高いが、特定国・地域からの輸入集中度がそれほど高くない。(2)SCS企業の海外生産比率、特定国・地域への生産拠点の集中度が高い。近年、その海外生産比率(特に2018年度以降中国)が若干低下しているが、生産拠点の集中度が低下する傾向が見られなかった。(3)SCS企業の海外製造業現地法人は、非SCS企業の海外製造業現地法人と比較して規模が大きく、調達・販売が日本と第三国に依存し、輸出プラットフォームとして機能している傾向がある。2018年度以降、その設備投資と利益率が低く、撤退する確率が高くなった。(4)新型コロナの後、SCS企業は非SCS企業と比較して、国内における売上高・雇用が増加しているにも関わらず設備投資の増加傾向は観察されなかった。それと同時に、ASEAN諸国おけるSCS企業製造業現地法人の設備投資・売上高・雇用に関しては大きな変化が見られなかった。これらの結果は、一部の企業が新型コロナの前から中国への貿易投資依存度が低下してきたものの、新型コロナの後、全体として国内回帰は少なくとも2021年Q2まで、中国からASEANへ生産拠点の移転は2020年年度末までは限定的だったことを示唆している。