日本の人的資本投資について‐人的資源価値の計測と生産性との関係を中心として‐

執筆者 宮川 努(ファカルティフェロー)/滝澤 美帆(学習院大学)
発行日/NO. 2022年5月  22-P-010
研究プロジェクト コロナ危機後の資本蓄積と生産性向上
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概要

本研究は、岸田政権でも重視されている人的資本投資に関して、経済学における概念や生産性との関連における今世紀以降の実証研究をまとめたものである。人的資本の考え方は1960年代のBecker(1964)の研究に始まるが、その後労働市場や資金市場の不完全性を考慮した理論的発展を紹介している。この他OJTを中心とする日本独自の人的資本形成の考え方も紹介している。

集計量レベルでの人的資本の計測方法に関しては、費用ベースアプローチと生涯所得ベースアプローチがある。費用ベースアプローチに基づいたカナダのGDPのサテライト勘定では、教育課程も含めた人的資本投資は、GDPの17.8%であり、このうち法人部門での訓練投資は1.1%となっている。EUKLEMSデータベース及びJIPデータベースなどの生産性統計では、費用ベースにアプローチを用いて企業の訓練投資(Off-JTに相当)を推計しているが、日本の人的資本投資のGDP比率は主要国中最も低い。ただこの結果は、訓練に要する時間から算出される機会費用にも依存する。比較的賃金が高い大企業をサンプルとした調査結果を元にすると、日本企業の訓練投資額は欧米と肩を並べる。

企業レベルのデータを利用した人的資本投資と生産性に関する実証研究では、多くの研究でOff-JTが生産性向上をもたらす結果を得ているのに対し、OJTの生産性向上効果にはばらつきがある。この他デジタル化と人材育成に関するアンケート調査やコロナ禍における人材育成に関するアンケート調査の結果を紹介している。デジタル化に関してはどの企業も人材不足を課題としてあげているが、人事部にデジタル化に対応した評価がないことが指摘されている。またコロナ禍における人材育成に関してはコロナショック前に比して人材教育が減少している点が報告されている。

最後に人的資本に関する政策的課題としては、現在岸田政権下で進められている人的資本の会計的な「見える化」を進めることが政策的な対応としては必要条件であることを述べている。これに加えて人的資本投資の支援だけでは十分ではなく、新規技術を体化した設備投資を促進しその中で人的スキルを向上させる支援策も必要であると述べている。