ノンテクニカルサマリー

技術コンバージェンスプロセスにおける公的研究開発プログラムの役割:NSFの先端ゲノムシーケンスプログラムに関する研究

執筆者 ZHU Chen(東京大学)/元橋 一之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト イノベーションエコシステムの生成プロセスに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「イノベーションエコシステムの生成プロセスに関する研究」プロジェクト

本論文においては、異なる技術の融合やコンバージェンスを引き起こす要因として公的研究開発プログラムを取り上げて、コンバージェンスのプロセスについて実証分析を行った。具体的には、アメリカ国立衛生研究所(NIH)によるASTP(Advanced Sequencing Technology Program:ゲノムシーケンシングの低コスト化を目的とした公的研究開発プログラム)を事例として取り上げて、プログラムの代表者(Principal Investigator)とそのマッチングサンプルからなる研究者レベルの特許引用情報を比較することで、ASTPへの参画によって情報技術とバイオ技術のコンバージェンスによって生まれたゲノムシーケンシングの技術発展プロセスを見た。

分析手法としては、ASTPのプログラム代表者がプログラム参画前に研究者の属性としてなるべく近い研究者(ASTPプログラム代表者以外)について傾向スコアマッチング手法を用いて特定し、プログラム参画の前後によって、両者の特許被引用数の変化についてDifference in Difference手法(プログラム参画前後の時点の差と研究代表者か否かの差の両者を用いてプログラム参画に関する純粋な効果を検証する手法)を用いて分析を行った。

その結果、プログラムの代表者は、同様の分野におけるそれ以外の研究者と比べて、情報技術とバイオ技術のコンバージェンスに貢献していることが分かった。また、このコンバージェンスの効果は、大学等学術界の研究者より、産業界の研究者の方が大きいことを示した。更に、技術のコンバージェンスは、研究に参加した参加者に対して直接的に観察されるだけでなく、研究グループ以外の研究者、特に企業研究者に対して異分野間の引用による間接的な影響が見られた。

この結果は下図のとおり図示できる。異分野にまたがる研究開発は、一般的に新規性が高い一方で、その成功確率は低い。このようなハイリスクリターンの研究開発は特に企業において敬遠される傾向にある。アメリカ国立衛生研究所(NIH)による資金的援助やプロジェクト運営に対するサポートが得られることで、研究開発リスクが逓減されることで、特に企業における技術コンバージェンスについてASTPの直接効果が大きくなった。更にASTP参加者における研究成果が公開され、ゲノムシーケンシングの技術的・商業的な可能性が大きいことが一般社会に対して示された。その結果として、当該分野の研究者コミュニティ、特に企業研究者において当該技術に対する注目が集まり多くの研究者が参入するようになった(間接効果)。つまり、ASTPという公的研究開発プログラムによって、情報技術とバイオ技術の融合領域としてのゲノムシーケンシング分野が確立されたということになる。公的研究プログラムは、その直接的な効果によって評価されることが多いが、技術コンバージェンスの観点からイノベーション領域の広がりに作用する可能性があり、その結果としての新しい技術分野が生まれるという間接的な影響についても見ることの重要性を示唆している。

図