ノンテクニカルサマリー

どういう人々が高血圧にも糖尿病にも脂質異常症にもならないのか?:中高年者縦断調査による検証

執筆者 関沢 洋一 (上席研究員)/小西 葉子 (上席研究員)/五十里 寛 (上席研究員)
研究プロジェクト 産業分析のための新指標開発とEBPM分析:サービス業を中心に
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「産業分析のための新指標開発とEBPM分析:サービス業を中心に」プロジェクト

1. 趣旨

高血圧・脂質異常症・糖尿病は代表的な生活習慣病とされている(以下では3つをまとめて「軽度生活習慣病」と呼ぶ)。「平成29年度国民医療費の概況」によれば、軽度生活習慣病の医療費は高血圧性疾患が1.79兆円、糖尿病が1.22兆円となっている(脂質異常症は未掲載)。軽度生活習慣病の予防によって医療機関の受診が減れば、自分が健康であるという意識を人々が抱きやすくなるとともに、医療費への支出や通院に費やす時間を減らすことにもつながる。医療機関にとっては、収入減というマイナス面はあるものの、貴重な医療資源を重大疾患への対応にシフトできるというプラス面がある。国や地方公共団体や健康保険組合にとっては財政負担の削減が可能になる。

以上の問題意識の下で、本稿では中高年においてどういう人々が軽度生活習慣病になりにくいかを明らかにすることにした。厚生労働省が毎年行っている中高年者縦断調査というアンケート調査の11年分の回答を使い、同じ人々が毎年継続して回答するという同調査の特長を利用して回帰分析を行った。

2. 主な分析結果

(1)飲酒
男性の場合、飲酒をほとんどしない人々に比べてある程度以上の飲酒をしている人々は軽度生活習慣病と診断されやすかった。女性の場合は逆に、飲酒をほとんどしない人々に比べてほどほどの飲酒をしている人々の方が診断されにくかった。個別に見ると、飲酒している人々は高血圧と診断されやすい一方、適度に飲酒する人々は脂質異常症や糖尿病と診断されにくく、個々の軽度生活習慣病の間にトレードオフが見られた。

(2)喫煙
男性も女性も、喫煙者よりも禁煙者の方が軽度生活習慣病と診断されやすかった(禁煙による体重増が関係している可能性がある)。元から吸っていない人々は喫煙者との間で違いがなかった。

(3)運動
男性では、運動をほとんどしない人々に比べて、軽い運動を週4日以上、または、激しい運動を週1~3日している人々の方が軽度生活習慣病と診断されにくかったが、中程度の運動では違いがなかった。女性では、運動をほとんどしない人々に比べて、中程度の運動を週4日以上している人々の方が軽度生活習慣病と診断されやすかった。

(4)健康維持のための心がけ
男性では、食事量に注意する人々の方が注意しない人々よりも軽度生活習慣病と診断されやすく、食後の歯磨きをする人々は診断されにくかった。女性の場合、食事量に注意する人々は軽度生活習慣病と診断されやすく、多様な食品をとる人々は診断されにくく、ビタミンやミネラルを摂取する人々は診断されやすく、適正体重を維持するように心がける人々は診断されにくかった。

(5)脳卒中や心臓病との関係
脂質異常症や糖尿病と比べて高血圧を抱えた人々の方が脳卒中や心臓病と診断されやすかった。このことは、軽度生活習慣病の中でも高血圧に重点を置くことが望ましいことを示唆する(特に、飲酒のように各軽度生活習慣病の間でトレードオフがある場合)。

3. 更なる検証が必要な点

今回の研究はランダム化比較試験(RCT)のような実験を伴わないアンケート調査(観察研究)によるものなので、因果関係を立証したものではない。例えば、今回の結果では、男性では食事量に注意する人々は軽度生活習慣病と診断されやすいという結果になったが、これは因果関係を示したものではない。言い換えると、健康維持のための心がけで、食事量に注意することを心がけている人は、体重が多いためにそうしているのであって、実は体重が多いことが軽度生活習慣病のなりやすさにつながっており、食事量に注意するから軽度生活習慣病になりやすいというわけではない(因果関係がない)かもしれない。図1のパターン1はそれを表している(矢印は因果関係があるところ)。しかし、もしかしたら、パターン2にあるとおり、食事量に注意するように心がけると軽度生活習慣病になりやすい(因果関係がある)のかもしれない。因果関係を明らかにすることは今回のような観察研究では難しく、理想的にはRCTによる検証が必要になる。

図1:食事量に注意することと軽度生活習慣病の関係についての想定されるパターン
図1:食事量に注意することと軽度生活習慣病の関係についての想定されるパターン

以下の2つも同様の検証が必要になる。

①今回の研究は中程度の運動は軽度生活習慣病の予防につながらないことを示唆する結果となったが、本当に軽度生活習慣病の予防に役立たないのか。それとも、軽度生活習慣病になりそうな人々が中程度の運動を行うために、中程度の運動を行う人々が軽度生活習慣病になりやすくなるように見えるだけなのか。

②今回の研究は歯磨きを丹念に行うと軽度生活習慣病になりにくいことを示唆する結果となったが、本当に軽度生活習慣病(特に男女で傾向が共通している糖尿病)の予防になるのか。それとも、歯磨きを丹念に行う人は健康に留意する人で、健康に留意するために軽度生活習慣病になりにくく、歯磨きと軽度生活習慣病予防の間に因果関係はないのか。