ノンテクニカルサマリー

どのような日本企業が中国から撤退するのか? ミクロデータによる分析

執筆者 Changyuan LUO (復旦大学)/Chunxiao SI (復旦大学)/張 紅詠 (上席研究員)
研究プロジェクト 海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究」プロジェクト

問題意識

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大(パンデミック)は日本企業の海外生産とサプライチェーンに大きな影響を与えた(張、2020)。中国依存の生産拠点とサプライチェーンの見直しをめぐっての企業の動き、報道・議論が再び活発になっている。2020年4月に政府は、サプライチェーンが寸断したことを受けて、生産の依存度が高い特定の国(念頭に置くのが中国)からの国内回帰やASEANへの移転を支援するため、補助金2,435億円を2020年度補正予算案に盛り込んだ。

外資の撤退と中国依存からの脱却について、政策的にも学術的にも関心が高まっているが、企業のミクロデータを用いた分析とエビデンスがほとんどないと言わざるを得ない。そこで、本研究は、経済産業省「海外事業活動基本調査」(以下、「海事」)のミクロデータ(1995-2016年)とサバイバル分析の手法を用いて、現地法人の中国市場からの撤退を規定する企業レベルの要因とマクロ経済的要因を分析し、政策的インプリケーションを提供する。

現地法人の撤退数と撤退比率

図1は、2000年から2017年までの中国現地法人の撤退数と撤退比率の推移を示している。この間、撤退数は徐々に増えてきており、累計2,945社が中国市場から撤退した。中国での撤退数が全地域での撤退数に占める割合は、2000年の15.8%から2017年の37.2%まで上昇した。撤退比率からみると、2008年世界金融危機まで、全地域と比べて中国のほうが低かったが、2008年以降中国市場での撤退比率は高くなった。2012年に尖閣諸島の国有化により日中関係が悪化し、それに加えて中国の経済減速の影響もあり、2012年以降中国市場での撤退比率が全地域でのそれを上回っており、2017年に全地域の2.8%に対して、中国は3.5%に達した。

図1:現地法人の撤退数と撤退比率の推移(2000-2017年)
図1:現地法人の撤退数と撤退比率の推移(2000-2017年)
注:現地法人の撤退は次の2種類を含む。①解散(清算、倒産)、撤退(売却・吸収・合併、統合、移転(他国・他地域への転居)等)により日本側合計出資比率が0%となった。②出資比率の低下により日本側出資比率が0%超10%未満となった。
出所:経済産業省「海外事業活動基本調査」

分析結果

主要結果は下記の通りである。
(1)現地法人の規模が大きいほど、利益率・労働生産性が高いほど、撤退する確率が低いことから、現地法人のパフォーマンスが撤退の重要な決定要因だといえる。また、日本側の出資比率・日本への輸出比率が高いほど、撤退する確率が低い。さらに、企業年齢の若い現地法人が撤退する確率が高いが、操業年数が長くなると生存率が高くなる傾向がある。

(2)親会社の規模が大きいほど、対外直接投資の経験が長いほど、撤退する確率が高いことから、投資経験のある大企業が事業を多様化し、現地法人を撤退させるまたは中国事業を再編する傾向があることが示唆される。親会社と現地法人が同一産業に属する場合、撤退しない傾向がある。つまり、親子間事業活動の近似性(business relatedness)が重要な要因である。

(3)地域要因は統計的に有意ではないものの、参入閾値の高い産業ほど、撤退しないが、市場競争度の高い産業ほど、撤退する傾向がある。2012年以降、産業・地域要因がより重要になったが、人件費の上昇による負の影響は地域間で確認されなかった。

撤退モードの違い、在中投資の再編、地域や産業の異質性、期間の違い、今後の海外戦略などを考慮した追加的な分析も行ったが、詳細は本論文を参照されたい。注目すべきなのは、2008年世界金融危機まで、日本への輸出比率が高いほど撤退しない傾向があったが、2012年以降、統計的に有意ではなくなる点である。中国現地法人の逆輸入のための生産拠点としての重要性が徐々に低下していること、現地販売の拡大、海外戦略の転換などが示唆される。さらに、「今後中国事業体制を縮小する。」と回答した親会社は、中国子会社を撤退させる確率が高いという結果が得られた。

政策的インプリケーション

多国籍企業によるダイベストメント(divestment)は重要なグローバルな現象である。OECDの研究によると、2007年から2014年の間、41ヵ国における外資系企業62,000社のうち、約20%が売却・撤退している(Borga et al., 2020)。海外事業活動の存続や現地法人の撤退は企業の属性によって異なり、進出地域や産業の外部環境といった要因や影響が大きい。近年中国現地法人の撤退数と撤退比率が相対的に高いのは、中国経済の減速や構造変化、日本企業の海外戦略の転換などを反映しており、ある意味で必然な結果だといってもよい。

現在、政府はアジア地域における生産の多元化等によってサプライチェーンを強靭化し、日ASEAN経済産業協力関係を強化することを目的とする「海外サプライチェーン多元化等支援事業」を推進している。政府が補助金を用いて海外現地法人の撤退や移転に対して直接的に関与する妥当性については議論の余地があるが、それはさておき、補助金の対象を慎重に選別すべきである。そもそも生産性や利益率の低い現地法人が市場から退出するので、そういった企業を補助金の対象とすべきではないことはいうまでもない。一方、生産性の高い大企業が現地法人を撤退させたり、海外事業活動を調整したりする傾向があるので、余裕のある大企業に補助金を提供する根拠が必要である。

現地法人の撤退に対する支援策としては、政府の撤退に関わる法律問題(大量解雇など)や諸手続きの負担に対する積極的な支援が必要である。例えば、2016年9月に経済界訪中団は中国撤退手続きの迅速化、事業環境の改善などについて中国政府へ要請した(2016/9/23付日本経済新聞)。実際、ジェトロが海外現地法人の解散・清算・工場移転などに対する支援活動を行っているが、そういった支援を一層強化すべきである。

中国側としては、撤退する場合の手続きを一括で処理する相談窓口の設置、投資環境の改善、企業の生産性向上に寄与するような政策支援が必要であろう。2019年6月に、中国政府が「外商投資を奨励する産業目録」(2019年版)を発表し、外資を奨励する業種とハイテク製品を指定した。現在、法人税率、設備免税など各種優遇措置が実施されている。また、2020年1月1日から外商投資の促進、保護および管理に関する新しい「外商投資法」が実施された。さらに、今年4月に、中国商務部は、「新型コロナウイルス流行に対応し、改革開放を一層進め、外資の業務を安定させる取り組みに関する通知」を発表し、日系企業を含む外資系企業の操業・生産再開の全面サポート、一対一支援などのサービスを強化した。これらの政策は外資企業の投資環境の改善に寄与すると期待される。

参考文献
  • 張紅詠、「コロナショックと海外生産」、RIETI Special Report、2020年7月8日。
  • Borga, M., Ibarlucea-Flores, P., and Sztajerowaska, M. (2020) "Drivers of Divestment Decisions of Multinational Enterprises – A Cross-Country Firm-Level Perspective", OECD Working Papers on International Investment, No. 2019/03, OECD Publishing, Paris.