ノンテクニカルサマリー

日本における介護職の賃金階層の変化

執筆者 大久保 将貴 (東京大学)/川田 恵介 (東京大学)/殷 婷 (研究員)/許 召元 (中国国務院発展研究中心)
研究プロジェクト 日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析」プロジェクト

2000年の介護保険の創設以降、介護労働力の不足が続いている。この不足の原因としてはさまざまな要因が指摘されているが、主因として相対的に賃金が低いことが挙げられる。介護労働者の賃金を扱った研究は多く存在するが、それらすべてが介護労働者の賃金不平等に着目している。不平等は格差における最も重要な指標であるが、階層もまた重要な指標である。不平等が絶対的な水準の変動の程度を意味する一方で、階層は相対的な序列の分割(セグメンテーション)を意味する。(不平等と階層の相違については、Okubo et al. (2019) のノンテクニカルサマリーで図解を用いた解説をしている。必要に応じて参照いただきたい。)

本稿では、介護保険創設以降の日本における介護労働者の賃金格差(不平等および階層)の長期トレンドを明らかにする。分析に用いるデータは、厚生労働省『賃金構造基本統計調査』であり、職業分類において介護職が登場する2001年以降のデータを用いている。

分析の結果、以下の点が明らかとなった。介護保険創設以降、賃金階層指標(nonparametric stratification index: NSI)はほとんど変化していない(図1)。具体的には、非介護労働者からランダムに抽出した個人が、介護労働者からランダムに抽出した個人よりも賃金(月次)が高い確率は、2001年で74%(NSI=0.48)であり、2017年で72%(NSI=0.45)であった。一方で、平均賃金の差としての賃金不平等は8%ほど縮小していた(図2)。具体的に介護職と非介護職の平均賃金の差は、2001年で123,000円であり、2017年で113,000円であった。こうした介護/非介護労働者間の賃金階層や不平等の程度を評価するために、他の変数との比較をおこなった。介護/非介護職間の賃金階層化は男女間の賃金階層化と同程度であり、介護/非介護職間の不平等については男女間よりも大きい。介護/非介護職間のNSIについて要因分解をした結果からは、介護/非介護職間のNSIは性別間(between gender)で下降トレンドにあり、性別内(within gender)で上昇トレンドにあることが分かる。さらに、介護/非介護職間NSIの性別内(within gender)での上昇トレンドは、主に女性において介護/非介護職間NSIが上昇していることに起因する。換言すれば、介護/非介護職間の階層化は女性において進展しており、女性介護職の賃金は低階層化している。同じく不平等について要因分解をおこなった結果からは、階層化のトレンドと概ね同様の傾向が確認できる。

以上の分析結果から、介護/非介護職間の賃金不平等は総じていえば縮小しており、介護施設での人手不足を背景に政府や関係事業者が介護労働者の処遇改善に取り組んできた成果も一定程度窺える。しかしながら、賃金階層の程度が縮小していないことに加えて、女性介護職については賃金が低階層化しているとの分析結果は、女性介護職の処遇を巡る実情や課題に留意した上で介護労働者の一層の処遇改善を図る必要性を示唆している。

こうした分析結果は、政策評価において不平等と階層の指標を区別する重要性も示唆している。介護/非介護職間の賃金不平等が縮小したにも関わらず、昨今の介護職の離職率が依然として高い背景には、賃金階層の程度が縮小していないことと関連している可能性がある。すなわち、介護職を離職するという意思決定の背景には、他職種との不平等よりも序列を表す階層を重視し、低い賃金階層にある介護職を敬遠している可能性が指摘できる。この点については、さらなる検証が必要であるものの、今後の処遇改善においては、格差における不平等と階層の指標を区別したうえで、処遇改善の効果を測定する必要があるだろう。

図1:横軸は調査年、縦軸はNSI(nonparametric stratification index)を示す。
図1:横軸は調査年、縦軸はNSI(nonparametric stratification index)を示す。
注:エラーバーは95%信頼区間を示す。
図2:横軸は調査年、縦軸は平均賃金の推定値の差を示す。
図2:横軸は調査年、縦軸は平均賃金の推定値の差を示す。
注:エラーバーは95%信頼区間を示す。
参考文献