ノンテクニカルサマリー

兄弟から学ぶ:多国籍企業における海外需要の学習効果

執筆者 陳 誠 (Clemson University)/孫 昶 (香港大学)/張 紅詠 (上席研究員)
研究プロジェクト 海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究」プロジェクト

問題意識

海外事業活動を展開する際、海外の需要と供給に関する情報の不足のため、企業が高い不確実性に直面している。多国籍企業の場合、現地生産を行うには先行投資の高いコストを払わないといけない。前回の研究プロジェクトで、筆者らは日本の多国籍企業のデータを用いて、企業が対外直接投資(FDI)する前、輸出を通じて海外市場の需要を学習し、参入した後、現地生産の売上高予測の精度が高くなるという輸出による学習効果(learning by exporting)があることを明らかにした(Chen, Senga, Sun and Zhang, 2018, RIETI DP 18-E-010)。

本稿は、多国籍企業内海外子会社同士(兄弟、siblings)に注目し、海外需要について“兄弟から学ぶ”という学習効果 (learning from siblings)に関するエビデンスを提供する。つまり、“兄弟から学ぶ”とは、多国籍企業と新規海外子会社が既存海外子会社のパフォーマンスを観察し、既存市場に近い新規市場(距離、財の種類、消費者嗜好などの意味に近い)での需要を学習する効果である。

兄弟(siblings)の定義

本稿では、経済産業省「海外事業活動基本調査」1995~2014年の個票データを用いて分析を行った。この調査には、「本社企業調査票」と「現地法人調査票」があり、現地法人1社につき「現地法人調査票」を1枚ずつ記入している。この調査のユニークな所は、現地法人の売上高実績だけでなく、来年度売上高の見込み額も調査している。2014年調査に約6,500の親会社、25,500の海外子会社の回答があった。

本稿では、市場は国-産業の組合せで、化学、金属、機械、サービス等6つの産業に分けて海外需要の学習効果を捉える。各市場それぞれがアジア、北米、欧州など7つの地域に属する。各多国籍企業-市場のペアについて以下のように兄弟を定義する。

  • 兄弟(siblings)とは、同じ産業同じ多国籍企業の海外子会社同士のことである。なお、その販売が殆ど現地向け、現地売上高のシェアが85%以上であること。
  • 近い兄弟(nearby siblings)とは、同じ地域にいる兄弟のことである。
  • 遠い兄弟(remote siblings)とは、異なる地域にいる兄弟のことである。

なぜ近い兄弟と遠い兄弟に分けるかというと、ある市場での需要を学習する場合、地域外での経験と比べて同じ地域内での経験にはより多くの情報が含まれているからである。例えば、タイとベトナムは距離、文化、消費者の嗜好などの面において近いため、ベトナムでの需要を知りたいなら、タイでの経験を参考にして学習できる。一方、ブラジルとベトナムの場合、市場はかなり違うため、ブラジルでの経験はあまり参考にならない。これは、実際のデータでも支持されている。表1は、地域内と地域間における海外子会社の現地売上高の相関関係を示している。地域内の相関は地域間の相関より約0.1高いことから、地域内の企業活動がより緊密になることを示唆している。

表1:地域内と地域間海外需要の相関
海外需要の代理変数 地域内の相関係数 地域間の相関係数
現地売上高の対数値 0.407
(11,542)
0.302
(26,002)
現地売上高の残差1 0.362
(11,484)
0.264
(25,781)
現地売上高の残差2 0.313
(11,381)
0.216
(25,547)
注:現地売上高の残差(残差とは企業固有のパフォーマンスの意味)1は、国-年固定効果、産業-年固定効果を除いたもの、現地売上高の残差2は、さらに親会社の国内売上高をコントロールしたものである。括弧内は親会社-国-国(異なる2つの国)のペアで見る時の観測値。すべての相関係数は1%水準で有意。
出所:経済産業省「海外事業活動基本調査」より筆者作成。

分析結果

計量分析の結果から、以下のことが明らかになった。

第一に、近い兄弟のパフォーマンスと経験が良いほど、多国籍企業が同じ地域内の新しい市場に参入する確率が高くなる。量的には、近い兄弟の経験(過去現地売上高の残差の累積平均)が1標準偏差上がると参入確率が0.02%高くなる。これは、「FDIの外延」(extensive margin)の拡大、つまり、海外子会社の数の増加を意味している。

第二に、FDIを行った後、新規海外子会社は近い兄弟のパフォーマンスと経験を学習し、売上高予測を立てる。近い兄弟のパフォーマンスと経験が良いほど、新規海外子会社は楽観的な売上高予測を立てる傾向がある。これは、「FDIの内延」(intensive margin)の拡大、つまり、一社あたりの売上高(厳密に言えば、売上高の見込み額)の増加を意味している。

第三に、海外子会社の操業年数が短い(若い企業)ほど、近い兄弟の経験を学習して売上高予測を立てるが、操業年数が長くなると、近い兄弟の経験への依存が低くなる傾向がある。また、不確実性やカントリー・リスクが高い市場ほど正確に売上高を予測するのは困難であるため、近い兄弟の経験を参考にして売上高予測を立てる傾向がある。

政策含意

本稿のインプリケーションとして、第一に、海外市場では、特に同じ地域内の企業活動や市場情報が緊密に関連しているので、ある市場での事業活動がその近隣市場への参入や事業活動の見通しにも影響を与える。したがって、海外進出支援の際、地域ごとに(例えば、東南アジア、欧州など)行うことがより効率的である。第二に、異なる国であっても同じ地域内であれば事業環境や市場需要等の面において共通点が多い。情報収集分析能力の高い多国籍企業でさえ、“兄弟から学ぶ”の学習効果が存在しているため、情報収集分析能力の低い中小企業にとっては、海外市場に関する情報提供がより重要である。第三に、年齢の高い企業より年齢の若い企業にとって、ボラティリティやリスクの高い市場ほど、事業計画を立てるのは困難であるため、それらの企業に対する海外進出支援がより重要である。

参考文献