ノンテクニカルサマリー

経済集積・分散の空間範囲:理論的基礎と実証的示唆

執筆者 赤松 隆 (東北大学)/森 知也 (ファカルティフェロー)/大澤 実 (東北大学)/高山 雄貴 (金沢大学)
研究プロジェクト 経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築」プロジェクト

厳密な経済理論に基づく経済集積の研究が始まって半世紀近く経つ今まで、経済集積、および、その対極である分散を、実経済に則した多地域空間において厳密に定義し、かつ、その形態を体系的に整理した研究は存在しなかった。本論では、多地域立地空間で実現し得る経済集積・分散の形態について、初めて理論的に体系化した結果を得、経済集積に関する理論・実証分析を行う上での指針を示した。

集積を表現する既存の理論モデルの殆どは、2地域経済など地域間空間を捨象した定式化であり、集積・分散の空間スケールを区別しない。従って、「集積が進行する」ことが、東京一極集中の様に大域的集中を意味するのか、1つの都市の内部で都心に立地が集中する局所的集中を意味するのか区別できない。また、「分散が進行する」ことが、都市が郊外にスプロールする局所的分散を意味するのか、東京一極集中が緩和し、地方の都市規模が増大する大域的分散を意味するのかを区別できない。

従来の理論モデルにおける経済空間の抽象化は、経済集積のミクロ経済学的基礎の構築など、特定の目的で有効であったが、実経済における集積・分散を議論する際には、空間スケールの違いを反映した多地域空間が必要となる。集積形成には、自然条件・政策・集積の経済の影響が大きいが、本論では、前二者の影響を排除し、内生的集積原理の影響のみを抽出するために、円周立地空間を用いて立地点の空間的な対称性を確保した。その下で、既存の、一種類の立地主体を想定した基本モデルを多地域化した場合について、体系的に整理した。特に、集積経済のミクロ経済学的基礎によらず、分散力が経済の距離構造に依存するか否かによって、図1に示すI,II型の2つの基本型、または、それらを組み合わせたIII型に集約され、モデルの挙動を統一的に理論分析できることを示した(注1)。2つの基本型の違いは分散力の性質にあり、経済の距離構造に依存する分散力は大域的に作用し、集積形態はI型となる。一方で、経済の距離構造に依存しない分散力は局所的に作用し、集積形態はII型となる。

図1:輸送費感度と集積・分散の空間スケール
図1:輸送費感度と集積・分散の空間スケール

実証・政策的応用において注目すべきは2点ある。第1は、実経済で実現する多極集積を再現するのはI型であり、II型は高々単峰の集積しか発現しない点。第2は、輸送費に対する集積/分散の傾向が、I,II型では逆である点である。I型では、輸送費の増加に伴い大域的分散(集積規模は減少・集積数の増加・集積間隔の減少)が起こる(注2)。一方、II型では、輸送費用が無限大のときに一点に集積する他は、常に幅を持つ単峰集積を保ちながら、輸送費の減少に伴って局所的に分散し、ある閾値に達した時に一様分布となる。I,II型の分散力を併せ持つIII型では、輸送費の減少に伴い大域的集積と局所的分散が同時進行する。従って、全国規模での集積形態を分析とする場合にはI型を、都市内の空間範囲を分析する場合にはII型、両方を同時に分析する場合はIII型を用いる必要がある(注3)。

III型の挙動は、日本の1970年以降の都市成長の事実とも整合する(注4)。我が国の高速道路網および新幹線網の整備はこの期間に全国に広がって地域間交通アクセスが劇的に向上し、その間に、都市数は1970-2015年で503から450に減少した。図2に示すように、存続した302都市について、全国に占める個々の都市人口が平均21%増加した一方で、人口密度は22%減少、都市面積は約2倍に増加した。つまり、大域的集積と同時に個々の都市では局所的分散が起こった。

図2:日本の都市の人口・面積・人口密度の変化 (1970-2015年)
図2:日本の都市の人口・面積・人口密度の変化 (1970-2015年)

本論では、多地域空間で起こる集積挙動の分析において、従来の実証分析枠組の根本的な3つの問題も明らかにしている。第1に、立地空間スケールを捨象して集積・分散の変動をスカラー値で評価する既存の集積指標の殆どは、その定義自体に問題があり指標値の比較から明確な示唆は得られない(注5)。これは、そもそも大域・局所スケールでは集積・分散の性質自体が本質的に異なること、更に、集積・分散の傾向が大域・局所スケールでは逆になるため、優越する空間スケールの傾向により、集計指標と輸送費感度の間の相関の符号は異なるためである。従って、輸送費感度に対する集積/分散の程度の関係を評価や、理論と実経済の整合性を検証するためには、集積の空間スケールを明示的に表現する非集計型の集積評価の方法が必要となる(注6)。

第2に、輸送アクセスと個々の都市集積の関係を誘導系回帰分析で評価する際には、集積の空間分布の変化を考慮する必要がある(注7)。これは、所与の輸送費の下で実現する集積の空間頻度が、内生的集積原理により規定され、同水準の地域間交通アクセスを持つ都市でも、I型の挙動(図1)が示すように、必ずしも同様に成長しないためである。たとえば、1970-2015年の間に福岡が経験した倍以上の人口増加の背景には空港・高速道路・新幹線の影響は大きい。しかし、同様の交通アクセスを持つ北九州の人口は同じ時期に減少した。これは、内生的集積の下で生ずる「椅子取りゲーム」効果によるものであり、交通整備政策の評価などにおいて明示的に考慮する必要がある。

第3に、空間経済学で行われている構造モデル分析の殆どはII型を用い、かつ、解析可能性を確保するために集積が生じないパラメータ範囲を仮定している点で極めて問題が大きいことを指摘した(注8)。そもそもII型の下では、実経済の多極性は再現できない上(図1)、内生的に集積が生じない状況を想定することは、都市規模などの地域間変動の殆どが構造残差に吸収されることを意味し、得られる示唆は極めて限定的となる。特に、本論では、地域間輸送費の集積傾向に対する効果が、本来大域的な集積分布を表現する場合に適したI型とは逆になることも示しており、既存研究の反実仮想実験結果の解釈には慎重になる必要がある。

脚注
  1. ^ 図1では、円環立地空間を直線化して示しており、実際には水平線分の左右端は接続している。
  2. ^ 輸送費感度は、輸送費用そのものではなく、たとえば、生産費用における輸送費用の割合や、生産財価格に対する輸送費用の割合など、財・サービスの生産・販売に伴う費用・価格に対する輸送費用の重要度を意味する。従って、同じ輸送費用でも、産業によって輸送費感度は異なる。
  3. ^ ただし、本論で対象としたモデル群は、基本的に地域経済を対象にしたもので、通勤を含まないモデルであるため、都市内空間を扱う場合には不適である。
  4. ^ 都市は、人口密度1000人/㎢以上かつ総人口1万人以上の連続領域として定義する。
  5. ^ 代表的指標にEllison, G. and E.L. Glaeser, "Geographic concentration in U.S. manufacturing industries: A dartboard approach," Journal of Political Economy, 1997, 105 (5), 889–927 (1997)と、Duranton, G. and H.G. Overman, "Testing for localization using micro-geographic data," Review of Economic Studies, 2005, 72 (4), 1077–1106 (2005)によるものがある。
  6. ^ たとえば、産業集積に特化したMori and Smith"A probabilistic modeling approach to the detection of industrial agglomeration," Journal of Economic Geography, 2014, 14 (3), 547–588 (2014)がある。
  7. ^ 輸送費用と集積の関係に関する最新の実証研究はRedding, S. and M. Turner, "Transport costs and the spatial organization of economic activity," in Gilles Duranton, J. Vernon Henderson, and William C. Strange, eds., Handbook of Regional and Urban Economics, Vol. 5, Elsevier, 2015, pp. 1339–1398 (2015)で挙げられるが、この効果を明示的に考慮したものはない。
  8. ^ Redding, S. and E. Rossi-Hansberg, "Quantitative spatial economics," Annual Review of Economics 9, 21–58 (2017)参照。