このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト
問題の背景
成熟産業から成長産業への「失業なき労働移動」の実現に向けて、個別労働紛争の解決手段の多様化、とりわけ、金銭解決制度(解雇無効を前提として、労働契約関係を金銭と引き換えに解消する制度)が注目されている。先行研究では、あっせん、労働審判、裁判事例をもとに、解決金の分析がなされてきたが、紛争解決にかかる時間的・金銭的コストの負担から、紛争解決手段をとるまでに至らず、顕在化してこないケースも少なくない実態がある。
そこで、本研究では、解雇された場合に要求する解雇補償額を仮想的に質問して、金銭解決制度に関する潜在的なニーズを把握するとともに、要求金銭補償額の決定要因を実証的に明らかにした。
分析に用いる変数
本稿が分析した「多様化する正規・非正規労働者の就業行動と意識に関する調査」(RIETI、平成24年度)では、解雇された状況を想定して、金銭解決可能な金額を質問している。具体的には、整理解雇と不当解雇に分けた上で、不当解雇に対して、職場復帰を求めずに、金銭補償で解決する場合に最低限ほしい金額である。その金額は、図表1の通りである。本稿では、この金額の決定要因に関する仮説を構築して検証した。
雇用者(正規) | パート・アルバイト | 労働者派遣事業所の派遣社員 | 契約社員・嘱託 | |
---|---|---|---|---|
補償額(万円) | 417.7 | 127.6 | 184.3 | 269.3 |
中央値 | 300.0 | 50.0 | 100.0 | 100.0 |
サンプルサイズ | 1916 | 850 | 92 | 215 |
補償額(月) | 16.0 | 8.3 | 8.2 | 12.2 |
中央値 | 12.0 | 6.0 | 6.0 | 6.0 |
補償額(万円、月給*か月分) | 488.1 | 94.9 | 144.2 | 238.6 |
中央値 | 276.0 | 48.0 | 70.0 | 120.0 |
サンプルサイズ | 2346 | 1034 | 118 | 278 |
注)要求補償額は、不当解雇されたと仮定して、原職復帰の代わりに金銭補償を求める場合の最低限の補償額(万円)、あるいは、月給の何カ月分(月数)かを質問したものである。 出所)久米他(2014)表25 (注1) |
分析の結果
回帰分析の結果は図表2の通りであった。勤続年数が長く、企業特殊的スキルに対する投資の量が多く、現在の賃金水準が高い人ほど、労働に直接かかわる損益の補償としての要求金銭補償額が大きくなることがわかった。事前の主観的な失業確率が低い、雇用安定を好むといった、心理的な納得感への補償も有意に確認された。また、労働組合への加入の有無など交渉力などの影響もみられた。
1. 労働に直接かかわる損益の補償 | ||
---|---|---|
①失われた期待収入 | ||
・現在の賃金水準(W)が高い | ○ | 表7、表8 |
・定年までの残り年数が長い(m') | × | 表7 |
・割引率 | △ | 表9 |
・効用関数の形状(賃金低下による効用低下、リスク回避的、既婚者、子どもがいる) | △ | 表7、表10 |
②企業特殊投資額 | ||
・勤続年数(t)が長い | ○ | 表7 |
・投資の量(期間当たりの企業特殊スキルへの投資量I) | ○ | 表12 |
・企業特殊度合い(過去に行った投資の企業特性が高い) | × | 表13 |
③失業保険給付 | ||
・失業保険給付の手厚さ(UB) | × | 表15 |
④転職後の賃金低下 | ||
・市場賃金からの乖離(現在の賃金と市場賃金との乖離、賃金がより下がる W" > W') | × | 表16 |
・失業者が職を見つける確率 | - | |
2. 心理的な(納得感への)補償 | ||
・事案の性質(不当さの度合い) | - | |
・事前の主観的な失業確率が低い | ○ | 表17 |
・雇用安定に対する好み | ○ | 表18 |
3. 交渉力等の影響 | ||
・労働組合の関係が深い | ○ | 表19 |
注)○総じてあてはまる、△部分的にあてはまる、×あてはまらない、-検証していない |
政策的なインプリケーション
これらの結果は、金銭解決制度を導入する際、欧州諸国のように現在の賃金や勤続年数が解雇補償金水準の重要な決定要因になることに一定の合理性を与えると考えられる。ただし、日本の場合、中高年の賃金はそもそも諸外国よりも勤続年数による影響をより強く受けて既に高くなっていることも考慮すべきである。また、国がその水準に対し一定の目安を示す場合でも他の要因も考慮されるように労使協定などで労使の事情が柔軟に反映される仕組みも検討の余地があろう。
- 脚注
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- ^ 久米功一 ・大竹文雄・鶴光太郎(2014) 「多様化する正規・非正規労働者の就業行動と意識-RIETI Webアンケート調査の概要」RIETIポリシー・ディスカッション・ペーパー14-P-003
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/14030012.html
- ^ 久米功一 ・大竹文雄・鶴光太郎(2014) 「多様化する正規・非正規労働者の就業行動と意識-RIETI Webアンケート調査の概要」RIETIポリシー・ディスカッション・ペーパー14-P-003