ノンテクニカルサマリー

ラゴス=ライト型貨幣経済における銀行

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプロジェクト (第三期:2011~2015年度)
「財政再建などを中心としたマクロ経済政策に関する研究」プロジェクト

貨幣と銀行は現実世界では不可分であり、金融政策と銀行規制とは相互に密接に関連しているが、貨幣と銀行を有機的に結びつけた経済モデルは多くない。たとえば、金融政策の分析のための標準的な枠組みであるDynamic New Keynesianモデル(動学的一般均衡モデルに価格硬直性を導入したもの)に、銀行セクターを導入して分析する研究が最近盛んに行われているが、DNKモデルの枠組みで考察される貨幣的要素は「価格の硬直性」に限られる。

しかし、貨幣論の観点からみると、価格の硬直性は二義的なものであり、貨幣の持つ本質的な機能は、取引における交換の媒体(Media of Exchange)としての機能である。貨幣の交換媒体としての機能を正面からモデル化すれば、これまでDNK型の経済モデルでは知られていなかった政策効果を発見することができるかもしれない。したがって、貨幣の交換媒体機能と銀行による信用供与の両方を理論化することは政策的関心からも重要な研究課題であると考えられる。

本論文は、貨幣の交換媒体としての機能を明示的に理論化したLagos and Wright (2005) を基に、貨幣と銀行信用の両方が存在する経済をモデル化し、貨幣供給量の変化がどのような政策効果を持つのかを分析した。このモデルでは、Diamond and Rajan (2005) と同様、銀行は生産性が高いので、預金者から資金調達をして生産活動を拡大させるのが効率的だが、収益を預金者に分配することに事前にコミットできない。預金者へのコミットメントの工夫として、銀行は要求払い預金契約を提供し、あえて自らを「預金取り付け」のリスクにさらすことで、預金者に対するコミットメントを確実にする。

貨幣が銀行に預金されると、生産性の高い銀行が貨幣を有効利用するので銀行取り付けが起きなければ社会全体で生産性が高まる。一方、銀行取り付けが発生すると、資源が大きく破壊されるリスクもある。生産性向上の効果から銀行取り付けによる資源破壊の効果を差し引いたものが銀行に預金することのネットの利得となる。

一方、交換媒体としての貨幣の保有コストはインフレである。預金の量(銀行セクターのサイズ)は銀行預金の利得と貨幣保有コストがバランスするように決まる。そのため、インフレ率が高まると、銀行預金の量が増え、銀行セクターのサイズが増大するとともに、銀行取り付けの確率が増大する。また、適度なサイズの銀行セクターの存在が社会厚生を最大化するので、社会的に最適なインフレ率はFriedman's Rule (デフレ)よりも大きい可能性があることが分かる。貨幣の交換媒体としての機能だけでは、Friedman's Rule の最適性を打ち破ることは困難であるが、銀行セクターの存在と組み合わせることによって、最適な金融政策が、プラスのインフレターゲットとなる可能性が示せた。この論文から得られる政策的インプリケーションとしては、次の2点を指摘することができる。
(1)まず、最適な金融政策が、プラスのインフレ率のインフレターゲット政策である可能性があるということ。これはゼロインフレ政策が最適金融政策であるという通常のニューケインジアン・モデルの結論を覆す重要な政策的インプリケーションであるといえる。
(2)また、このモデルが示したことは、適度なレベルでインフレ率が上昇すると銀行セクターのサイズが大きくなるということである。つまり、銀行システムが健全に持続するためにも、適度なプラスのインフレ率が望ましい、といえる。この点は、銀行政策の観点から見て最適なインフレ率が存在することを示唆しており、銀行を支援するために金融緩和が効果的である、という政策的インプリケーションを直截的に示すものである。

本論文の銀行セクターは、生産そのものを行う主体であり、銀行から企業への貸出は理論化できていない。この点を考慮してモデルを一般化すれば、さらに金融政策や銀行規制について現実的な政策含意が得られると期待されるが、その点は今後の研究課題としたい。

Inflation Rate of Consumer Price Index in Japan
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