執筆者 | 森 知也 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 経済集積の形成とその空間パターンにおける秩序の創発:理論・実証研究の枠組と地域経済政策への応用 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済集積の形成とその空間パターンにおける秩序の創発:理論・実証研究の枠組と地域経済政策への応用」プロジェクト
都市・地域・交通経済学等、輸送費用が必須の要素である空間経済学の諸分野において、従来、輸送網の構造は与件として扱われ、その形成メカニズムを積極的に考察した研究は極めて少ない。特に、輸送ハブの位置・規模・数等の、輸送網の空間構造の決定を明示的に扱った研究は皆無といえ、空港・港湾・鉄道等、マス輸送網の整備について適切な政策判断を下すための経済学的基礎が不足している。本論文では、ハブ・幹線形成の主要因として知られる2つの規模・外部経済、「輸送距離の経済」と「輸送密度の経済」を定式化し、これらの相互作用による輸送網の形成メカニズムを初めて明らかにしている。
輸送距離の経済は、目的地までより直接的に輸送するほど、所要時間の短縮・燃料効率の改善により、距離あたり輸送費が減少することを意味する。輸送密度の経済は、輸送リンク上の交通密度が大きいほど、需給のマッチング効率が向上し、また、より規模の大きい車両・機体を高積載率で運行可能となり、交通量あたり輸送費が減少することを意味する。
高い輸送密度を実現するためには、輸送需要・供給を特定の経路に集中することが必要である。たとえば、日本のような東京一極集中構造を持つ空間経済における幹線鉄道は、地方から東京に向かって、各地に停車し交通需要を蓄積しながら東京へ向かう各駅停車型が最善となる。一方で、長距離輸送を実現するには、途中停車は出来る限り少ないほうが良い。結果として、これら2つの規模の経済のトレードオフは、東京から十分に離れた地方ハブにおいて、周辺の輸送需要を集約する幹線形成を促す。このことは、大都市の規模や位置が、輸送固有の規模・外部経済に少なからず影響を受ける可能性があることを示唆している。また、実現可能な空港や鉄道のハブの位置・規模が、輸送距離・密度の経済のバランスに影響を受けることは、それを無視した空港等ハブの建設や新幹線の敷設等、物理的な輸送拠点の形成自体が当地の経済集積・発展に必ずしも繋がらないことを意味する。
日本の都市圏数は、1980-2005年間に309から191と減少する一方で、特定の都市が周辺の都市を吸収して成長してきたことが観察される。東海・山陽新幹線沿線における都市圏の人口成長を比較すると、大阪・名古屋・岡山・福山・福岡では、それぞれ、57・88・104・41・37%と、主要ハブ都市は大きく成長する一方で、静岡・姫路・三原・下関・北九州では、15・14・4・-17・-8%と、新幹線沿線でも、それ以外の都市成長率は低いか負となっている。このように、輸送網の整備が、沿線の経済成長に大きく影響する一方で、必ずしも一様に成長を促進するものではないことがわかる。
図1は、1980-2005年時の日本の空港の利用者規模の上位平均分布を両対数プロットしたものである(上位平均分布とは、規模に関する空港の順位iに対して、第1~i位までの空港の平均利用者規模をプロットしたものであり、規模分布の性質を特徴づけ易いことで知られている)。図から明らかなように、2時点間で規模分布はほぼ相似形をしており、このことは、ハードウェアとしての空港建設が、輸送需要・供給が集積する、実質的なハブ形成には、必ずしも繋がらず、所与の地域経済において、持続可能なハブの規模と数の関係が持ちうる自由度は極めて低いことを意味している。
図2は、この2時点間における、2005年時の上位25空港の規模順位の変化を示している。空港の利用規模は新幹線沿線か否かで大きく変化しているが、利用者規模分布の形状には殆ど変化がない。
図3は、旅客流動データを用いて導出した、東京・大阪・名古屋経済圏および北海道における、空港利用者規模の上位平均分布である。図から明らかなように、空港の規模と数の関係は、日本全国のみならず、地域経済レベルでも相似的な秩序を創発している。
本論文は、輸送網構造における、このような秩序形成のメカニズムを紐解く第一歩として、輸送距離・密度の経済の相互作用が大きく働いていることを、理論的に示す内容となっている。