ノンテクニカルサマリー

金融危機のモデル-不良資産による調整の失敗-

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

2008年のリーマンショック以降の急な不況によって、金融資産の市場が凍結し、アメリカ経済の国内総生産も縮小した。さらに、アメリカのLabor Wedgeもその時期に急激に減少した。こうした現象を説明することができれば、金融危機の原因やその対応策について有益な情報を得ることができると思われる。

Figure 1: U.S. Labor Wedge (1990-2009)
Figure 1: U.S. Labor Wedge (1990-2009)

本稿では、銀行間市場をモデル化している。銀行間の金融資産(Mortgage Backed Securities (MBS) などの証券)の取引によって、銀行は現金を入手し、その現金を企業などに貸し出している。これは広義のインターバンク市場を単純化したものである。インターバンク市場を通して、資金余剰となった銀行から資金不足の銀行に現金が融通され、企業の生産活動への貸出が実行される。MBSはインターバンク市場で資金の融通をするための担保となっていると解釈することもできる。

このようなインターバンク市場は、企業が経済活動を円滑に進める上で、非常に重要な役割を果たしている。この経済で、金融危機は、インターバンク市場で取引されているMBSに不良資産が紛れ込んだ状態としてモデル化することができる。MBSは住宅担保貸出を証券化したものであるから、住宅ローンの借り手が債務不履行を起こせば、その債務者への貸出を証券化したMBSの価値はゼロになる。価値がゼロになったMBSを不良資産と呼ぶと、金融危機とは、「インターバンク市場で取引されるMBSのある一定の割合が不良資産になった状態」ということができる。このとき、インターバンク市場に参加している銀行は、MBSを買おうとしても、どのMBSが不良資産か判別することができないため、リスクが大きすぎて買うことができない。その結果、インターバンク市場でのMBSの取引がすべて凍結することになる。この現象は、アカロフの有名な「レモン市場の問題」とまったく同じメカニズムで発生している(アカロフのレモン市場の問題は、中古車市場において買い手が中古車の品質を事前に知りえないという情報の非対称性があるために、だれも中古車を買わなくなって、優良な中古車の取引が消滅する、という問題であった)。2008年秋以降に起きた金融資産市場の急激な凍結は、このモデルで説明することができる。さらに、MBSの取引が凍結すると、銀行間の現金の融通が滞るため、企業が機動的に借り入れを得ることができなくなる。その結果、企業の生産活動が阻害される。企業の借り入れが、運転資本の支払いのためであったとすると、冒頭のアメリカにおけるLabor wedgeの悪化も、このモデルで説明することができる。運転資本、特に賃金支払いのための資金が不足すると、労働者への支払いができなくなるため、企業は雇用を削減したり、労働時間を減らしたりせざるを得なくなる。その場合、マクロのデータでみると、Labor wedgeが悪化することになる。

この論文のインプリケーションは、金融資産市場に不良資産が紛れ込んでいる状態は、情報の非対称性を生み出し、レモン市場の問題と同じメカニズムで金融市場を機能停止させる、ということである。通常の金融緩和や財政政策は、この問題に対して、直接的な解決策にならない。不良資産処理を進めることによって、市場から不良資産を除去することが、情報の非対称性の問題を解決するための直接的な方法であると分かる。