ノンテクニカルサマリー

排出権取引と地域間格差

執筆者 高塚 創 (香川大学)/中村 良平 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 自立型地域経済システムに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

温暖化ガス排出量の効率的な削減のために、わが国でも国内排出権取引制度やカーボン・オフセット・プログラムが検討され始めている。前者の試みとしては、経済産業省主導の「国内クレジット制度」や環境省主導の「自主参加型国内排出量取引制度(JVETS)」等がある。後者は、排出削減・吸収プロジェクトから生じた削減・吸収量を認証する制度であり、認証によって付与されるクレジットは、排出権と同等の価値を持つものとして流通することが期待されている。このような試みとしては、環境省主導の「オフセット・クレジット制度(J-VER)」がある。

一方、学術分野においても、こういった制度が一国の経済にどのような影響を与えるのかについて、研究が行われ始めている。しかし、既存の研究は一国の経済や特定産業の「効率性」に焦点を当てたものがほとんどであり、一国の中の「地域間格差」に焦点を当てたものは見当たらない。しかしながら、地域間格差への影響に対する経済界やメディアの関心は高い。たとえば、21世紀政策研究所(経団連設立の公共政策のシンクタンク)のレポートでは、国内排出権取引は炭素エネルギーへの依存度が高い地方部を不利にするため、地域間格差を拡大させるとして批判的に論じている 1)。また雑誌『日経グローカル』では、カーボン・オフセット・プログラムに活路を見出そうとする地域の姿を追った特集記事を載せている 2)

本稿は、国内排出権取引による温暖化ガス排出規制およびカーボン・オフセット・プログラムが、地域間格差に与える影響を、特に長期的な影響-企業立地-に焦点を当てて、理論的に分析を行ったものである。具体的には、立地を明示的に分析するために、近年発展の著しい「空間経済学」の分析フレームを用い、さらに地方部は吸収源の供給において優位性を持つと仮定した上で、以下の結論を得た。第1に、カーボン・オフセット・プログラムを導入することなく、排出権取引による規制のみを行った場合、より厳しい規制は大都市部の企業集積を加速させる。結果として、企業シェアの意味でも、相対的な厚生の意味でも、地域間格差を拡大させることになる。排出規制は、追加的な生産に対しどちらの地域でも同じだけ課金を行うため、生産費用(賃金)の安い地域の優位性を弱めるからである。第2に、カーボン・オフセット・プログラムを導入した場合、地域間格差への影響はさまざまなケースが出てくる。数値シミュレーションによれば、差別化財(企業の生産する財・サービス)の輸送費が低いときには、排出権取引による規制のみを導入した場合よりも地域間格差を拡大させる可能性があることが分かった(図1参照)。地方部ではクレジット売却収入による所得増大が生じるが、それは一次産業に転じる誘因を大きくするため、地方部における企業の退出を促し、その企業退出効果が所得増大効果を凌駕する可能性があるからである。

政策的含意としては以下が考えられる。第1に、排出規制やカーボン・オフセット・プログラムの導入によって地域間格差が拡大し、その格差拡大が好ましくないと判断される場合には、政府の排出権収入のいくらかを格差是正のために用いることが正当化できよう(上記の分析は、ベンチマークケースとして、排出権収入はすべて温暖化対策の運営費等に用いられ、効用および格差に影響しないことを仮定している)。第2に、カーボン・オフセット・プログラムによって地方部に落ちるクレジット売却益が、一次産業に留まらず、二・三次産業(差別化財産業)にも波及するような経済循環構造を構築しておくことが重要であると思われる。具体的には、吸収源供給活動の共同実施であり、これは企業の退出を抑制すると考えられる。

図1:企業シェア、厚生比率への政策の影響:数値シミュレーション結果
図1:企業シェア、厚生比率への政策の影響:数値シミュレーション結果
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引用文献

  • 1) 澤昭裕「国内排出権取引制度についての小論」,21世紀政策研究所,2008.
  • 2) 「特集:CO2規制は地方に追い風か」,日経グローカル,No.145,pp.40-46,2010.