コラム

第4回「企業統治の新展開」

胥 鵬
法政大学経済学部教授

1990年代後半以降、長年の不況とともに、日本の企業統治は大きな変貌を遂げてきており、今も模索が続けられている。本稿では、内部統治、業績連動報酬、負債の役割と資本市場の圧力の役割および互いの関連について、米国の経験に照らしながら、日本の企業統治の現状を分析し、展望を述べる。

社外取締役

内部統治は、取締役会を中心とするシステムをさす。とりわけ、独立社外取締役の役割が強調される。米国の企業統治の影響を受けて、日本の委員会設置会社が会社法に導入されるようになった。韓国、中国もこぞって社外取締役を導入した。会社法において、「社外」は明確に定義されているが、独立性については必ずしもはっきりした定義はないのが現状である。たとえば、顧問弁護士が所属する事務所の別の弁護士が社外取締役に就任する場合に、独立性の要件を満たすかどうかは定かではない。

本家の米国では、社外取締役に関する評価は以下のとおりである。まず、CEO (chief executive officer)が指名委員会のメンバーになったり取締役会の会長を兼任したりするなどの形で、社外取締役の選任にCEOが多く関与している点は挙げられる。また、会社業績が順調に推移してきたカリスマのCEOに対して、社外取締役は頭が上がらない。ただし、業績不振の会社は社外取締役をより多く任命する。社外取締役の割合と業績との関連については、残念ながら社外取締役の増員は必ずしも経営不振を改善するわけではない。これも当たり前の話である。数千万円で数人の社外取締役を雇って、ROEが数パーセント改善するなら、社外取締役を導入しない企業はまず存在しない。これについて、社内取締役をエンジン、社外取締役をブレーキに譬えた某経営者の名言に頷ける。

さて、ブレーキとして、社外取締役はどのような役割を果たすのか。まず、業績不振会社の経営者の首を取ることが挙げられる。この点は、多くの実証分析で確認済みである。独立社外取締役の割合が高ければ、経営者更迭は業績に対してより感応的になる。もう1つは、独立社外取締役が取締役会に占めるウェイトが高い場合に、CEOの業績連動報酬の割合は高くなる点である。そこで、次に業績連動報酬の役割について説明する。

業績連動報酬

役員賞与、ストックオプションや譲渡制限株式などの会計利益、株価などの業績に連動する報酬は、経営者にインセンティブを与え、経営者と株主の利害を一致させる役割を果たすことが期待される。1997年以降、一連の商法改正・会社法改正を経て、ストックオプションや譲渡制限株式が日本で導入された。ストックオプションの導入が経営に寄与している結果は、いくつかの実証分析で得られた。今後、委員会設置会社、すなわち、社外取締役を明確に導入している会社は、ストックオプションをより多く付与するかどうか、さらに業績向上に結びつくかどうかを確かめる実証分析は不可欠である。

エンロン事件以降、ストックオプションの付与が粉飾決算とインサイダー取引を誘発する副作用は注目されるようになった。以前から、米国におけるストックオプションの付与が物議を醸していた。たとえば、多くのストックオプションが増益、増配などのグッド・ニュースの直前に付与されることが報告されている。また、株価が下がると、ストックオプションの行使価格の引き下げや既に付与したストックオプションよりも低い行使価格のストックオプションを新たに付与することもしばしば議論を呼んだ。最も経済学者が首をかしげる事は、相対業績に連動する報酬が付与されない点である。その結果、株価が上がるともちろん、株価が下がっても、CEOは多額の業績連動報酬を手に入れる。近年、ストックオプションの費用計上もあって、業績連動報酬をストックオプションから譲渡制限株式に切り替える米国会社が増えている。

ストックオプションの普及によって経営者が以前よりも株価を強く意識するようになったのは事実である。が、80年代後半から米国で普及したストックオプションを付与する制度が疲労した点は否めない。とりわけ、ストックオプションを付与することに関与する社外取締役の多くは自分自身がCEOでもあり、いずれも自分にしっぺ返しする相対業績に連動する報酬を積極的に導入する筈はない。ただし、このような問題点が多く指摘されるようになったのは、米国の役員報酬の情報開示の透明度のおかげである。後ほど、日本の役員報酬やストックオプションの付与に関する情報開示の問題点に触れる。

敵対的買収

1980年代と比べて、90年代以降、米国における敵対的買収は件数も金額も大幅に減少した。その主な理由として、社外取締役が中心となる取締役会改革とストックオプション付与の普及が挙げられる。株価を高めるインセンティブが強まった結果、割安な株価を狙う敵対的買収が大幅に減少した。また、経営者は、ゴールデンパラシュートで買収のプレミアムにあずかり、買収に応じるようになった。

80年代に敵対的買収が出現した理由は、フリー・キャッシュ・フローと多角経営による業績低迷が挙げられる。負債比率が低く且つ高収益投資機会が乏しい成熟・衰退企業におけるキャッシュ・フローは、株主利益や企業価値よりも、不採算事業の投資や維持のために無駄遣いされる恐れが大きく、フリー・キャッシュ・フローと呼ばれる。フリー・キャッシュ・フローは、経営者の自由裁量下にあるため株主に還元されずに不採算事業に費やされることが多く見られる。LBO (leveraged buyout)は、負債比率を大幅に高めることによって、経営者に不採算事業からの早期撤退を促し、未然に不採算事業に投資させない役割を果たす。

留意してほしいのは、キャッシュ・フローは、高収益の投資機会が多い成長会社の場合には、内部資金の資本コストを低くすることに役立ち、問題は少ないのである。60年代から80年代半ばまで、日本企業についてフリー・キャッシュに起因するエージェンシー問題はそれほど深刻ではなかった。米国のフリー・キャッシュ問題が生じたのは、日本経済の台頭で高収益投資機会が乏しい成熟・衰退企業が増えたからである。同様に、東アジア経済の台頭で、一部の日本企業が成熟・衰退するようになったため、フリー・キャッシュ問題は深刻になった。その結果、一部のフリー・キャッシュ・リッチな日本企業はスティール・パートナーズなどのアクティビスト投資ファンドのターゲットとなり、日本における敵対的買収は幕を開けた。今後、綿密にデータに基づいて地道に敵対的買収の企業経営に対する効果を分析することは不可欠である。

負債の役割

負債は、キャッシュ・リッチな成熟・衰退企業の経営者からフリー・キャッシュを取り上げる役割を果たす。これは、配当と内部留保は経営者の自由裁量で決定することができるが、利子・元本などの負債返済は否応なしに契約どおりにしっかり返済しなければならないからである。銀行借入やファンドの出資でバイアウト資金をまかなうため、LBOやMBO (management buyout)の後、フリー・キャッシュは負債返済に充てられるようになる。このように、LBOやMBOは一種の鞘取り (arbitrage)でもある。敵対的買収も最適資本比率を利用した鞘取りの一面を持つ。

負債の役割に関して、最もなじみ深いのは、メインバンク機能である。メインバンク機能を額面どおりに解釈すれば、企業が経営危機 (financial distress)に陥ったときに銀行は経営に介入する。したがって、LBOやMBOの役割と比べて、メインバンク介入のタイミングはそもそも遅い。もう1つは、銀行融資契約の履行 (enforcement)は、融資の担保に強く依存する点である。土地などの担保資産が不況とともに大きく目減りする場合に、銀行は融資契約の履行を強制する術を持たないのである。

70年代、80年代に銀行役員派遣などの介入ができたのは、地価が上がることはあっても下がることはなかった時代に銀行が大した損もせずに担保資産を競売して融資を回収することができたからである。つまり、借り手企業は介入を受け入れなければ、銀行はいつも担保物権を行使して融資を回収することで脅すことができた。しかし、融資の額面と比べて地価が二束三文に下落した90年代以降、この脅しは空脅しになってしまった。これこそ、メインバンクが破綻した所以である。

企業統治の展望

内部企業統治、業績連動報酬、負債の役割と資本市場の圧力にわたって企業統治の現状を概観した。既に言及したように、各部分は互いに影響しあう複雑な仕組みになっている。80年代の米国においては、内部統治が機能しなかったため、敵対的買収は出現した。その後、社外取締役の増員などの内部統治改革や業績連動報酬が強化され、敵対的買収は大幅に減少した。その中で、社外取締役は重要な役割を担うと思われる。

社外取締役制度を最大の同業組合に譬えることができる。経営者の報酬と更迭を株価に連動させるなどある程度の品質を保証する役割を果たすことと同時に、ストックオプションの問題点を逆手にとって、株価が下がっても大して損せずに株価が上がれば巨額の富を手に入れるシステムを作り上げた。買収者が現れるときに、ストックオプションはゴールデンパラシュートと化し、経営者は買収プレミアムにあずかることができる。米国では、経営者報酬の決定権を株主総会に取り戻す、経営者の報酬を従業員の平均報酬の何倍以内に規制するなどの動きがあるが、仮に実現できたとしてもそれは現行の制度よりいい制度を生み出すかどうかは定かではない。なぜなら、株主総会は機能しないからである。

強調したいのは、米国の企業統治の透明性と理論実証研究の蓄積の多さである。とりわけ、役員報酬の個別開示は、社外取締役の役割に関する最大の情報開示になる。日本では、企業統治 (コーポレート・ガバナンス)に関する情報開示が年々と透明性を増やしている。今後、米国の情報開示と同じ透明性が期待される。また、経済産業省と法務省「企業価値・株主共同の利益確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」で言及されたように、社外取締役の役割を強化する内部統治改革や業績連動報酬の強化が敵対的買収の防衛として役割を果たすためにも、企業統治の透明性は不可欠である。

2007年6月27日

著者プロフィール

2001年より現職。経済学博士。2006年3月まで、RIETIファカルティフェロー。研究分野は、コーポレートファイナンス、コーポレートガバナンス、法と経済学等

2007年6月27日掲載

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