コラム

株式所有構造、独立社外取締役と買収防衛策議案の決議結果

胥 鵬
法政大学比較経済研究所 / 法政大学経済学部教授

株式持合開示、企業内容などの開示に関する内閣府令(開示府令)が改正され、2010年3月31日に施行されたことに伴い、株主総会における議決権行使結果などの開示が日本の上場企業に義務付けられた。この開示府令の改正には、株式の保有状況の開示(いわゆる株式持合い開示)も含まれている。

上記の開示府令の改正の背景には、企業統治の改善を求める世界中の機関投資家からの強い要請があったとみられる。株主総会における議決権行使結果は、株主構成に依存する。経営と所有の分離により生じる株式所有の分散は企業統治の諸問題の起因であり、株主総会は企業統治の要ともいえる。株主総会における議案ごとに賛否状況が公表されることにより、議決権行使と賛否に対して、株式持合比率、海外機関投資家持株比率や国内機関投資家持株比率などの株主構成がどのような影響を与えているかを分析することが可能となる。これまでも、敵対的買収防衛策が株主総会の承認を得ているという日本の実態に注目し、株式持合が多い企業ほど防衛策を導入する傾向にあるなど間接的には株式持合の効果に関する分析は行われてきたが、直接的な分析は行われてこなかった。

買収防衛策は、有利な買収条件を引き出すツールとして機能する一面もあるが、それは取締役会が自身の保身に走らず、株主価値の向上に真面目に取り組む場合に限定される。日本では買収防衛策を実質的に運用する取締役会が社内者で占められ、独立性に懸念があること、および情報開示の少なさが問題点として挙げられる。その上、株式持合や安定株主といった究極の防衛策として機能しうるものを持っている企業も多い。確かに、日本の買収防衛策は、発動水準が相対的に高く、有効期限は明確であり、デッドハンド条項がないなど、アメリカの買収防衛策よりも制度設計の面では問題は少ないともいえるが、買収防衛策が経営陣の保身ではなく、株主価値の向上に寄与するには、取締役会に一定数の独立社外取締役が存在することが不可欠であると、ISSは指摘している。つまり、買収防衛策の導入および更新は明らかに利益相反の懸念があるのである。

利益相反の懸念から、買収防衛策の導入および更新について、取締役会の独立性などの第一段階の形式審査条件を満たして、はじめてISSは賛成の推奨を個別に検討するとしている。外国人機関投資家の中には、ISS日本向け議決権行使助言基準とは異なり「プランの中味、及び株主価値の観点から事例毎に検討を行うが、一般的には反対票を投じることとし、既存の条項を無効とする目的の議案は支持する」としている者ものもいる。国内機関投資家は「独立性の高い社外取締役が決定に深く関与すること」などを条件に賛成を決定するものが多くみられる。たとえば、企業年金連合会も社外取締役が採用されていない企業の買収防衛策議案に対して原則として肯定的に判断することはできないとしている。機関投資家の明確な議決権行使基準と比べて、個人投資家は議決権を行使する可能性が低く行使する場合も賛成すると考えられる。他方、役員、従業員持株会、持合株主、安定株主は積極的に議決権を行使しかつ会社提案に賛成すると考えられる。以上のように、株式所有構造、とりわけ、国内・海外機関投資家の持株比率により買収防衛策議案への賛成比率は大きく異なってくると考えられる。

形式上は株主決議事項である剰余金の処分議案は買収防衛策の導入および更新と比べて、内部資金の活用などから高度な経営判断が要求される。また、会社議案が否決され、剰余金の処分に関する株主提案がなされかつ承認されなければ配当金はもらえなくなってしまう。ISSも配当性向が15%―100%の広い範囲で賛成を推奨している。その結果、株式所有構成に大きく影響されずに剰余金の処分議案は平均賛成比率が高く、またばらつきも小さいと考えられる。もちろん、僅差で否決される可能性もほとんどない。

買収防衛策議案と剰余金の処分議案の議決権行使結果は次の通りである。敵対的買収防衛策案は平均賛成率が80.83%、標準偏差が9.28%、最小賛成比率はわずか54.63%である。つまり、買収防衛策案が僅差で可決された事例も見られるということである。興味深いことに2013年6月の株主総会の直前に、ある会社は否決される可能性を察知し、買収防衛策を更新する案を取り下げている。胥・田中2009が喝破したように、株主総会の承認を要する日本型買収防衛策以前に株式所有構造が重要なことを、この事例は示している。他方、剰余金の処分議案の最低賛成比率は81.35%である。既に説明したように、両者の差は国内海外の機関投資家が買収防衛策案に否決しようとするインセンティブが強く働きかつ反対票を投じるコストが非常に低いことに起因している。

2010年3月期決算の防衛策の導入および更新の会社提案を行ったデータに基づいて、議決権行使比率(賛成・反対・棄権の議決権数(個)の合計/総議決権数(個))と賛成議決権比率(賛成議決権(個)/総議決権数(個))を年金、投資信託、外国人機関投資家、個人投資家、従業員持株会、役員、年金と投資信託を除く金融機関、事業法人の持株比率へ回帰させるという手法を用いて、われわれは株式所有構造と取締役会の独立性が買収防衛策議案の決議結果に与える効果を明らかにすることを目指した。予想通りに、零細個人株主は議決権行使する割合が約31%、行使した場合の賛成割合は100%であった。事業法人、役員、従業員持株会は100%議決権を行使し、また賛成割合は100%であった。金融法人、年金、投資信託と外国人投資家の議決権投資比率は、事業法人、役員、従業員持株会の行使比率には及ばないが、個人投資家、とりわけ零細個人株主の行使比率をはるかに超えていた。金融機関の賛成比率は100%ではないが、3分の2を超えていた。興味深いことに、独立社外取締役がいると外国人投資家の賛成比率は3割以下に低下していた。外国人投資家と比べると、年金は独立社外取締役がいると賛成比率が大幅に上昇していた。最後に、事業法人、役員、金融機関、従業員持株会と個人株主を比べると、外国人投資家、投資信託と年金の賛成比率のばらつきが大きかった。このように日本企業は所有構造から議決権の行使結果を推測し、防衛策の導入および更新を決定しているのである。

長年、株主総会の議決権行使結果がヴェールに包まれていたため、株主総会の役割に関する分析は空白であった。今後、否決されても株主のコストが低い役員報酬、役員賞与、ストック・オプション、退職慰労金議案、退職慰労金の廃止などの議決権行使に関する分析も重要であると思われる。防衛策の導入および更新は株主総会の決議に付されることと同様に、役員報酬の株主総会の決定事項となっている。これに対して、米国では防衛策の導入も役員報酬の決定も取締役の経営判断に委ねられている。一方、say-on-payのように役員報酬の決定に株主の意見を反映させようとする勧告決議が米国では行われている。日本企業における役員報酬関連議案の議決権行使結果を分析することは、米国の企業統治改革にも資するといえよう。

2014年2月18日

2014年2月18日掲載

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