コラム

リスクテイクと持続的経済成長

胥 鵬
法政大学比較経済研究所教授

シリコンバレーの成功は、まさにリスクテイクの賜物である。アベノミクスで掲げられた持続的な経済成長を成し遂げるためには、企業による適切かつ積極的なリスクテイキングは不可欠である。大胆なリスクテイキングが日本に広まれば、日本企業は収益性が改善し成長率が高まると考えられる。

企業統治の視点から、大胆なリスクテイクは株主の利益に適っている。収益を高めるリスクテイクを妨げる要因としてはさまざまなものが挙げられる。まず、株主と比べて経営者はよりリスク回避的である。そして、経営者は私的便益を失うことを恐れてリスクテイクに消極的である。また、自分のキャリアに傷がつくことを恐れて、経営者はリスクテイクを敬遠しがちである。支配株主の持株比率が高くかつ私的便益を収奪できる場合にもリスクテイクがコンサバティブになる。なぜなら、リスクテイクが裏目に出た場合に私的便益が失われ、キャリアに傷がつくからである。さらに、銀行、労働組合と政府による経営介入が強ければ強いほどリスクテイクはよりコンサバティブになる。コーポレート・ガバナンスが機能すれば、経営者や支配株主の私的便益等の株主と経営者の間の利益相反に起因する過少リスクテイクは緩和されることになる。

リスクテイクの尺度としては、営業利益率、ROA、時価簿価比率および株式投資収益率の標準偏差が用いられている。これらの尺度は投資などの経営意思決定の迅速さなどの代理変数として用いられることも多い。経営者の業績連動報酬のあり方、経営者のテニュア、取締役会規模、CEOのパワー、所有構造および大株主の分散投資がリスクテイクに影響を及ぼすことが実証分析で明らかにされている。近年では、内生性を考慮する工夫もなされている。

リスクテイクの決定要因を分析した論文は多くみられるが、リスクテイクが企業業績などに対する効果を分析した論文は多くはない。John, Litov and Yeung. (2008)は、投資家保護とリスクテイク、リスクテイクと経済(企業)成長との関連を明らかにしている。具体的には、リスクテイクの内生性を考慮しつつ、クロスカントリー分析と米国データを用いた企業分析がなされている。クロスカントリーも米国企業分析も、投資家保護とリスクテイクの間に正の関連、リスクテイクと企業成長の間に正の関連が見られる。ただし、クロスカントリー分析においては銀行の支配、労働組合の交渉力と政府介入のリスクテイクに対する効果は見いだせないが、米国企業については銀行依存度と組合加入がリスクテイクを有意に下げている。

John, Litov and Yeung (2008)の結果は、過少リスクテイクを示唆するものである。とりわけ、日本企業のリスクテイクは39カ国の内の最下位とランクされている。このことは、日本の成長と企業価値の向上のために企業統治改革が不可欠である相応の理由を与えている。とりわけ、巨額の赤字を垂れ流しても撤退を決断できない経営判断の欠如や危機意識のなさを変えない限り、赤字が永久に続く。また、文化的な要因として、石橋を叩いて渡らないため現状から一歩を踏み出すにはなかなか時間がかかることも挙げられる。日本企業におけるリスクテイクを分析した最近の論文によると、外国人投資家持株比率が高ければ高いほど、取締役会規模が小さければ小さいほど、日本企業はよりリスクテイキングになっている(Nakano and Nguyen 2012, Nguyen 2012)。

日本企業におけるリスクテイクと企業業績との関連について分析がなされていないことから、筆者はJohn, et al (2008)の手法を応用して、非上場企業におけるリスクテイクおよびリスクテイクと企業成長との関連に関する分析を試みている。非上場企業、とりわけ、オーナー経営者企業はリスクテイクの主な担い手である。経済産業省の企業活動基本調査票を用いて分析した結果、国内オーナー経営者企業は、国内子会社より過剰にリスク回避的であり、外資系企業は最も積極的にリスクテイクすることが明らかとなった。また、負債はリスクテイキングに対して有意な影響を及ぼさない。流動性の高い企業ほど売上高成長率と収益性が低下する。最も重要なのは、リスクテイキングは売上高成長率、総資産成長率と経営業績を有意に高めることを、我々の内生性を考慮した分析結果が示唆していることである。リスクテイクが危機時のキャッシュフローを大きく引き下げる可能性を検証するために、世界金融危機中の営業利益率をリスクテイクに回帰させた分析を行った。米国の金融機関と異なり、積極的にリスクテイクする企業は世界金融危機時も営業利益率が高いことを、我々の分析結果は示唆していた。上場企業に関する分析も外国人投資家持株比率がリスクテイクを高めるなど概ね同じである。

未上場企業や中小企業のリスクテイキングを促すには、失敗からの再出発を保証することが重要である。起業とイノベーションを促進するために、EUでも米国の破産制度に倣って破産法の改正などが行われてきている。2002年に日本の破産法が改正されて差押免除の自由財産は大幅に拡大されたが、米国の破産法に設けられている家屋差押免除(homestead exemptions)は取り入れられていない。事業に失敗しても路頭に迷わないように、日本も家屋差押免除を設ければ、事業再挑戦と早期再生が促進される。ひいては、それが積極的なリスクテイキングにつながると考えられる。また、子会社への権限移譲も重要である。上場企業のリスクテイクを促すには、雇用確保のために巨額の赤字を垂れ流しても衰退産業からの撤退を決断できない経営判断の欠如や危機意識のなさを改めるべきである。つまり、究極のインサイダーたる労働力の流動性を促進するために、早期退職の退職金の割増支給を一層厚くしたり税制上の優遇(複数年度所得繰越税制や再就職のための人的資本投資支出の税控除)を設けたりする政策を講じなければならない。

また、企業価値を高めるリスキーな投資などの経営意思決定が行われる外資系企業の企業文化が国内企業の成長戦略の触媒になるという点から、対内直接投資を促進する政策が望ましい。海外の技術ではなく、直接投資は異なる企業文化、リスクテイク戦略、業績連動報酬人事制度と経営ノウハウを日本にもたらす。こうした新しい経営が日本に広がれば、新しい成長の源泉になると期待できる。また、異なる文化背景を有する人材を経営陣や社外取締役として登用することと同時に社内や子会社への権限移譲などを通じて日本企業の多様化(diversity)を実現することも積極的なリスクテイキングにつながると期待される。

2015年5月22日
脚注
  • John, Kose and Litov, Lubomir P. and Yeung, Bernard Yin (2008), "Corporate Governance and Risk Taking," The Journal of Finance, Volume 63, Issue 4, pp.1679-1728
  • Nakano, Makoto and Nguyen, Pascal (2012), "Board size and corporate risk-taking: Further evidence from Japan," Corporate Governance: An International Review 20(4), pp.369-387
  • Nguyen, Pascal (2012), "The impact of foreign investors on the risk-taking of Japanese firms," Journal of the Japanese and International Economies, pp.233-248

2015年5月22日掲載

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