日本型コーポレート・ガバナンスはどこへ向かうのか?:「日本企業のコーポレート・ガバナンスに関するアンケート」調査から読み解く

第3回「経営者の目に映る物言う株主:国際比較」

胥 鵬
法政大学比較経済研究所教授

第3回は、「経営者の目に映る物言う株主:国際比較」と題して、経営者が敵対的買収についてどのように考えているかについて、本調査の結果と、日本企業と米国企業を対象とした先行研究(アンケート調査)の結果を比較し、日本と米国の経営者の目に映るアクティビスト投資家に対する捉え方の差異を明らかにする。

アンケート調査の意義

常に物言う株主の圧力に晒されて、投資も研究開発も利益分配も株主へのリターンを高めるよう求められるからこそ、アップルが奇跡的に再生したと言えよう。一方、現金を持て余せば、アップルでさえアクティビスト・ヘッジファンドが物申す。しばらく息を潜めていた米国の物言う投資家は、今後再び日本のキャッシュリッチ企業に視線を投げかけてくると考えても決して杞憂ではない。また、企業価値の名の下で株式持合いや買収防衛策に守られている仮初めの安楽に甘んじて手元資金を有効に使っていないからこそ、日本経済は低成長が続くのである。

本調査の目的の1つは、究極の買収防衛策としての持合い株式の議決権行使、日本企業の敵対的買収防衛策の実施とアクティビスト投資家のコンタクトに対する意識をアンケート調査によって明らかにすることにある。学術論文では、敵対的買収やアクティビストファンドに関する実証研究が多い(Jensen [1986, 1988]、Holmstrom and Kaplan [2001]、Brav et al. [2008]、Uchida and Xu [2008]、胥・田中 [2009]、胥 [2009])。通常の実証分析では、財務データ等を用いた回帰分析が中心であるが、コーポレート・ファイナンスやコーポレート・ガバナンスに関する意思決定要因や仮説の検証に対するアプローチとして近年注目されているものに、企業に対して直接尋ねたサーベイ・データを用いた分析がある。その代表例として、ファイナンス分野のトップ・ジャーナルに掲載されてきたGraham and Harveyらの一連の研究が挙げられる。とりわけ、欧米企業やアジア企業の最高財務責任者を対象に実施しているGlobal CFO Surveyやデューク大学・CFOマガジンのビジネス・アウトルック・サーベイは注目されている。企業経営、経営者の楽観度、マクロ経済に関する期待の他に、プライベート・エクイティ・ファンドによる企業のM&Aを妨げるかどうか、アクティビスト投資家の提案に対する企業の対応、およびその結果などのタイムリーなアンケート調査も行われてきている。

これまでの実証分析では、公に企業に物言う株主が大量保有報告書を提出する事例等を用いてきた。イベント・スタディの手法を用いた実証分析では、ターゲット企業の特徴、アクティビストの出現に対する企業の対応、および経営業績の推移について定量的な関係を把握することができるが、その背後にある企業の意思決定者の考え方については推測するしかない。しかし、アンケート調査では、直接水面下のアクティビストと企業とのコンタクトの有無を聞くことができるという利点がある。さらに、水面下のコンタクトが決裂した事例のみが公になるという内生性の問題を回避することができ、日本企業と対決する村上ファンドやスティール・パトーナーズ以外のアクティビストの役割を解明することもできる。このように、アンケート調査は従来の実証分析を補完する役割を果たすものと期待されている。

持合い株式の議決権行使

まず、本調査では、株式持合いが敵対的買収防止策として実際にどれほど有効なのかについて尋ねている(問4-1、問4-2)。「御社が株式持合いなど親密関係にある会社に対して他社による敵対的買収行為がなされたとき、御社はどのように行動しますか」という質問に対して、保有株式の売却について、"いかなる状況でも売却しない"、"状況次第で売却する"、"どちらともいえない"の3つの選択肢のうちの1つを選んでもらった。同様に、委任状合戦の対応について、"いかなる状況でも経営者側(被買収会社)に投票する"、"状況次第で買収側に投票する"、"どちらともいえない"の3つの選択肢のうちの1つで回答を求めた。

回答結果は表1に示されているが、"いかなる状況でも持合い株式を売却しない"と"いかなる状況でも持合い先の経営者側に投票する"と答えた企業の割合はそれぞれ23.1%、25.6%である。言い換えれば、保有株式の売却については,"状況次第で売却する"と"どちらともいえない"の両者で76.9%となっており、持合い関係は一見、強固なものではないことが窺える。同様に、委任状合戦の際の対応を見ても、"状況次第で買収側に投票する"と"どちらともいえない"の両者で74.4%を占めており、ここでも株式持合いが敵対的買収防止策として果たして有効なのかと疑問を抱かせる結果である。

一方で、(1)現在の株式持合いの状況を尋ねた質問(問3-1、問3-6)で株式持合いを"している"と回答した企業、(2)実際の株式持合い比率が10%以上の企業、(3)敵対的買収への備えについて尋ねた質問(問4-4、図1参照)で"株式持合いを拡大する"と回答した企業、(4)株式持合いと事前警告型買収防衛策の関係を尋ねた質問(問4-6)で"株式持合いの方が重要である"と回答した企業は、そうでない企業と比較して"いかなる状況でも持合い株式を売却しない"と"いかなる状況でも持合い先の経営者側に投票する"と答えた割合が高い。両者の差は比較的僅少であるため、慎重な評価が必要であるが、株式持合いを自社の買収防衛策の一環として考えている企業は、他社が買収提案を受けた際にも、それがどのような提案であっても売却しないという姿勢を堅持しているようである。

また、表掲はしていないが、本調査と同一の質問項目を設けている花枝・胥・鈴木(2010)のアンケート調査の結果と比較すると、"状況次第で売却する"と"状況次第で買収側に投票する"と答えた割合は、いずれも半分以下に減ったことも興味深い。

表1:株式持合い先に対する敵対的買収行為への対応
表1:株式持合い先に対する敵対的買収行為への対応
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経営者の目に映る敵対的買収

次に、「敵対的買収(経営陣の同意なく行われる買収)に対する次の各項目のような見解について、どのようにお考えですか」という質問(問4-3)で、考えられる見解を8つ列挙し、一般論として、それぞれの見解について、"強くそう思う(2点)"、"ややそう思う(1点)"、"どちらともいえない(0点)"、"あまりそう思わない(-1点)"、"まったくそう思わない(-2点)"という5段階評価で回答を求め、その平均点を算出した。

回答結果を示した表2によれば、(1)・(2)・(4)・(6)など、企業の長期的利益や従業員の利益に基づく否定的意見が強いことがわかる。また、この結果を花枝他(2010)と比較すると、敵対的買収に対して否定的な考え方が以前より強くなっていることが確認できる。逆に、(7)「緊張感をもたらすということで評価できる」という選択肢の平均得点は、花枝他(2010)の0.09から-0.27に下がった。興味深いことに、(8)「企業価値を高めるものであれば受け入れられる」と答えた企業の割合は32%である。つまり、68%の企業は、必ずしも企業価値に対する効果で買収が敵対的かどうかを判断していないのである。そのうち、企業価値を高めるものであっても受け入れられないと答えた企業の割合は19.3%にも達する。

表2:敵対的買収に対する見解
表2:敵対的買収に対する見解
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※「そう思う(肯定)」は「強くそう思う」と「ややそう思う」の合計、「そう思わない(否定)」は「あまりそう思わない」と「全くそう思わない」の合計である。

さらに、本調査では、敵対的買収に対する備えについても質問している。「御社は敵対的買収への備えとして、以下の対策のうちどれを実施していますか」という質問(問4-4)に対する回答結果が図1にまとめられているが、(5)「業績改善により高い株価を達成・維持する」を実施している企業は34.6%、(3)「増配による株主利益還元」を実施している企業は13.9%である。つまり、敵対的買収に対するネガティブイメージにもかかわらず、企業価値が低いことこそ敵対的買収を招く原因だと一部の日本の経営者は認識して高い株価を達成・維持することに努めている。一方、15.1%の企業は(1)「事前警告型防衛策(新株予約権の無償割当)ないしライツプランを導入する」ことを実施している。興味深いことに、敵対的買収に対する備えとして、(6)「社外取締役を導入する」ことを実施している企業の割合は22.2%に上る。

敵対的買収への備えとして、業績改善による高い株価の達成・維持が重要視されることは、花枝他(2010)の結果に近い。また、花枝他(2010)では持合い拡大が事前警告型防衛策より重要視されていたが、今回のアンケートで(2)「株式持合いを拡大する」ことを実施していると答えた企業がわずか5.1%である。また、5.6%の企業が(9)「友好的な引受先に対する第三者割当増資ができるように、定款で株式の授権枠をとっている」。単純比較は難しいが、今回のアンケートと花枝他(2010)の違いは、持合いを拡大することを重視することと、実際に持合いを拡大していることの差を反映したものだと解釈することができる。つまり、この事実から、持合いは究極の防衛策として重視されているが、実際に持合いを拡大することは必ずしも容易ではないことが窺える。

図1:敵対的買収に対する備えとして何を実施しているか(N=410)
図1:敵対的買収に対する備えとして何を実施しているか(N=410)
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アクティビストの実態

デューク大学・CFOマガジンのビジネス・アウトルック・サーベイ(以下、ビジネス・アウトルックと略す)によると、2006年までに米国上場企業の40%は、アクティビストファンドのターゲットとなった。アクティビストと経営陣のやり取りについては、35%は友好的であり、48%は中立的であり、敵対的なケースは17%に過ぎない。アクティビストにコンタクトを求められた企業の3割は、アクティビストの提案が経営方針に影響を及ぼしたと答えた。その多くは、経営戦略、M&A計画、取締役派遣、人事変化と資金調達にかかわるものである。つまり、米国では、多くの物言う株主が友好的に水面下の接触を試み、また、多くのターゲット企業がアクティビストの意見を聞き入れている。さらに、アクティビストの意見を取り入れた企業のうち、業績が改善したと答えた比率は26%で、悪化したと答えた比率の15%を大きく上回った。

米国と比べて、アジア企業に対するアクティビストのコンタクトは頻繁である。アクティビストの提案を取り入れて業績が悪化したと答えたアジア企業の割合はわずか4%に過ぎない。戦略決定に関する提案は8割に近く、48%は財務関連のものであり、M&Aにかかわる提案は40%になる。ビジネス・アウトルックのアンケート結果を額面通りに受け取れば、アクティビストの提案を採用すれば会社がよくなる可能性は高く、とりわけ、アジア企業がアクティビストの提案を受け入れるデメリットは小さい。換言すれば、アクティビストの提案は企業価値の脅威ではなく、企業の経営改善に資するものが多いと言えよう。

本調査では、日本企業に対するアクティビストのコンタクトについての実態を把握するために、「アクティビストファンドや物言う株主からコンタクトを求められたことはありますか」という質問(問4-7)を設けたが、"ある"と答えた企業の割合はわずか12.7%である。米国やアジア諸国と比べて、日本企業のコーポレート・ガバナンスにおいて、物言う株主の圧力をアクティビズムや脅威と表現するには程遠い存在である。まして、アップルのような企業に物申すことは想像すらできない。

また、「アクティビストファンドや物言う株主からのコンタクトにはどのように対応されましたか」という質問(問4-8)に対して、"すべて応じた"企業の割合は32.7%、"一部は応じた"企業は55.8%、"すべて拒否した"企業はわずか11.5%である。アクティビストファンドや物言う株主からのコンタクトに応じた企業のうち、「経営に対してアクティビストファンドや物言う株主から具体的な提案はありましたか」という質問(問4-10)については、56.5%の企業は提案が"あった"と答えた。さらに、提案を受け入れたかどうかについて尋ねたところ(問4-11)、"すべて取り入れた"企業が3.8%、"一部は取り入れた"企業が38.5%、"全部断った"企業が57.7%となっている。単純比較は難しいが、アクティビストにコンタクトを求められた米国企業の3割がアクティビストの提案から影響を受けたと回答していることと比べて、日本企業もアクティビストの提案から少なからぬ影響を受けていることがわかる。

以上、4割以上の米国企業とアジア企業がアクティビストのターゲットになっていることと比べて、日本企業に対する物言う株主の圧力はアクティブからは程遠いものである。日本企業は本当に敵対的買収の脅威に直面していると言えようか。一方、現金を持て余して株価低迷に直面するアップルに、今度はヘッジファンドから株主に報いる経営への転換の圧力がかかる。これと対照的に、ソニーやパナソニックなどの電気機器メーカーの株価がどんなに低下しようとも、物言う株主が一向に現れないのは一体なぜであろうか。この問に、本調査は重要なヒントを与えてくれる。まず、7割弱の日本企業は、必ずしも企業価値に対する効果で買収が敵対的かどうかを判断していないのである。その上、15%の企業が敵対的買収防衛策を導入し、さらに、5%の企業が究極の防衛策として持合いを拡大している。その結果、企業価値が低いうえに業績が緩やかに悪化しているキャッシュリッチ企業が二重三重の鎧に守られており、経営陣が茹でガエルの法則を地で行くことになっている。徐々に温度が上昇する冷たい水やぬるま湯よりも、株式市場の荒波のような熱湯がかえってカエルのためになるのではないか。

2013年6月13日
文献
  • Brav, A., W. Jiang, F. Partnoy, and R. Thomas, 2008, "Hedge Fund Activism, Corporate Governance, and Firm Performance," Journal of Finance, Vol.63, pp.1729-1775.
  • Duke University / CFO Magazine, 2006, "Business Outlook Survey Autumn 2006 Press Release," http://www.cfosurvey.org/07q1/index.htm.
  • Holmstrom, B. and S. Kaplan, 2001, "Corporate Governance and Merger Activity in the United States: Making Sense of the 1980s and 1990s," Journal of Economic Perspectives, Vol.15, pp. 121-144.
  • Jensen, M., 1986, "Agency Costs of Free Cash Flow, Corporate Finance and Takeovers," American Economic Review, Vol.76, pp. 323-329.
  • Jensen, M., 1988, "Takeovers: Their Causes and Consequences," Journal of Economic Perspectives, Vol.2, pp.21-48.
  • Uchida, K. and P. Xu, 2008, "US Barbarians at the Japan Gate: Cross Border Hedge Fund Activism," Bank of Japan Working Paper Series No.08-E-3.
  • 胥鵬(2009)「買収防衛策イン・ザ・シャドー・オブ株式持合い」『商事法務』 第1874号 45-55頁.
  • 胥鵬・田中亘(2009)「買収防衛策イン・ザ・シャドー・オブ株式持合い-事例研究」『商事法務』 第1885号 4-18頁.
  • 花枝英樹・胥鵬・鈴木健嗣(2010)「日本企業のM&A戦略-サーベイ調査による分析-」『現代ファイナンス』 第28巻 69-100頁.

2013年6月13日掲載

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