コラム

新しい私的整理――ADR(裁判外紛争解決手続)による企業再生

胥 鵬
法政大学比較経済研究所教授

2000年民事再生法の制定に伴って、債務の法的整理が急増、企業再生のあり方が大きく変化した(Xu, 2004, 2007)。他方、メインバンクが主導する債権放棄なども数多く行われていた。とりわけ、"メイン寄せ"現象が広く指摘されてきた(Arikawa and Miyajima, 2007;小佐野・堀, 2011)。01年に導入された私的整理ガイドラインの下でも"メイン寄せ"は顕著にみられた。03年5月以降、産業再生機構の私的整理事例においては、メイン銀行も含めた債権放棄負担のプロラタ(比例)配分がよくみられたといわれている(鯉渕、2008)。また、1981~2007年にかけて連続2期赤字やインタレスト・カバレッジ・レシオが連続2期1を下回る企業が債務整理を経験する割合は低下したことも指摘されている(Hoshi, Koibuchi, and Schaede, 2009)。

08年11月から13年の間に、計16社の上場企業が、事業再生ADR(裁判外紛争解決)による私的整理の手続きの利用の申請を試みた。そのうち、日本航空は会社更生手続きへ、大和システムは民事再生手続きへ、ワールド・ロジは破産手続きへと移行した。また、人材派遣大手だったラディア・ホールディングス(旧グッドウィル)は、ADRが一度は成立したものの、違法な派遣など法令遵守の不備から直後に清算に追い込まれた。上場企業のADR申請件数はリーマンショック直後の2009年に7件、10年に5件を数えたが、以後は11年に2件、13年は2件と景気の安定に伴い減少している。ADR申請から事業再生案が決議されるまでの期間は、民事再生の場合の半分に短縮される。ADR利用企業は債務免除や人員削減によって債務超過が解消され、収益が回復し、株価が上昇または維持される。他方、同じ期間に民事再生法や会社更生法の適用を申請した企業数はADR申請企業の3倍弱の46社である。

ADR(Alternative Dispute Resolution、裁判外紛争解決手続)とは、民事再生法・会社更生法・破産法などの法的手続きを訴訟手続によらずに、公正な第三者の仲裁・調停・あっせんの下で、民事上の紛争の解決をしようとする当事者同士の話し合いをベースに、その解決を図る手続きである。ADRの手続きは、ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律、2007年)を根拠法とし、法務大臣の認証を受けた事業者(認証ADR機関)がその仲裁・調停・あっせんを行う。

産業活力の再生および産業活動の革新に関する特別措置法の2007年改正により創設された事業再生ADR制度は、事業再生に関する紛争を扱う事業者として法定の特別な要件を満たした場合には、認証ADR機関について、経済産業大臣の認定を受けることができるとされる。現在、特定認証紛争解決事業者は事業再生実務家協会(JATP)のみである。同協会の特定認証ADR手続きに基づく事業再生手続規則は、会社更生法や民事再生法などの法的手続きによらずに、ADR 法および「産業競争力強化法」(以下「強化法」という)並びにそれらの関係法令に準拠して運用するための準則を定めることにより、債権者と債務者の合意に基づき、主として金融債務の猶予・減免などのADR 手続を促進し、私的整理をもって経営困難な状況にある企業を再建することを目的とする。

裁判所が関与する点を除いて、民事再生手続きに非常に近い。また、参加金融債権者の全員一致で議決する点も民事再生手続きと異なる。もちろん、私的整理のため、金融債権者の参加や一時停止に従うかどうかは、金融債権者の選択に委ねられる。専門の知識や経験を持つ第三者として手続実施者が、企業と銀行など債権者との間に立って過剰債務の減免などを調整する点は、従来の銀行主導の債務免除による私的整理と異なる。他方、主たる債権者との交渉過程や主たる債権者の意向が斟酌される点から、従来の私的整理と同様に大口債権者の存在は重要である。また、プレDIPファイナンスも考慮される点は、早期再生につながるといえよう。

筆者の共著論文(猿山・胥2016)によれば、事業再生ADRは法的整理に比べて、スピーディな手続きが可能であり、上場企業については引き続き上場を確保しながら、株価も概して水準を維持できることが確認できた。債務超過から脱し改善、あるいは債務の拡大を抑え、収益率の回復に成功した事例が多い。ADRが成立する条件に関する事例研究と回帰分析から、債務は膨らんでいてもよいが、金融債務が中心の企業が候補になりやすい。また、上位銀行の融資シェアが高く、あるいは再建に先立つ期間において融資の集中度を高めているなど、大口債権者の存在が重要だという点は、今までの私的整理に共通する。これは、ADR手続きの仮受理にあたって、主たる債権者との交渉経過および主たる債権者の意向が斟酌されることとも整合する。また、従業員の削減を進めているなど、経営節度規律が保たれているケースも多かった。近年、シャープのようなメインバンク主導による私的整理はごく少ない。ADRは、メインバンク主導の再生にかわって、私的整理による早期企業再生に新しい選択肢を与える。

2016年2月3日
文献
  • Arikawa, Yasuhiro, and Hideaki Miyajima (2007), "Relationship Banking in Post-bubble Japan: Coexistence of Soft- and Hard-Budget Constraints," in Masahiko Aoki, Gregory Jackson, and Hideaki Miyajima, eds. Corporate Governance in Japan, Oxford University Press, New York, 2007
  • Takeo Hoshi, Satoshi Koibuchi, and Ulrike Schaede (2009), Changes in Corporate Restructuring Processes in Japan, 1981-2007, Center on Japanese Economy and Business working paper, No.272
  • 小佐野広・堀敬一(2011)「『メイン寄せ』による規律付けと実証分析」、宮島英昭編著『日本の企業統治』, 73-103. 東洋経済新報社
  • 猿山純夫・胥鵬(2016)「ADR(裁判外紛争解決手続)による債務の私的整理」、法政大学比較経済研究所、memo
  • Xu,Peng (2004), Increasing Bankruptcies and the Legal Reform in Japan, Journal of Restructuring Finance, Vol.1, No. 2, 417 - 434, 2004
  • Xu, Peng (2007) Corporate Governance in Financial Stress: The New Role of Bankruptcy in Masahiko Aoki, Gregory Jackson, and Hideaki Miyajima, eds. Corporate Governance in Japan, Oxford University Press, New York
  • 事業再生実務家協会、2014年5月20日 産業競争力強化法(平成25年法律第98号)の施行等に基づき改訂「特定認証ADR 手続に基づく事業再生手続規則」

2016年2月3日掲載

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