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日本のM&A
編者によるメッセージと本書の概要
1.本書の主題
1990年代末から2000年代初頭にかけて日本企業の構造と行動は大きな変化を示した。その中でも、もっとも大きな社会的関心を集めた変化の1つはM&Aの急増であろう。産業再編を目的とする大型合併、メガバンクの成立に始まったM&Aブ?ムは、IT関連企業の積極的M&A戦略による成長の実現、ファンドによる大量買付け、ライブドアの騒動を経て、現在は、事業法人による買収提案や大型のTOBへと広がった。また、三角合併の解禁によって海外企業を買収主体とするM&Aも現実味をおびつつある。いまやM&Aは非常に身近なものとなり、新聞や経済雑誌でM&Aが取り上げられない日はほとんどない。
しかし、敵対的買収や海外企業による買収に対する賛否両論がやや過熱気味に展開される反面、M&Aに関する実証分析はけっして多くはない。そもそも、なぜ近年M&Aが急速に増加したのか。急増するM&Aはどのような経済的役割を果たしているのか、M&Aは本当に企業価値を引き上げているのか、引き上げているとすればその源泉は何か、M&Aの急増はわが国にも英米型の企業支配権市場が形成されたことを意味するのか。本書は、こうした一連の基本的な問いに包括的に解答を与える試みである。
2.各章の内容
本書はM&Aに計量的な手法によって接近した第1部と、ボーダフォン、日本電産、日産・ルノー、雪印などのケース分析を試みる第2部から成る。以下、簡単に紹介しておこう。
序章:「増加するM&Aをいかに読み解くか:分析視角と歴史的パースペクティブ」(宮島)では、M&Aを見る際の基本的視点や日本のM&A小史がまとめられている。
第1部は、M&Aの経済分析を試み、以下の各章からなる。
第1章:「M&Aはなぜ増加したのか」 (蟻川・宮島)
第2章:「外資によるM&Aはより高いパフォーマンスをもたらすか」 (深尾・権・滝澤)
第3章:「なぜ子会社は完全買収するのか:グループ戦略とM&A」 (菊谷、斉藤)
第4章:「メガバンクの成立:市場はいかに評価し、効率性はどう変化したのか」 (家森・小林・播磨谷)
第5章:「従業員の処遇は悪化するのか:M&Aと雇用調整」 (久保・斉藤)
第6章:「どの企業が敵対的買収のターゲットになるのか」 (胥)
以上の第1部の各章は、いずれも独自のデータベースを構築し、標準的な分析手法によりながら、実証分析を試みている。
第2部は、近年のM&Aの具体的ケースを検討し、M&Aによる企業価値向上の源泉が何かという問題に接近した章からなる。
第7章:「グローバル競争優位の構築と移転:日本電産のM&A戦略」 (渡邉・天野)
第8章:「統合フルサービス化による補完性の実現:通信部門のM&A」 (神野)
第9章:「相互学習による企業価値の向上:自動車産業におけるM&A」 (藤本・ヘラー)
第10章:「雪印乳業 に見るM&Aによる事業再編と企業価値」 (大木・柳川)
この企業成長の実現、収益の上昇などで成功したと見られるケ-スの分析から、M&Aによる組織効率性の上昇の多様な源泉が明らかとなる。
そして、終章:「国際的特徴:M&A市場の多様性 (宮島)では、以上のシステマテックな計量分析と、ケーススタディから引き出される含意と特徴を国際比較の観点から総括する。
3.編者からのメッセージ
本書のメッセージを要約すれば、次のようになろう。M&Aが急速に増加したのは、技術革新や需要の急減といった正負の経済ショックによる。M&Aは、市場によるビジネスモデルの評価のメカニズムとして、日本に着実に定着しつつあるが、日本のM&Aは、英米とは異なる取引・組織面の特徴をもち、それは日本の企業システムの進化に規定されている。増加するM&Aは、低収益の部門の縮小と、成長性の高い部門の拡張という意味で資源移動を促進し、経営資源・ノウハウの移転による企業の組織効率の上昇に寄与している。この移転は、部門は限定されているものの海外企業を買い手とするM&Aに強く確認できる。他方、ファンドによる敵対的買収・大量買付けは企業の財務政策に影響を与えつつある。ただし、M&A後の組織効率の上昇にはばらつきがあり、いまだ大きな改善の余地があろう。M&Aに企業価値の上昇の源泉は多様であり、規模・範囲の経済性の実現に加えて、統合による交渉力の上昇といった産業組織論的要因や、組織間の相互学習や、操業レベルでノウハウの移転の持つ意味も大きい。総じて、M&Aはこれまで日本経済の構造調整に寄与しており、しばしば指摘されるターゲット企業の過大評価や、信頼の破壊といったM&Aの負の側面は、顕在化していない。したがって、過大なM&Aの発生や、M&Aによる競争制限に対する慎重な考慮の必要があるものの、日本経済の構造調整を促進し、成長分野の拡充を促すためにM&Aを促進する制度基盤の整備が不可欠ということとなる。
本書の執筆・編集にあたっては、研究書としてのクオリティは維持しつつ、一般の読者にも読みやすくなるよう配慮した。序章と終章を読めば、読者が近年のM&Aブ-ムの全体像を描けるように工夫した。それから、各章のディープな分析に進んでもらいたい。第1部の分析はやや手強いが、M&Aの発生原因やその機能に関して体系的な理解が得られる。また、第2部では、M&Aがいかなる経路を通じて企業価値を引き上げるかが具体的に明らかとなる。コーポレートガバナンス、M&A研究に関心もつ研究者、大学院生だけでなく、印象論を超えてM&Aの本質に迫りたいというビジネスマンの方々にも本書を是非手にとって頂きたい。
法と企業行動の経済分析
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- 執筆者:柳川範之
- 出版社:日本経済新聞社
- ISBN:4532133238
- 発行年月日:2006年11月
- 価格:3990円
- 単行本:386ページ
執筆者からのメッセージと本書の概要
敵対的買収を巡る議論でも明らかになったように、近年は法制度が企業活動に与える影響が大きくなってきています。そのため、どのような法制度を構築していくかは、経済活動にとって重要であり、それについて経済理論的に議論・分析しようとしたのが本書です。とりあげているテーマは多岐に渡っていますが、わが国経済を考えるうえで重要と思われるトピックスを筆者なりに選んだつもりです。全体を通して契約理論の枠組みで議論していますが、テーマによって抽象度にばらつきをもたせてあり、関心のある章、関心のある箇所だけピックアップして読んでも分かるように出来るだけ記述等を工夫したつもりです。本書によって少しでも制度設計や法制度の経済分析に関心が集まればと、願っています。
第2章から第4章までは、主にM&A問題を扱っていて、第2章(「コーポレート・ガバナンス—株主が重要事項を決められるのはなぜか」)では、基本モデルを提示し、なぜ株主に会社の所有権が与えられているのかという根本的な問いかけを行っています。第3章(「M&Aの経済学—敵対的買収・防衛策・取引所の意義」)では、敵対的買収の役割と買収防衛策のあり方を主に検討し、またそこから必然的に出てくる課題として上場のあり方を検討しています。第4章(「事業再編ケーススタディ・雪印乳業」)では、M&Aのケースステディとして雪印のケースを取り上げています。
第5章と第6章は事業再生および破綻法制に関して分析している章です。第5章(「破綻法制・事業再生」)では、債務不履行を債権者への決定権移転プロセスと考える近年の経済理論の枠組みを用いて、事業再生の役割を経済学的に整理するとともに、再建型破綻法制の役割を説明しています。第6章(「事業再生ケーススタディ・日東興業」)は事業再生のケーススタディとしてゴルフ場を経営していた日東興業のケースを取り上げています。第7章(「株式消却に関する実証分析」)では、わが国の制度改革としては、非常に大きな変革が行われてきた自己株式取得の問題について、その法制度改革の影響も含めて実証分析を行っています。
第8章と第9章は、近年わが国で注目されている事象についてやや解説的に説明をした章であり、第8章(「証券化の役割と課題」)は証券化の問題を、第9章(「職務発明」)は、職務発明の問題を取り上げています。
第10章と第11章は取引契約のエンフォースメントの問題を考えたやや抽象的な問題を扱っている章です。第10章(「取引法、契約法—契約理論との関連」)は、契約理論において、損害賠償ルールやエンフォースメントの問題がどのような役割を果たしているかを解説し、第11章(「開発経済・マクロ経済へのインパクト—エンフォースメント問題」)では通常はあまり表立って論じられることのない、法律や契約の実効性を持たせるために生じる社会的コストの問題を考えています。第12章(「政治的決定プロセス」)では、将来的な課題として、法的ルールが、どのように決定されるのか、特に政治決定プロセスのあり方について議論をしています。
動機付けの仕組としての企業—インセンティブ・システムの法制度論
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- 執筆者:宍戸善一
- 出版社:有斐閣
- ISBN:4641134723
- 発行年月日:2006年10月
- 価格:6300円
- 単行本:451ページ
執筆者による本書の概要
本書は、企業活動に不可欠な資源の拠出者間の関係を考察対象とするものです。企業活動に不可欠な資源は、その性質の違いによって、物的資本と人的資本に分けられます。物的資本の拠出者と人的資本の拠出者は、資源の拠出の仕方の違いによって、それぞれ、株主と債権者、経営者と従業員、に分類されます。どうすれば、これら四当事者間における最も効率的な動機付けが達成されるかということが、本書が設定した第1の課題です。そのために行われる四当事者間の交渉を「動機付け交渉」と呼ぶことにします。このような動機付け交渉に対して、法制度は、どのような影響を及ぼすかということが、本書が設定した第2の課題です。
四当事者間には類型的な利害対立の構造があり、それを前提として、各当事者は、資源を拠出することに不安を抱きます。その不安を放置しておくと、企業活動に必要十分な資源が拠出されないことになります。とくに、資金運用に関するオートノミーとモニタリングをめぐる、人的資本の拠出者と物的資本の拠出者の基本的な利害対立の構造が重要です。すなわち、物的資本の拠出者は、その拠出する資金を人的資本の拠出者の運用に委ねざるを得ないことに不安を抱き、人的資本の拠出者は、運用を任された資金を引き上げられて、企業特殊的投資が無駄になるのではないかという不安を抱きます。
ところで、四当事者は、企業活動に不可欠な資源の拠出者であるとともに、企業活動の果実の分配を受ける者でもあり、自らの利益を最大化するために、他の当事者の資源拠出を動機付けるインセンティブを有しています。そこで、支配の分配交渉を通じた不安の軽減、果実の分配交渉を通じた積極的なインセンティブ付与によって、四当事者が相互に資源の拠出を動機付けし合うことになります。以上のような、企業における動機付け交渉の枠組みは、単純な共同事業から、ベンチャー企業、公開企業、さらには、企業の組織再編にも当てはまります。
共同事業においては、物的資本の拠出者と人的資本の拠出者とが分離していないことから、お互いに人的資本の拠出を躊躇してしまう状況に陥りやすく、そこからの脱却法を検討しました。ベンチャー企業においては、物的資本の拠出者と人的資本の拠出者が分離しますが、それぞれが一体となってチームを構成し、2チーム間交渉を行います。議決権の分配の仕方や、投資契約から、動機付け交渉の実際のあり方を観察できます。
公開企業になると、動機付け交渉が2チーム間交渉から乖離する傾向が見られます。それは、主として、利害対立の明確化・複雑化により、当事者間で連携を行うコストが高くなること、および、唯一の交渉窓口たる経営者の地位が強化されることによるものです。さらに、公開企業では、ベンチャー企業に比して、敵対的企業買収の可能性が生じ、その防衛策の導入をめぐる交渉が重要課題となります。また、事前の交渉だけでなく、事後の再交渉の必要性が増し、そこから生じる動機付けに対する悪影響は、繰り返しゲーム化することによって防いでいると見ることができます。
あらゆる環境の下で唯一最も効率的な動機付けの仕組というものはありえません。公開企業においては、「交渉イメージ」、「モニタリング・イメージ」、および「調整イメージ」の、3つの動機付けパターンが存在し得ることを仮定して、分析を試みました。交渉イメージでは、従業員と経営者の連携を軸に、人的資本の拠出者のチームと物的資本の拠出者のチームとの間で、動機付け交渉が行われます。モニタリング・イメージでは、株主と経営者の連携を軸に、市場を通じた動機付けが行われます。そして、調整イメージにおいては、当事者間の連携がない状態において、各当事者が唯一の交渉窓口である経営者に対して圧力をかけ、経営者は、いわば、圧力のベクトルの和の方向で、異なった利害を調整します。法制度を含む社会的インフラとともに、企業の成長段階や業種が、動機付けパターンの選択に影響を及ぼします。同一国内において、複数の動機付けパターンが並存する可能性も否定できません。
企業の組織再編も、動機付け交渉の観点から分析することが可能です。内部的組織再編は、動機付けの仕組の改善のため、人的資本の拠出者の再編が行われるものであり、提携を伴う組織再編は、主として、シナジーの追及のために、物的資本の拠出者の再編を行うものです。最近、わが国でも増加しているMBOは、ベンチャー企業型の交渉イメージへの回帰と位置付けました。
法制度が動機付け交渉に与える影響については、会社法だけでなく、証券取引法、倒産法、労働法等に関しても、各論的な分析を試みましたが、総論的には、以下のようなことが言えると思われます。第1に、同じ法制度であっても、動機付けパターンによって、その影響は異なり得ます。第2に、法制度が、各当事者の不安をいかに軽減ないし増大させるかという分析が重要ですが、投資家の不安を軽減するために必要な法制度は、同じ公開企業でも、「子会社型」か「分散型」かによって異なります。第3に、敵対的企業買収と防衛策に関する法規制をはじめとして、法制度が、人的資本の拠出者のオートノミーと物的資本の拠出者のモニタリング権限のバランスへいかに作用するかの分析が重要です。そして、第4に、法制度は、動機付けパターンの選択に際して、1つの制約要因になり得ることにも注意すべきです。