やさしい経済学―動かぬ物価の深層

第4回 改定頻度の計測

渡辺 努
ファカルティフェロー

価格の粘着性(硬直性)をミクロベースのデータで測る研究は最近までほとんどなかった。しかし情報技術の発達に伴い多様なデータが蓄積される一方、欧州を中心に消費者物価統計を作る際の原データが研究者に開示されるなど、粘着性の計測に向け環境整備が進んだこともあって近年、各国で研究が本格化している。

価格改定した商品の割合

表に日米欧各国について主要50品目の価格改定の頻度を調べた結果を示した(計測期間は国ごとにずれるが、おおむね1990年代から2004年までの範囲内)。まず合計でみると、日本では全体の25%が毎月改定される。つまり、ある商品の価格がある月に改定されれば、平均してその4カ月後に次の改定となる。米国も日本と同じである。一方、ドイツは毎月14%、フランスは21%と頻度が低く、欧州では価格の粘着性が高い。欧州中央銀行(ECB)などの研究では、この背景に流通システムの非効率性があると指摘されている。

次に改定頻度を商品分類別にみると、工業製品などに比べサービスの粘着性が高く、この傾向は日欧で特に著しい。日本ではサービスの改定頻度は月間4%で、改定と改定の間隔は平均25カ月と異常に長い。米国のそれは相対的に短く、価格を含め競争原理がサービス業でも働いていることをうかがわせる。

これらの結果はフィリップス曲線の傾き(第1回参照)とどう関連するのだろうか。

従来の研究では価格改定の間隔は平均で1年半程度と考えられていた。それに比べると最近の結果は、国・品目によって数字のばらつきはあるものの、全体の間隔は5-6カ月であり、従来の想定よりも粘着性は低い。さらには、日本のスーパーのバーコードのデータから粘着性を年別に推計すると、1990年代以降、徐々に粘着性は低下していることが確認できる。

仮にこれらの結果だけに基づけば、フィリップス曲線の傾きは大きくなるはずで、それは第1回にみたように90年代後半からフィリップス曲線が平たんになっていったことと矛盾する。さて、どう考えればよいのだろうか。

2007年8月7日 日本経済新聞「やさしい経済学―動かぬ物価の深層」に掲載

2007年8月27日掲載

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