やさしい経済学―実験で解く 制度の設計

第8回 蓄積を活かして

戒能 一成
研究員

これまで経済制度を設計するための実験の目的と手順、具体例についてみてきたが、最後に解決すべき課題と今後の展望について述べたい。

経済制度に関する実験では実施上制約があるために、政府や企業といった複雑な組織をたった1人の被験者に代表させることが多い。また実験時間は現実の1年を数十分に圧縮して実施することが常である。したがって、現実の組織における意志決定の複雑さや時間の経過による情勢変化などの問題は意図的に再現しない限り無視されてしまっている。

経済制度を実験上の再現模型に移す作業は相応の注意を払って行われるが、それでもなお再現できない部分の方が多いのである。こうした「現実の再現」という実験経済学の最大の問題点を少しずつ解決していくことが、この手法が経済制度の世界に普及するカギだと思われる。

現状で経済制度の関連する実験は、理論の妥当性の確認や欠陥の分析といった補助的な役割を与えられているにすぎない。しかし、たとえば工学の世界、身近なものでいえば自動車の衝突安全の世界では、十分な数の衝突実験の知見が蓄積された結果、実物の車を衝突させずに車体の破損具合をコンピューターで予測し設計に活かすことが実用化している。つまり、理論的手法と実験的手法が互いに助け合う形で技術が進歩しているのである。

したがって、経済制度の世界でも、十分な数の実験結果が蓄積されていけば、近い将来において改めて実験をしなくても類似の実験例と理論から結果を予測できるようになることが期待される。そうなれば、ある大学の実験室で起きた仮想的な大恐慌や、コンピューター上の政府の財政破綻を、制度設計の際に「他山の石」として直接活用できるようになるかもしれない。

経済制度の実験がつくり出した仮想的な「経験と実績」が現実世界の「経験と実績」に近づいていけば、毎回実験を行わなくてもよいし、現実に失敗が起きた後でなくても信頼性の高い経済制度の設計が可能になるはずである。

経済制度の世界では、市場機能を用いた新たな制度を迅速かつ確実に設計する手法が求められている。今後さらに実験経済学が制度設計手法の1つとして確立されることが期待される。「頑張れ実験経済学」である。

2006年12月7日 日本経済新聞「やさしい経済学―実験で解く 制度の設計」に掲載

2006年12月21日掲載

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