マスクの国内需給正常化に向けた「劇薬」的政策提言

戒能 一成
研究員

1. おそらく見落とされている3つの問題

目下の新型コロナウイルス問題に関連して、国内では家庭用マスクの不足が続いている。議論を解りやすくするために、以下「マスク」は一般の家庭用の使い捨て不織布マスクを指し、医療用などの特殊用途の製品を除外する。

政府はすでに緊急対策として国内生産設備増強への補助、国民生活安定緊急措置法による転売禁止などの措置を取っているが、品不足はなお解消がおぼつかない様子である。

では現状の政策で、一体何が見落とされているのであろうか?

小生が理解する限り、海外生産分の輸入と国内生産分の供給増加による供給量が官邸などから情報発信されており、関係者の着目点がそこにあるものと承知しているが、供給量と医療機関向けの配分に腐心するあまり、以下の3点が見落とされているのではないかと懸念している。

1)家庭での消費・備蓄需要の増加分への対策
2)流通の透明化への対策
3)国内生産を躊躇する企業の将来懸念への対策

以下、筆者から見たこれらの問題の要点と政策提言の内容について説明する。

あらかじめ断っておくが、筆者の政策提言はいずれも「劇薬」とも言える措置であり、期間限定で問題が深刻である状況下においてのみ実施されるべきことが大前提である。

また、例により筆者への誹謗・中傷は歓迎するが、「より優れた代案」の提言を最も歓迎する。

2. 家庭での消費・備蓄需要の増加への対策

新型コロナウイルス問題がいつ収束するのかが解らない以上、家庭では長期にわたりマスクを必要とすると考えて、例年以上の消費・備蓄需要が生じていることは明白である。

従って、マスクの供給に関して「例年比」で問題を考えるのは正しくなく、1人あたり何枚必要かを考えるべきであろう。極論すれば誰も布マスクを使わず1人1日1枚を消費すると仮定すれば、最大で週8億枚程度が必要であると考えられる。しかし、当然ながら単純にこれを全部国内で供給するという政策は不合理であり、需要についての適正化が必要である。

ここで見落とされているのは、需要の急増により需給が逼迫しているにもかかわらず、消費者からの非難を恐れ、家庭需要に対しては「従来の値段で売るべき」という神経質な空気が小売店などに拡がっており、価格効果を通じた家庭部門での節約効果や布マスクなどへの転換効果が麻痺しているという点である。つまり小売価格が「安価に過ぎる」のである(図)。

もちろん困窮した人への不当な高額転売などは違法であるが、小売部門が無理をして「従来の価格」で売る結果、価格機能の麻痺が必要以上の需要を招き「買溜め」行為を助長しているのではないだろうか。つまり生産・流通部門からの正当な価格転嫁に対して消費者の理解を形成し適切な需給を回復すべく、もう一歩踏み込んだ政策が必要であると思われるのである。

ちまたでは異論も多いものの、いわゆる「アベノマスク」は再生可能エネルギーならぬ「再生可能マスク」の普及政策であり、問題解決の方向性としては間違っていないと筆者は評価する。

図:マスクが足りない状態の概念図
図:マスクが足りない状態の概念図

3. 流通の透明化への対策

インターネット上でのマスク関連の記事などを見ていると、今なおマスクの横流しなどの不適切な行為を告発する記事が散見されるが、おそらく事実であろう。例えば日本で「従来の価格」で仕入れて小口に分けて近隣国に輸出すれば相応の利益を得られることとなる。

上記のような行為は極端な例としても、マスクの卸売業者・ブローカーは不意に需要が急増し需給は一変した結果、悪意がなくても長年の経験に基づいた適切な流通・配分の機能を失ってしまっているのではないだろうか。

また政府はマスクの輸入・生産などの供給に着目した政策を行っているが、消費者が直面しているのは流通の末端であり、間にいる卸売業者・ブローカーが何をしているのかは、政府において十分に把握されていないのではないだろうか。

従って、2. で述べた正当な価格転嫁について消費者に納得してもらう前提として、単に転売を禁止するだけでは不十分で、輸入・生産されたマスクが正しく流通部門を介して国内の小売部門に供給されていることを保証する政策が欠けていると思われるのである。

4. 増産などを躊躇する企業の将来懸念への対策

国内ではいくつかの企業によりマスクの増産への協力が行われており、筆者も頭が下がる思いであるが、主要な供給元企業が国内での増産に躊躇し新規参入が進まない原因の1つは、国内での増産に踏み切った後で海外からの廉価な輸入マスクに市場が蹂躙され、義侠心で国内での増産や新規参入を行うと将来大損してしまうという懸念があるからではないだろうか。

もちろん生産設備については補助がもらえるにしても、販路開拓や関連業務などに要した労力分の回収が不透明なため実質的に話が進まないということが考えられる。

つまり、「政府に協力した企業が馬鹿を見ないこと」を担保するための措置が欠けていると思われるのである。

5. 政策提言(1) マスクの公設市場取引化

最初の提言は、マスクの期間限定での公設市場取引化である。

国内の食肉・青果・花卉や一部の加工食品は、東京都中央卸売市場など国内主要都市の公設市場で取引されており、出来高と価格が毎日一般に公表されている。

従って関連する法整備を行い、地方公共団体の協力を得て、マスクの輸入・生産業者に対して公設市場での卸売を義務づけることが考えられる。マスクの卸売業者・ブローカーが取引に参加しても良いが、転売先を国内いずれかの公設市場に限定しておく。

当該措置により、マスク流通の透明化、特に需給を反映した価格の形成・周知と地域的な需給不均衡の解消に寄与すると見込まれる。

簡単に言えば、市場当局により誰がいくらで何枚買ったかが把握できるため、本当にマスクが国内の小売部門に届いているのかを随時に調査・検証できるようになる。販売・転売先が公設市場であれば地域別の価格は直ちに発信されるため、地域的不均衡の迅速な解消が期待できる。また消費者はマスクの卸価格が今大体どの程度かを知ることができ、店頭で売られているマスクが暴利の徴求なのか妥当な転嫁なのかを自分で見分けられる、ということである。

6. 政策提言(2) 輸入マスクへの関税引上げ

2つ目の提言は、輸入マスクへの期間限定での関税引き上げである。

WTO協定第20条bでは、人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置を一般的例外として認めている訳であり、目下のマスクの需給を巡る国内状況はWTO協定上の一般的例外に該当し正当な措置であると考えられる。(川瀨 (2020))

期間限定で関税を引き上げることによって、4.での関連事業者による国内増産や新規参入への協力が「馬鹿を見ないようにする」ことが可能であり、通常時はともかく目下の非常事態であれば十二分に正当化できる措置と考えられる。また適切な関税を賦課すれば、3.での国内で廉価に購入して国際転売するなどの行為も利幅が減殺されるはずであり、抑止力として有効で「輸出禁止」などよりはるかに弊害が少ないと思われる。

平常時であれば筆者も自由貿易を支持する者であり、数年が経過した後に税率を必ず元に戻すべきであるが、非常事態下で国内生産設備増強の協力企業を募っておきながら他国産品の流入を放置するというのは、「脳内に自由貿易の花が咲いてしまった」ごとき一貫性のない政策である。

また「非常事態に生活必需品への課税がけしからん」という話であれば、関税収入全額を国内医療・介護事業者への資機材の購入助成に充ててはいかがであろうか。

7. 政策提言(3) マイナンバ-制度を使った「買溜め税」と税収還付制度の創設

最後の提言は、マスクへの期間限定での「買溜め税」と税収還付制度の創設である。

2.で述べた家庭のマスクについての需給のうち、過熱した「買溜め」需要を抑制するためには、5.での需給を反映した価格転嫁や6.での輸入関税だけでは到底不十分である可能性が高い。このため、マスクに対して期間限定で特別に高額の消費税を賦課し、価格効果を通じて不要な買溜め需要を抑制することが考えられる。小売事業者には申し訳ないが、税率の異なる物品が1つ増えることになるのでシステム改修を行ってもらう必要がある。

他方でマスクは生活必需品であり低所得層の家計負担増が懸念されるため、マイナンバ-ごとに税務署に還付金口座を登録してもらい、毎月の上記特別消費税の税収に応じて総額を頭割りし翌月に振り込んで還付することとする。一時的に税務署の労力が必要になるが、この手続きは毎年の確定申告と同じであり特殊なものではない。

各家庭は不必要な買溜めなどを行った場合には、その分は還付されず実質的に納税することとなり、布マスクへの転換など節約に努めた場合には、相応の努力が補償されることとなる。国情が異なることは承知しているが、台湾政府に倣いマイナンバ-とPOSを組み合わせた購入チケット配布制度を組むことも有効であり、検討対象の1つとすべきであろう。

8. 結語

以上が筆者の政策提言であり、簡単に言えば現状で見落とされているマスク需給の3つの問題を、普段なら常識外れの関税の賦課や税収還付を前提とした課税という奇策を講じて対処してはいかがか、というものである。もちろん全部をそろって導入せよという話ではなく、目下筆者は5.と6.の優先度が高いと考えている。また6.や7.の税率については慎重な検討を要するが、現状の混乱を収束させるに足りる実効性を考えれば、少なくともマスク1枚につき100円以上の課税は覚悟しなければならないと考えられる。

最初に述べた通り、いずれも「劇薬」とも言える措置である。しかし、長くなるので省略するが石油危機時の灯油需給などの事例を知る者としては、手緩い政策を小出しに講じ問題を先送りすることが最悪であり、「劇薬」であっても一気呵成の問題解決に道筋を付けることが必要であると考えられる。また同様の理由から家庭などの不特定多数への措置としては、同じ「劇薬」であってもマスクの政府統制・配給制などの数量管理制度よりも、上記のような税制を活用した価格調整制度の方が格段に優れていると筆者は考えている。

耳の痛い話であるが、各家庭がなお買溜めに走る要因の1つは、政府が本問題に対し抜本的な対策を取らない・取れない、と足下を見ているからに他ならない。 関係各位にご一考いただければ幸いである。

参考文献

2020年4月21日掲載

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