やさしい経済学―実験で解く 制度の設計

第6回 排出権を安く

戒能 一成
研究員

これまで、経済制度実験の概要、実施手順とその論点について述べてきたが、実際に実験経済学を応用した例のうち、二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの国際排出権取引制度の設計についてごく簡単に説明してみよう。

気候変動枠組み条約の京都議定書では、締約国が排出削減約束の目標達成の手段として国際排出権取引やCDM事業(クリーン開発メカニズム=先進国が発展途上国で環境関連プロジェクトを進め、そこでの排出削減の一部または全部を自国の削減分に算入できる)などからの国際排出権を得ることが認められている。

日本の場合は温暖化ガスの削減が既に進み、目標達成のための追加的な削減は厳しいため、かなりの国際排出権購入を迫られる見通しだが、国内には議定書上の国際排出権取引制度に類似した制度は事実上なかった。欧州連合(EU)では既に域内排出権取引制度は発足しており、日本もEUに倣い取引制度を整備すればよさそうなものだが、それはあまり現実的でない。欧州では石炭に比べ温暖化ガスの排出が少ない天然ガスの利用拡大などにより多くの国で京都議定書の目標がほぼ達成できており、日本とは前提条件が違いすぎるからだ。

このような条件の下で、日本が国際排出権を海外から購入する際には「外国から足元を見られず、なるべく安く確実に目標量を購入する」ことが重要になる。そしてそのための制度的な課題を検討するため、理論的検討に加えて制度間の比較実験を行い制度設計の参考にした例がある。

実験が採用された背景には、国内に国際排出権の取引制度が事実上なく購入の手法、頻度、時期など細部においてどのような戦術をとれば最も安く確実に目標量を買うことができるか、という点について理論だけで制度設計することへの不安があった。

しかも、「日本がなるべく安く確実に目標量を買うには」という設問は、極端にいえば「日本が買い手の独占力を行使し国際排出権を安く買いたたくには」という設問に等しい。ほとんどのミクロ経済学の教科書では「独占力の行使は経済厚生を低下させるため排除すべし」と教えている。したがって、「どうすれば確実に買い手独占力を行使できるか」などという、政府には有益かもしれないが学問的には邪道な設問を正面から扱う理論がなかったのである。

こうした点を踏まえて、次回はさらに排出権取引についてみていこう。

2006年12月5日 日本経済新聞「やさしい経済学―実験で解く 制度の設計」に掲載

2006年12月21日掲載

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