やさしい経済学―実験で解く 制度の設計

第5回 制度の破壊検査

戒能 一成
研究員

これまで、経済制度の実験を行う際の準備や実験の実施に関する論点を述べたが、今回は結果の解析と評価についてみていこう。

経済制度の実験は、理論との一致を確認し「念を押す」ために行う確認型の実験と、制度に過酷な条件を与えて潜在的な欠陥を発見し再現するために行う破壊型の実験がある。前者の確認型では、たとえば市場取引の理論価格と実験上の平均価格を制度間で比較し、理論とのかい離が最も小さい制度を良い制度として評価する。しかし、後者の破壊型においては、制度の評価尺度は実験をした後でしか決められない側面がある。

特に破壊型の実験が威力を発揮するのは、制度破綻を再現したうえ分析する場合だ。考え方としては航空機や鉄道事故の原因の究明作業と似ている。たとえば公共料金政策(電気・鉄道)では寡占状態、事業規制(金融など)では債務不履行の頻度などの条件をわざと過酷に設定し、制度破綻が起きるように仕組んで実験を繰り返し制度の「もろさ」や破綻のメカニズムを調べるのである。

現実の世界で経済制度が破綻した原因を知ることは非常に困難で時間がかかる。しかし、実験の世界では被験者の置かれた状況や行動の履歴が時系列で完全に記録されており、破綻発生と各種の要因との因果関係は明白である。したがって現実の破綻が実験上で再現できれば、実験記録の因果関係を追跡することにより、制度の破綻や被害の拡大を防ぐうえで非常に有力な手掛かりが得られるのである。

たとえば電力や水道など政府の規制下にあったライフライン系の事業を自由化し、市場取引に移行させる場合を考えてみよう。電気や水の取引制度を実験で比較しようとする場合、たとえ平均価格が理論値に近くても、現実の世界で停電や断水を意味するような価格高騰や取引停止が頻発するような制度であれば採用できない。仮に10年に1回程度の頻度であっても、停電や断水の経済的被害や社会的混乱の影響は甚大であって、統計誤差や偶発事象として片付けることは経済制度設計の面で許されないものである。

したがって電力や水道などでは、実験上の停電や断水の頻度と被害規模を平常時の平均価格と比較したうえで、総合的に制度の評価尺度を決めていかなければならない。また実験で停電や断水が観察された場合、直ちに再現・分析を行い、何が致命的な要因だったかを特定しておかなければならない。

2006年12月4日 日本経済新聞「やさしい経済学―実験で解く 制度の設計」に掲載

2006年12月21日掲載

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