やさしい経済学―実験で解く 制度の設計

第4回 廃虚制度を防ぐ

戒能 一成
研究員

前回は経済制度の再現模型の作成と被験者の育成について述べたが、今回は経済制度実験の実施に関する論点をみていこう。

具体的に、政府の規制下にあった財の取引を自由化する場合を考えてみよう。単に民間での相対取引を自由にして放任するか、需給の調整を円滑化するため、その財を公設取引所に上場して取引制度を設けるかという選択が1つの論点となるだろう。

この場合、あらかじめ訓練した被験者らに、その財の売り手の供給量や買い手の需要量を数字で与えておき、相対取引のみで取引を行うルールでの実験と、取引所での取引(ザラバ方式=売買の注文条件が一致したものから順次取引を成立させる)と相対取引が両方使えるルールでの実験を数回ずつ行い、両者の結果を比較分析すればよい。

実際に、取引所での取引と相対取引が両方使えるルールの実験では、誰も教えなくても取引所では小口取引が頻繁に行われて価格が形成され、相対取引では大口取引で数量がさばかれていき、現実世界の現象が見事に再現される。

しかし、売り手・買い手の規模や信用度などの条件を変えていくと、相対取引が段々利用されなくなったり、その逆になったりする。この結果は、十分な検討なしに取引制度を導入しても、ある条件では誰も利用しない「廃虚制度」ができることを意味している。こうした問題点は、部分的・定性的には理論でも予想ができるが、実験を併用することでより包括的・定量的に把握できる。

実験は電子商取引で行われるので、被験者の挙動は完全に記録されており、その心理状態さえも洞察することができる。被験者は、現実の企業さながらに、仮想の取引先や商売敵との戦いの中で成功に浮かれておごったり、失敗に泣いて反省したりする。

特にザラバ方式など連続的な取引制度では、被験者は損失を出すと必死でそれを取り戻そうと頻繁に取引を試みる。多くの場合、やがて学習し挽回するが、ある確率で自説に固執し破滅に陥る被験者が現れる。

一方で競争入札などの離散的な取引制度では、取引の機会が限られる結果、価格や数量の管理が甘くなり高値買いや過剰在庫に陥る傾向がみられる。こうした結果は、理論上は最適とされる制度であっても、人間の心理状態や行動のクセについてあらかじめ入念に検討しておかないと、思いもしない弊害を招きかねないことを示唆している。

2006年12月1日 日本経済新聞「やさしい経済学―実験で解く 制度の設計」に掲載

2006年12月21日掲載

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