やさしい経済学―実験で解く 制度の設計

第3回 すぐれた模型

戒能 一成
研究員

前回まで実験経済学の制度設計への活用が期待される局面について述べたが、これから具体的な実験の手順に従って、その活用の際の論点や留意点をみてみよう。

経済制度の実験をする際に最初に準備しなければならないのは、現実の法令や通達に書かれた制度やその案を、高校生が理解できる程度にわかりやすく書いた実験上のルールに翻訳し模型化することである。この際、経済制度が実際にどのように運用されるのかを詳細にルールに反映させなければならない。

たとえば、ある輸入割当制度を競争入札制度に変更しようとする場合、基の制度の運用が先着順だったのか要件審査だったのか、採用しようとする入札制度が指名なのか一般入札なのかなど、従来は官公庁の裁量として運用に任されていた部分を明確にルール化して比較しなければ実験にならない。

また、経済制度の実験を行う際に非常に重要で難しい問題は、罰則や罰金の効果の忠実な再現である。極端な話、実験では被験者を刑務所に入れることはできないので、すべての罰則は罰金に換算する。この際、たとえば法令に違反した企業名の公表などの罰則は、実際の事例から売り上げの減少額などを推計し罰金とみなして設定する。

制度実験では、被験者が国家予算や売上高を反映した初期条件を数字で与えられ、実験上のルールに従い政府や企業を運営する。現実に近づけるため、市場取引の実験ならばプロ並みの技能になるまで被験者に教育訓練を行ったうえ、最終的に理解度や技術水準をテストで確認し不合格者を外して実験を始める。しかも、被験者が真面目にやらないことを防ぐため、実験上の利益から罰金を引いた額を報酬として現金で支払っているのである。

なぜそこまでするのだろうか。仮に関連する業界のプロに、被験者として協力してもらう場合を考えてみよう、彼らなら習熟している分、実験自体は円滑に進められるとしても、確認したい制度の詳細な案を実験上のルールとして用いるため、官公庁が採用しようとしている制度の案が彼らの所属企業に事前に伝わり「制度のインサイダー情報」の漏洩を起こしてしまうのだ。また、自社が有利となるよう被験者が実験結果を誘導する懸念もある。

したがって、制度に利害も先入観もないが、教育訓練すればプロ並みの技能を発揮していくれる大学生たちこそ理想の被験者なのである。

2006年11月30日 日本経済新聞「やさしい経済学―実験で解く 制度の設計」に掲載

2006年12月21日掲載

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