やさしい経済学―実験で解く 制度の設計

第2回 失敗は実験で

戒能 一成
研究員

前回述べた「失敗知識」と実験の関係を、身近な例もまじえさらに考えてみよう。

工学の世界、たとえば自動車の世界では、極端にいえば事故が起きた経験から「失敗知識」が生まれるわけだが、どこかで事故が起きるまで新技術を採用しないといった姿勢では、企業は競争に勝てない。もちろん、再三の修理が必要な車や、使い勝手の悪い車を「大英断」で新発売することも許されない。

こうした問題を解決するために、新技術を用いた車の開発では実際の使われ方や過去の事故を再現したさまざまな実験を行うことによって、理論に誤りがないか、使い勝手は悪くないか、想定外の欠陥が潜んでいないかなどといった点を確認するための入念な作業が行われる。いわば実験で「失敗知識」を補完し設計に活かしているのである。実験の実施には相応の時間と費用がかかるが、結果として実験が設計の合理化と信頼性の向上を両立させているのである。

経済制度の世界に戻って考えれば、規制や税・補助金などの制度は政府が社会に供給するサービスであって、問題を先送りし顧客である社会を待たせることは政府が不経済を発生させているのと同じである。一方、欠陥を抱えた制度が政府の「大英断」によって社会に供給されるのは「大迷惑」である。

したがって、前例のない制度をつくる際や新設直後の制度を評価する際に、工学の世界と同様、事前に実験が行えるのならば、理論の妥当性を確認し制度の潜在的な欠陥を発見することができるはずである。実験では一部の欠陥しか発見できないとしても、未然に防げるのならそれでも十分有益なはずである。

その反面、実験であれば何でも制度設計に応用できるとか、実験の方が理論より優れるなどという考えも間違いである。現実を的確に再現するための条件を満たしていない手ぬるい実験には何の意味もない。実験が有効なのは「失敗知識」などの経験が不足し経済理論の確認や潜在的欠陥の分析が必要な場合の話である。

したがって、経済制度の実験を行う際には、一般的な経済理論の応用により解けることは解いておくことが大前提である。筆者の経験からいえば、過去の政策資料や論文をよく読み、理論モデルを組んで根気よくシミュレーションを繰り返すだけで、ほとんどの経済制度については実験を行うまでもなく方向性が見えてくるはずである。

2006年11月29日 日本経済新聞「やさしい経済学―実験で解く 制度の設計」に掲載

2006年12月21日掲載

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