食料自給率は上げられます
簡単なことのはずですが……それでもできないのはなぜ?

山下 一仁
上席研究員(特任)

2020年の食料自給率は37%である。2000年から20年以上も45%に引き上げる目標を掲げているにもかかわらず、当初の40%から逆に減り続けてきた。現在ロシアのウクライナ侵攻などによって小麦の国際価格が上昇し、世界的な食料危機が叫ばれている。日本国内では低い食料自給率が問題となっている。農業界は、ここぞとばかり国産振興のための対策を充実させるべきだと主張し、自民党も麦、大豆、エサ米の生産増加の対策を講じるとしている。

しかし、農林水産省を始め農業界は、この20年間何をやってきたのだろうか? 麦、大豆、エサ米の生産振興のために、既に大きな財政支出をしてきたのではないだろうか?

半世紀にわたって膨大な国費を投入

1970年以降、過剰となった米から麦や大豆などに転作して食料自給率を向上させるという名目で、自民党政府は膨大な国費を投入してきた。現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。同じ金で1年分の消費量に相当する小麦約700万トンを輸入できる。エサ米生産66万トンにかかる950億円の財政負担で約400万トンのトウモロコシを輸入できる。

しかも、この生産を維持するためには、毎年同額の財政支出が必要である。仮に10年後に危機が発生するまで継続すると、3兆3千億円の財政負担となる。これで6年分の小麦やトウモロコシを輸入できる。安い費用でより多くの食料を輸入・備蓄できる。アメリカ産に比べ、国産の小麦等は価格・コストが高いうえ、品質も良くない。国産の戦闘機が極めて高性能であればともかく、数倍の費用がかかってもアメリカ製よりも性能が劣る国産の戦闘機を購入すべきだと言う人はいないはずだ。

なにより、多額の財政負担を行ってきても、これらの政策の効果がなかったことは、食料自給率の低下が物語っている。

食料自給率が低下する理由

より重大な問題は、農林水産省、JA農協や農林族議員という農政トライアングルが進めてきた政策こそが、食料自給率が低下させた原因だったことである。かれらは、食料自給率向上を唱えながら、それを下げる政策を採り続けてきたのである。それが高米価・減反政策、低麦価・輸入麦優遇政策である。

1960年には79%あった自給率の低下は、食生活の洋風化のためだというのが、農林水産省や農業経済学者の見解である。しかし、米の需要が減少し、パン食など麦の需要が増加することは予想されていた。米と麦の消費には代替性がある。本来ならば、米価を下げて、米の生産を抑制しながら需要を拡大し、麦価を上げて、麦の生産を増加させながら需要を抑制するという政策が、採用されるべきだった。

しかし、その逆の高米価・低麦価政策が実施された。米価は麦価の3〜4倍に引き上げられた。高米価で生産が拡大する一方で消費が減少した米は過剰となり、減反で米生産は縮小された。主食用の米生産は1967〜68年の1445万トンから700万トンまで半減した。逆に、米に比べ価格面で有利となった麦の消費量は、1960年の600万トンから今では850万トンに増加した。しかも、低麦価で国産麦の生産が減少したため、麦供給の9割はアメリカ、カナダ、オーストラリアからの輸入麦となっている。麦生産は激減し、麦の消費増を輸入の増加が埋めているのだ。米麦を通じると、国産の米を減少させて、輸入麦を増加させてきたのだ。食料自給率低下は当然だろう。

家計調査によれば、2010年、家計の米の年間支出額(2万3315円)はパンの支出額(2万3773円)を下回った。麺類の支出も1万5124円なので、米への支出は、パンや麵などの小麦製品を大きく下回ることになった。2021年では、米1万6962円、パン2万5415円、麺類1万5671円となり、米への支出がうどんや中華麺への支出とほぼ同額となっている。ますます米と小麦製品の格差が拡大している。

カロリー摂取量の品目別の内訳を1960年と2020年で比較すると、米が48%から21%へ大きく減少し、米の独り負けの状態である。小麦の消費増は洋風化のためだと農業界は言い訳するが、パンやスパゲッティだけではなく、ラーメンやうどんの消費も好調である。最も保護していた米農業が最も衰退したという皮肉な結果になった。食料自給率低下の原因は政策の失敗である。

食料自給率の中身を見れば

図 国産熱量の構成割合(2020)
農林水産省「令和2(2020)年度食料自給率・食料自給力指標」より筆者作成

では、食料自給率37%の内訳はどうなっているのだろうか? 上の図は、37%の過半は米だということを示している。1960年に食料自給率が79%だった時もその6割は米だった。つまり、食料自給率の低下は、米の生産が減少してきたことが原因なのである。

国内の需要に合わせて生産してきたのだから、食料自給率の低下は当然ではないかと農業界は反論するかもしれない。しかし、食料自給率とは、現在国内で生産されている食料を、輸入品も含め消費している食料で割ったものである。国内消費よりも生産して輸出していれば、食料自給率は100%を超える。アメリカ、カナダ、フランスなどの食料自給率が100%を超えるのは、輸出しているからだ。

第二次世界大戦後、日本と同じように飢餓に苦しんだEUは、日本と同様、農業振興のために農産物価格を上げた。このため、農産物の過剰に直面した。ここまでは、日本と同じである。しかし、日本が減反で農家に補助金を与えて生産を減少したのに対し、EUは生産を減少するのではなく、過剰分を補助金で国際市場に輸出した。日本が国内の市場しか考えなかったのに対し、EUは世界の市場を見ていたのである。これが食料自給率の違いとなって表れている。

こうすれば食料自給率は上がります

食料危機への対応は、短期的には平時の国内生産と備蓄、中長期的には食料増産である。

短期の最も効果的な食糧安全保障政策は、減反廃止による米の増産とこれによる輸出である。平時には米を輸出し、危機時には輸出に回していた米を食べるのである。日本政府は、財政負担を行って米や輸入麦などの備蓄を行っている。しかし、輸出は財政負担の要らない無償の備蓄の役割を果たす。同時に米の増産によって農地など農業資源の確保もできる。

輸出とは国内の消費以上に生産することなので、食料自給率も向上する。減反廃止で米の輸出を拡大すれば、食料自給率向上目標は簡単に達成できる。現在の水田面積全てにカリフォルニア米程度の単収の米を生産すれば、1900万トンの米は生産できる。

これは難しいものではない。世界の米生産は1961年に比べ3.5倍に増加している。残念ながら、農家による宅地等への農地転用などで水田面積は1970年の350万ヘクタールから240万ヘクタールに減少しているが、世界の増産努力を考慮すると、3,000万トンまで生産を拡大できるはずだ。一気にこの水準に到達できないとしても、1,700万トンの生産は難しくはない。

国内生産が1700万トンで、国内消費分700万トン、輸出1000万トンとする。米の自給率は243%となる。現在、食料自給率のうち米は20 %、残りが17%であるので、米の作付け拡大で他作物が減少する分を3%とすると、この場合の食料自給率は63%(20%×243%+17%-3%)となり、目標としてきた45%を大きく超える。米生産が3000万トンとなれば、食料自給率は100%となる。

麦、大豆、エサ米と異なり、減反廃止には金がかからないどころか、財政支出を軽減できる。減反(転作)補助金3500億円が不要となる。これで米の生産は増加する。主業農家には、米価低下で影響が出るかもしれないが、1500億円ほどの補てんで十分だし、かれらが規模を拡大して生産性を向上すれば、この金も要らなくなる。効果のない麦、大豆、エサ米などへの財政支出は廃止して、その一部を使用して安い穀物を輸入して備蓄すればよい。

それでも食料自給率は上げられない

しかし、減反廃止に強く抵抗する勢力がいる。それが、他ならぬ農政トライアングルである。JA農協がなぜ米価維持にこだわるのかについては、「この国の食糧安保を危うくしたのは誰か」(2022年05月19日)で述べたところであるが、再度簡単に述べよう。

米価維持のための減反政策には、隠れた目的がある。銀行は他の業務の兼業を認められていない。JA農協は、銀行業と他の業務の兼業が許された日本で唯一の特権的な法人である。減反による高米価で米産業に滞留した零細な兼業・高齢農家は、農業所得の4倍以上に上る兼業(サラリーマン)収入や2倍にあたる年金収入などを、JAバンクの口座に預金した。莫大な農地の転用利益もJAバンクの口座に入った。こうしてJAバンクは、預金量100兆円を超す日本上位のメガバンクに発展した。この莫大な預金の相当額を、JAバンクの全国団体に当たる農林中金が、日本最大の機関投資家として、ウォールストリートで運用することで、多くの利益を得てきた。高米価・減反政策がJA農協の発展の基礎となったのだ。

食糧安全保障とか食料自給率向上を主張する本音が、それとは別の利益や政策を維持するところにあるのだから、それを損なう行動を採ってきたのは、当然と言えるだろう。

与野党とも関心は農家の「票」のみ

では、野党が国民の立場に立って食料自給率を上げてくれるかというと、そうではない。

立憲民主党と国民民主党は、減反の補助金(現在の正式名称は「水田活用の直接支払交付金」という)を法律に規定して減反を固定化しようとしているのである。与野党を問わず、国民ではなくJA農協が組織する農業票に関心があるのである。

これだけ食料危機が騒がれているにもかかわらず、朝日新聞も含め、主要紙では食料・農業政策についての各党の主張は全く掲載されていない。これを掲載しているのは、JA農協の機関紙である日本農業新聞だけだ。今回の選挙でも、農業政策は農業界の仲間うちだけで争点となる。もっと農業予算を獲得してくれたり、米価をより高くしてくれたりしそうな政党に農業票が集まる。一般の国民が関心を持たないままで、その生存に関わる政策が決められてしまってよいのだろうか。国民は与野党(の農林族議員)が進めている減反政策に批判票を投じる機会を奪われている。現実に危機が起こってから、農政トライアングルを批判しても、国民には餓死という運命が待つだけだ。

2022年6月29日 論座 - 朝日新聞社の言論サイトに掲載

2023年2月13日掲載

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