IT潮流、日本勢に追い風

田中 辰雄
RIETIファカルティフェロー

米アップル社が発売した情報端末iPad(アイパッド)」が人気を集めている。iPad登場の背景には、IT(情報技術)産業を取り巻く環境の大きな変化が存在している。

ここ30年の間、IT産業では「オープンモジュール化」が進行してきた。オープンモジュール化とは、製品を標準化されたひとまとまりの「モジュール」に分け、だれでも自由に(すなわちオープンに)組み合わせられるようにすることである。

パソコンとインターネットがその典型である。ユーザーはパソコン本体、基本ソフト(OS)、アプリケーションソフト、周辺機器、インターネット接続事業者(ISP)などを自由に組み合わせることができる。これに対して、一社が複数の機能をまとめて提供する「統合型」の製品は、大型汎用コンピューター、ワープロ専用機、CAD(コンピューターによる設計)専用機などがかつては存在したが、現在ではほぼ駆逐され、市場から消えてしまった。

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その理由は、オープンモジュール型が事後的に技術革新の成果を利用することができたからと考えられる。IT産業では、マウスによる視覚的な操作が可能なウインドーシステム、ワープロソフト、表計算ソフト、電子メール、ブラウザー(閲覧ソフト)など突破的ともいうべき革新的な製品があいついだ。モジュール型であるパソコンは、このような技術革新の成果をいつでも事後的に利用することができるが、ワープロ専用機のような統合型製品ではそうはいかない。

オープンモジュール型の利点は、技術革新が活発なときは非常に大きく、パソコンはワープロ専用機を駆逐した。IT産業ではオープンモジュール型でなければいけないというのが、ほぼコンセンサスになり、これに逡巡する日本企業は自前主義、囲い込み型と批判されるのが常であった。日本では携帯電話という統合型の成功例があったが、これも日本のみの特殊事情として「ガラパゴス化」などと否定的にとらえられることが多かった。

しかし、オープンモジュール型の優位はいつまでも続くわけではない。なぜなら突破的な技術革新はいつまでも続かないからである。技術革新には内在的な大きなサイクルがあり、突破型の革新が20~30年続いたあと、改良的な革新の時代が続くといわれる。たとえば自動車産業では19世紀末にエンジンやタイヤなど突破的な革新が起こったが、米フォード・モーターが「T型」で基本デザインと生産方式を完成させたあとは、安定性や燃費の改善など改良型の革新が主体となった。

IT産業においても、基本的な機能は出尽くしてしまい、ここ10年、ユーザーの利用形態に大きな変化は見られない。筆者は2008年、1000人のユーザーにIT産業の製品やサービス、機能について画期的と思うかどうかを調査した。その結果、電子メールやウインドーシステムなど比較的昔の製品・機能を「画期的だった」とする人は多い一方、最近のサービス、たとえばSNS(交流サイト)や、無料で電話ができる「スカイプ」などを画期的と見る人は少なかった。

人々は最近の製品にあまり驚きを感じなくなり、最新の製品を利用したいという意欲は以前よりも低下してきている。すると、すべての新しい機能が利用できるオープンモジュール型製品を選ぶ理由がなくなってくる。そして、その欠点が目立ち始める。

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もともとオープンモジュール型製品には大きな欠点があった。それは、モジュールの設定を自分で行い、その間の不整合をユーザーが自己責任で解決しなければならないという点である。パソコンには常にトラブルがつきもので、その解決のためのマニュアルは事実上存在しない。統合型製品である携帯電話や、かつてのワープロ専用機なら、マニュアルを読めば対処法が書いてあり、さらにはメーカーに持ち込めば解決してくれた。パソコンではこのような使いやすさは望めない。

それでも、次々と突破的革新が続いた時代には、ユーザーは我慢してきた。しかし、突破的革新が一巡してしまい、新しい革新の魅力が低下してくると、欠点への不満が大きくなる。特に問題なのはIT知識の乏しい大衆ユーザーの場合である。多くの大衆ユーザーにとって、パソコンはブラウサーや電子メールなど基本的なソフトがあればよい。機能の多さよりも、トラブルが起きずに安定稼働すること、買ってすぐ使えることなど使いやすさを改良してくれた方が望ましい。

このようなユーザーの嗜好は、筆者の調査でも裏付けることができる。表は、07年のアンケート調査をもとに、すべてのソフトウエアが使えることと、トラブルが無いこと、それぞれに対して、ユーザーが追加して支払ってよいと考える金額を推定したものである。パソコンの設定をほかの人にやってもらうような大衆ユーザーは、トラブルが無いことに支払ってもよい金額が5万円で、すべてのソフトが利用できることに払う金額4.8万円より高い。大衆ユーザーはオープンモジュール型の利点よりもトラブルが無いことの方を望んでいるのである。

表 パソコン利用者が追加して払ってもよいと考える金額
知識ユーザー 大衆ユーザー
すべてのソフトが使える
(基本的ソフトのみ使えるのと比べて)
3.9万円 4.8万円
トラブルが発生しない
(月1回発生と比べて)
2.5 5.0

(出所)2007年の筆者による調査

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このような流れで見るときiPadの登場は、ごく自然な出来事であった。iPadはハードとOSと通信機能と一部のソフトをアップル社が一体的に提供しており、パソコンより統合化された製品だからである。

同社の多機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」もアプリケーションソフト以外は1社で提供しており、統合化の例と見なせる。iPhoneは「携帯電話のオープン化」だという見解もあるようだが、iPhoneは電話としてよりも携帯型簡易パソコンとして使われている面が強い。携帯型パソコンとして見ればiPhoneはきわめて統合度の高い製品である。

米アマゾン・ドット・コムの電子書籍端末「キンドル」も通信とハード、OS、閲覧ソフトが一体化しており、典型的な統合型製品である。キンドルは「読む事」に専念した製品であり、統合型の専用機が復活したことになる。

近年、利用が急速に広がっているクラウドコンピューティングも統合型サービスと見なせる。クラウドでは米グーグルにせよ、米セールスフォース・ドットコムによるサービスにせよ、ユーザーは入出力を行うだけで、それ以外の計算、アプリケーションソフト、データ保管などすべての機能をクラウド企業側がまとめて提供するからである。

アプリケーションソフトなどに画期的な製品が相次いでいた時代には、このような囲い込みはユーザー企業によって拒否されただろう。クラウドが受け入れられている背景には、大きな革新が出なくなってソフトウエアの性能差が気にならなくなり、それより運用が簡単で低コストであることが求められるようになったという事情がある。

日本企業はこの統合化の流れに出遅れた感がある。しかし、もともと統合型の製品は日本企業の得意とするところだったはずである。統合型の製品開発とは個々の部品を擦りあわせて完成度を高めていくことであり、日本企業はそのような作業を得意としてきた。すでにアップルが世界標準を握り、もはや勝負はついたという見解もあるかもしれないが、そんなことはない。なぜなら統合型製品ではモジュール型製品と違って、OS、CPU(中央演算処理装置)などモジュール単位の標準化の力が働きにくく、新規参入の余地が大きいからである。

たとえばiPadには、さまざまな改良の余地かある。防水にする、軽量化する、落としても壊れないよう頑丈にする、最初から課金機能を組み込んで買ってすぐにネットショッピングができるようにする、コンテンツを公式サイトでまとめて提供する、などが考えられる。これらの工夫は、なんのことはない、日本企業が携帯電話でやってきたことである。要するに「大きな携帯電話」を作ると思えばよい。そのための技術とビジネスノウハウはすでに日本企業にある。「囲い込み」などと批判されても気にする必要はない。日本企業は自信をもって思い切った投資を行うべきである。

2010年7月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2010年8月17日掲載

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