2023年6月、ブリンケン氏が米国務長官として約5年ぶりに中国を訪問した。中国の偵察気球問題で頓挫した後も、米政府は訪中に向けた意欲を持ち続けた。中国との国力における競争を主張しながらも、対話を探る方針は過去一貫している。なぜ米バイデン政権は習近平(シー・ジンピン)政権との外交を模索し続けるのだろうか。
バイデン政権には独特のバランス感覚が存在することも背景にある。中国の成長や振る舞いが米国の利益や価値観にそぐわないことを十分に理解しながらも、関係悪化を管理しようとする傾向がある。いわゆる「ガードレール」を両国間に設けるべきだと主張し、対話を制度化したいと考える。
他方で、彼らにはトランプ政権以上に厳しい中国と世界に関するビジョンがある。サリバン米大統領補佐官は23年4月、安全保障の考えを経済政策に組み込んだ新しい国際的合意を構築するために、少数国間での取り組み(ミニラテラリズム)を活用すべきだと述べた。同時に産業政策を強調し、さらに米国の労働者の保護にも言及しており、保護主義的な印象も残した。
第2次世界大戦後、米国の大方針は自由貿易を基礎に、開放的な国際経済体制の構築を主導するものだった。しかし開放性が中国やロシアに余計な成長機会を与えたという自省が強く働き、さらに16年の米大統領選で民主党が労働者の票を取りこぼしたという反省もあり、戦後国際秩序のあり方を経済面でも否定するような考えに至っている。
長期的な視点で見れば、バイデン政権は中国の政治的、軍事的影響力の増大への警戒心が強いうえ、中国への経済依存を減らし、米国の利益と国際的地位に有利な体制を構築しようというビジョンを持っている。
その考えは、中国との経済関係に依然として重くのしかかっている米国発の経済規制が物語る。言葉の上でデカップリング(経済関係の分断)は政策方針ではないと否定しようが、それは本質的なことではない。
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バイデン政権のアプローチは戦略的な発想に基づいたものともいえる。トランプ政権は対立的な関係に陥ることも辞さずに、中国の成長がもたらす負の側面に対処するように政策を全面的に点検した。他方で、中国の政治体制を批判するイデオロギー的なアプローチと、国力の優位性に重点を置くアプローチ、さらにトランプ大統領の取引主義的なアプローチが混在し、政策方針はときに混乱した。
一方、バイデン政権は中国に対し国力の優位性を確保し、その差を広げていくことに目的を明瞭に定めている。いわば覇権戦略だ。その手段として科学技術の振興、中国に対する経済規制の活用、さらに同盟国、パートナー国とのミニラテラリズムを基礎にした国際秩序の再構築を想定している。22年のブリンケン国務長官による中国政策演説、「国家安全保障戦略」などの政府方針や政府高官の演説をみても、かなり理論的に詰められた考え方の上に諸政策が配置されている。
中国とのトップレベルの対話を模索し続けるのは、衝突や危機が起きれば、軍事的な関与や経済コストに敏感な国内外の支持基盤を失いかねないと考えるからだ。危機管理に加え、増大する中国の核兵器についてさえ議論したいのだろう。民主党の支持基盤に向けて気候変動などグローバルな課題での協力を中国と進めるという考えもある。だが今生じている対話の流れは米ソ冷戦期のデタント(緊張緩和)に比するようなものではない。中国と大きな取引をして、米中対立の構えを解くほどに一気に関係を安定化させるような考え方が政権やその周辺にあるようにはみえない。
各論からも複合的な対中政策の姿勢は見て取れる。共和党のマッカーシー下院議長は台湾を訪問せず、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統と米国で面会した。危機の再燃を防ごうとしたバイデン政権と台湾の考えが一致したのだろう。他方で台湾の経済的・地政学的な重要性は理解されており、政権と議会は米台関係深化でおおむね一致している。
バイデン政権は人権問題を意外なほど中国政策の正面に据えていない。人権や民主主義、法の支配といった普遍的価値は国際秩序構想の大きな文脈の中で強調されるが、それをもって中国との外交を避けることはない。パートナー選びでも、インドやベトナムなど市民的自由の制約が悪化している国を重要視している。
経済安全保障では、中国への依存を減らすだけでなく、中国の経済成長の基盤を崩すことも視野に入れているようだ。主要7カ国(G7)首脳会議では中国の成長は阻害しないと宣言したが、それは欧州や日本との擦り合わせの結果にすぎない。半導体と並び、クリーンエネルギー、バイオ技術などが最優先の事項として取り上げられ、一層の競争姿勢が打ち出されている。
対話を求める動きと並行して、今後も経済規制は実施されるだろう。新たな対外投資規制が限定的な形であっても大統領令によって実現される可能性もある。
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こうした戦略的な中国への考え方は成果を上げられるのだろうか。短期的には対話を通じた安定が得られるのかが評価軸になる。23年11月に米サンフランシスコで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議にあわせた習近平氏の訪米や米中首脳会談はあり得そうだ(表参照)。
だが中国にとってメリットが薄く、米中が対話で得る成果は少なそうだ。24年には台湾総統選や米大統領選があり、米中関係が揺れ動く公算が大きい。またG7が合意した安全保障に関する取り組みの具現化は、各国の経済利益や対中姿勢の違いから容易ではない。インド太平洋経済枠組み(IPEF)も米国のかたくなな交渉姿勢が影響し、サプライチェーン(供給網)の強じん化など限定的な成果にとどまるだろう。
長期的に見ても、米国の目指す秩序構想に賛同する国がどれほど増えるのか不透明だ。欧米中心の国際秩序観から脱しきれない米国への不満が広がっている。「グローバルサウス」の成長と相まって、世界の多極化だけでなく、国際秩序の弱体化がとめどなく進展する可能性もある。
米中対立そのものが緩和することは簡単ではない。両国とも自らに有利な国際秩序を求める戦略を立て、軍事、経済、科学技術などの国内政策を再編しているからだ。中国経済が低成長局面に陥るようなことがあっても、むしろそれが中国の挑発的行為につながるとの警戒論がある。米大統領の台湾問題への姿勢が混乱すれば、さらに状況悪化の可能性が高まる。
日本は短期的には米中の対話姿勢を歓迎しつつ、日米同盟や多国間協力により安定の基盤を構築すべきだろう。長期的な視点に立てば米国の地域への関与を確立する努力に加え、自由貿易を擁護し、国際制度を立て直し、重層的な国際秩序構想を打ち出すことで、法の支配や経済のグローバル化を擁護する責任がある。
2023年7月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載