アベノミクス5年 非製造業の生産性向上を

デール・ジョルゲンソン 外部諮問委員

10月22日の衆院選で安倍晋三首相率いる自民党が勝利したことで、経済政策「アベノミクス」の重要性が一段と高まってきた。安倍首相が就任した2012年12月から実施された第1ステージのアベノミクスでは「3本の矢」が掲げられた。第1の矢は大胆な金融政策、第2の矢は機動的な財政政策、第3の矢は民間投資を喚起する成長戦略だ。

安倍首相就任前の日本は1990年代以降、「失われた20年」に苦しんでいた。経済成長率は極めて低く生産性は全く伸びない。第1ステージのアベノミクスは、日本経済低迷に対する首相の最初の対応であり、その枠組みの中で日本政府は経済再生に重点を置く政策を打ち出してきた。

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90年代以降の日本の生産性の推移を図1に示した。経済全体の生産性は、インプット総量に対する国内総生産(GDP)の比率として表せる。日本の生産性は90年にピークに達し、米国の生産性にかなり近づいた。だがその後は、日本の生産性の伸びは無視できるほど小さい。一方、米国の方は着実に伸びている。

図1:日米の生産性
(1955年の米国の全要素生産性を1.0として指数化)
図1:日米の生産性

日本が抱える第1の問題は生産性が90年以降ほとんど伸びていないことだ。世界金融危機直前の04〜08年にいくらか上向いたが、危機により90年の水準以下に落ち込んでしまい、その後の回復に手間取っている。日本の第2の問題は労働力人口が98年をピークに減少に転じたことだ。第3の問題は人口高齢化に伴うニーズを満たすため、日本政府がGDP比で歳入を増やす必要に迫られていることだ。

第1ステージのアベノミクスでは、大胆な金融政策の一環として日銀が国債を大量に買い入れた。黒田東彦日銀総裁が13年に就任すると同時に始まった国債購入は、現在も続けられている。また機動的な財政政策としては、消費税再増税が2度先送りされた。

日本の従来の成長戦略は、成長が見込める産業に補助金を出して国内・国外市場への進出を後押しするというものだった。また成熟産業では様々な規制により新規参入を阻止し、競争から保護するというのが常とう手段だった。安倍首相の最初の成長戦略は、岩盤規制に風穴を開け、カルテルを排除し、民間投資を促すという狙いがあった。

その代表例の1つが、農業協同組合の影響力の抑制を通じて農業改革を目指したことだ。農協は農産物市場を独占的に支配するとともに、農業機械や肥料なども農協経由での購入を強要してきた。もう1つの例として、電力、ガスなどのエネルギー市場開放と再生可能エネルギー市場の創設が挙げられる。しかし各地の原子力発電所の再稼働が遅れているため、エネルギー市場改革の進展は滞っている。

生産性向上を目指すうえでも、貿易とサービスの自由化はイノベーション(技術革新)やIT(情報技術)投資を促すために欠かせない。自由貿易協定(FTA)は競争を促進し、対内・対外投資を活発化させる効果が期待できる。

また経済協力開発機構(OECD)によると、日本の労働者は識字力や計算能力でみた能力面では世界的にも極めて優秀だが、極端に硬直的な雇用関係のせいで、減り続ける労働力の効率的な配分が妨げられているのも問題だ。

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16年初めに安倍首相は第1ステージのアベノミクスの成果を踏まえ、新たな経済政策の検討に着手した。筆者は首相と内閣府に選ばれた外国人経済学者の1人として、第2ステージのアベノミクスはどうあるべきか提言することとなった。16年3月に訪日し、首相や国際金融経済分析会合(座長は石原伸晃経済財政・再生相)のメンバーと会談した。会合には首相のほか日銀総裁、閣僚数人が参加した。

筆者からの主な提言は、生産性の向上を通じて日本経済を再活性化することだ。とりわけ生産性の向上に努力すべき部門としては、国際競争から遮断されている非製造業を挙げた。成長戦略のターゲットとすべき業種を見極めるに当たっては、産業部門ごとに日米の生産性の水準を比較したデータを用い、日米間の「生産性格差」を調べた。

産業部門別の生産性は、各国の部門別インプットに対するアウトプットの比率で表せる。日米間の生産性格差は、日米両国でインプットがアウトプットを生み出す効率の差ということになる。図2には日米格差が最も大きい非製造業5部門を示した。

図2:非製造業5部門の生産性格差(2015年)
図2:非製造業5部門の生産性格差

日米間の生産性格差は15年には合計15%だった。図2の右側に、この15%の格差への寄与度を示した。最も寄与度が大きかった、つまり米国との差が最も大きかったのは卸売り・小売りの部門だった。またこの非製造業5部門だけで15%の格差のうち14.6%に達しており、国内市場志向の5部門が米国の生産性に近づけば、両国の格差全体がほとんど解消されることになる。

アベノミクスの再構築は完了し、今年6月に「未来投資戦略2017」が閣議決定された。日本の経済政策再構築の基盤となる方針であり、筆者はこれを第2ステージのアベノミクスと呼ぶことにしたい。第2ステージの重点項目は第1に生産性の向上、第2にイノベーションと貿易の促進、第3に企業活動の活性化だ。生産性の向上が必須だとの意見は多方面からあったと承知しているが、それでも筆者からの提言が「未来投資戦略2017」の最上位に位置づけられたことは喜ばしい。

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そして首相官邸が第2ステージのアベノミクスの概要を発表した。その特徴は、より長期的な視点に立って新たな目標を設定していることだ。つまり未来の成長、未来の世代、未来の日本を見据えたものになっている。

「アベノミクス」文書では、成長戦略の3つの重点項目について詳しい説明がある。生産性向上のために提案されているのは働き方改革だ。

日本の質の高い労働力の配分が非効率だという問題は、早急に解決しなければならない。問題の元凶は日本の労働市場のあり方だ。特に問題なのは、いわゆる正規雇用と呼ばれる雇用形態が、多くの産業で最も教育水準が高く経験豊富な人材の硬直的な雇用保護につながっていることだ。その陰で労働力の約4割を占めるいわゆる非正規雇用労働者が犠牲になっている。正規雇用労働者の多くは男性で、非正規の多くは女性だ。

イノベーションと貿易の促進のためには(1)日本の非効率な卸売り・小売りの部門における輸送・流通の高速化(2)同じく非効率な建設部門におけるインフラ事業の生産性向上(3)金融・保険部門におけるフィンテックを駆使したイノベーションの促進(4)日本の医療制度の強みを生かしたパーソナライズ(個人化)医療の実現――などがうたわれている。

日本は持続可能な財政政策を打ち出すとともに、税負担を投資の側から消費の側へと切り替えるべきだ。企業活動の活性化のために、消費税増税と法人税減税を組み合わせることを「アベノミクス」文書は提案している。外国からの直接投資を受け入れやすい環境が整えば、日本への技術移転が促進され、生産性の向上にも寄与しよう。

第2ステージのアベノミクスは、日本経済が直面する重大な課題をしっかりと見据えていると筆者は考える。これらの課題を克服するための新しい経済政策が適切に実行されれば、日本とアジアが現在および将来に必ず直面するグローバル環境の変化を、日本はうまく生かせるだろう。

2017年11月30日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年12月11日掲載

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