国債依存の弊害 認識を

祝迫 得夫
ファカルティフェロー

安倍晋三政権のマクロ経済政策が金融市場に与える潜在的リスクとして、日本国債金利の急上昇への懸念が議論の的になっている。明示的なインフレターゲット(物価目標)政策への転換で、名目金利が急騰するかもしれない。積極的な財政出動は財政状況を一層悪化させるだけに終わり、将来、日本国債の暴落とハイパーインフレ、円安が同時発生するかもしれない。

これらの懸念は理論的には十分に根拠があり、長期でみたマクロ経済政策の潜在的な含意として、政策担当者が当然検討しておくべき課題だ。

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個人的には、今後3~4年の間に、欧州危機で一部の南欧諸国が経験したような急激な金利上昇が起きる可能性は極めて低いと考える。無論デフレ脱却がうまくいけば、ある程度の金利上昇は避けられないだろうが、3~4%もの国債利回りの急上昇の引き金になるとは考えにくい。

初歩的な議論から始めると、市場で取引される国債の金利は、満期時の支払額を現在の市場価格で割ったもので定義される。つまり、国債の金利と価格は常に逆方向に動くので、急激な金利上昇は国債保有者からみると、大きな損失の発生を意味する。

欧州の政府債務危機後、仏ベルギー系金融大手デクシアが、保有していたギリシャ国債の大幅な価値下落により2011年10月に経営破綻したのを受け、欧州金融市場は大きく動揺した。すなわち保有国債の損失という経路を通じて、欧州の金融システム全体に負のショックが広がったわけで、日本で同じことが起きないという保証はない。

では、日本は先進国の中で最も政府債務の水準が高く、財政危機のリスクが強調されているにもかかわらず、なぜ日本国債の金利は低いままなのだろうか。その最大の理由は、日本国債の9割以上が国内で保有されているからだ。今の日本は、浪費家の夫(政府)が倹約家の妻(家計と企業)から借金している状態である。家計の外、つまり海外から借金をしようと思った途端、日本政府は今よりずっと高い金利でしか国債を発行できなくなってしまう。

次に、民間はいつまで政府の借金を補い続けられるのかという問題についてはミクロ経済的な視点から議論する。

図1:日本の金融機関の預金・国債保有額
図1:日本の金融機関の預金・国債保有額
(出所)日銀資金循環統計をもとに筆者作成
図2:うち中小企業向け+農林水産系
図2:うち中小企業向け+農林水産系
(出所)日銀資金循環統計をもとに筆者作成

図1に示したように、近年の日本の預金金融機関は、預金の増加にほぼ比例して国債の購入を増やしてきた。しかし高齢化が一層進行すれば、家計が新たに預ける預金の増加に歯止めがかかることは避けられない。近い将来、預金の増加が大きく減速すると予想され、それにより国債金利が上昇し始めるに違いないという予想が広まる。そうなると、値下がりすることがわかっている資産を買う投資家はいないから、金利はすぐに上昇し始める。従って、本当の財政危機の可能性がかなり先のことであっても、マーケットの予想が自己実現することで金利の急騰が発生するリスクは常に存在している。

こうした突発的な金利上昇の可能性は低いかもしれないが、野党時代の自民党は11年に「X-dayプロジェクト」と題する国債価格の急落がもたらす潜在的リスクに関する報告書をまとめている。

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そして、金利の急騰は日本の金融システムにどのような潜在的リスクをもたらすのだろうか。図2では、図1の預金金融機関全体のうち、ゆうちょ銀行を含む中小企業向け金融機関と農林水産系金融機関を取り出し、両者の預金と国債保有額を示した。図1と比べると、図2では預金の増え方がより緩やかである一方、国債の増え方がより急であることがわかる。また保有国債の内訳をみると、満期の短い国庫短期証券の比重は、図2の方がより低い。

つまり、図1と図2の差に相当するメガバンクを中心とする大手金融機関は、既に金利リスクの存在を見越して、国債保有量を相対的に減らしつつ、保有資産の満期を短期化させることで、リスク管理を進めている。その結果、金利急騰のリスクは金融システム全体ではなく、図2に含まれるような中小企業向けや農林水産系の金融機関に集中してしまっている。

このグラフには登場していない重要な国債保有者のグループは生命保険会社と年金基金である。これらの金融機関は、負債の大部分があらかじめ時期の定まっている保険金や年金の支払いである点で、預金金融機関とは大きく異なる。このため生保は、負債支払いのタイミングに保有国債の満期を一致させるような「デュレーション(平均満期)・マッチング」と呼ばれるリスク管理手法を進めている。生保はこの10年ほどの間に長期・超長期の国債保有を増やしており、そうした傾向は今後も数年は続くと予想される。

支払いが名目額で確定している生保と違い、実質額が確定していることが好ましいと考えられる年金の場合、リスク管理はより困難な問題といえる。とはいえ年金業界全体については、公開されている財務資料などにはごく一部しかそうした言及がみられないことから考えて、デュレーション・マッチング的なリスク管理の視点が希薄なことの方がより大きな問題であろう。

また、政府・日銀が今後デフレ脱却策を本格的に推進するつもりならば、民間にインフレリスクのヘッジ(回避)手段を提供し、国債の円滑な消化を継続するための政策対応を急ぐべきであろう。具体的には、インフレに応じて元本が調整される、すなわち実質の元本額が固定された国債である「物価連動債」の発行を再開し、その市場の活性化を図る必要がある。物価連動債はリーマン・ショックの際に市場機能がまひして以降、新規発行停止状態にある。こうした物価連動債は、政府にとっても民間の期待インフレの情報を収集する効率的なチャンネルである。

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ここ数年、日本経済はリーマン・ショックや東日本大震災など、相次ぐ大きな外的ショックヘの対応に追われ、景気対策のための財政出動が繰り返された。その一方で、長期金利は低下を続け、デフレ期待が長期化・固定化してしまった。デフレ期待の定着は、結果として国債発行による政府の財政赤字の穴埋めを容易にしたが、同時に一部の金融機関による過剰な国債への依存を促してきた。

本稿では、マクロ経済政策の是非を問う気はないが、過剰な金利リスクを背負い込んでいる金融機関側の責任は明確だ。金利リスクの存在を前提としたリスク管理を進める他の金融機関がある以上、それに気づかなかったということはあり得ない。にもかかわらず、金融システムの一部にリスクが集中する状況が発生した背景には、金融機関同士の横並び意識や、金利の急上昇が起きるころには自分は一線を退いているとか、政府・日銀が助けてくれるといった経営陣の甘えの意識があったことは想像に難くない。

国債金利の上昇でこれらの金融機関が経営困難に陥った際には、預金者や年金加入者に最低限のセーフティーネット(安全網)を提供するにしても、彼らも含んだすべてのステークホルダー(利害関係者)が応分の痛みを感じるように、十分な責任を取らせるべきである。政府による全面的な救済は、財政の悪化に拍車をかけるだけでなく、無責任なリスク管理にお墨付きを与えることになり、将来により大きな禍根を残すだろう。

2013年3月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年3月15日掲載

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