始動直後の中堅企業政策の意義と今後の展開

開催日 2026年5月29日
スピーカー 宮川 大介(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学商学学術院 教授)
スピーカー 青木 辰二(経済産業省 経済産業政策局 地域経済産業政策課 課長補佐)
モデレータ 髙谷 慎也(経済産業省 イノベーション・環境局総務課 政策企画委員)
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開催案内/講演概要

日本経済の持続的な成長に向けて、中小企業と大企業の中間に位置する「中堅企業」への注目が高まっている。2024年の産業競争力強化法改正で中堅企業者が法的に定義され、それを起点とした政策が始動した。本セミナーでは、経済産業省の青木辰二氏に大規模成長投資補助金や中堅・中小グループ化税制など、政府の中堅企業支援策を概観いただき、RIETIファカルティフェローの宮川大介氏に、中堅企業の位置付けとその政策意義を経済学の観点から整理いただいた。日米のビジネスダイナミズムを比較して構造的要因の違いを明らかにした上で、中堅企業の規模拡大を支援することは日本の文脈では自然な政策体系であると論じた。

議事録

中堅企業の重要性と政府の支援策

髙谷:
今回のBBLは、中堅企業に関する書籍『日本を救う最強の中堅企業:次の成長ステージを目指すための教科書』が2026年4月末に発売されたことを記念して開催しています。私自身も2年前に産業競争力強化法の改正に携わりましたが、このとき初めて法律の中で中堅企業が定義されました。企業は中小から中堅、その先へと成長しますが、そのダイナミズムに即した産業政策の体系をわれわれは築けていなかったのではないかという問題意識がありました。ただ企業が成長すれば日本経済全体が成長するのかは必ずしも明らかではなく、手探りで政策を立ち上げてきたのが現状です。今回の書籍にはRIETIの研究者6名にご寄稿いただき、本日の登壇者、宮川先生もそのお一人です。まずは経済産業省の青木課長補佐から中堅企業政策についてご講演いただきます。

青木:
中堅企業者とは中小企業を卒業したものたちという定義です。経済産業政策は長く大企業と中小企業の二層構造でしたが、シームレスな成長を促す意味でも、従業員数2000人以下でかつ中小企業でないものとして、2年前(2024年)の法改正で定義されました。中堅企業の重要性として、まず国内経済や国内投資への貢献があります。過去10年間の売上高の伸びを見ると国内では中堅企業が最も伸びており、有形・無形固定資産の伸びからも国内にしっかり投資をしている主体だと分かります。もう一点は地域での賃金水準の引き上げで、従業員数や給与の伸びが良い値を出しており、地域に多く所在する中堅企業が雇用や賃上げを支え、けん引する主体だといえます。一方で課題もあり、中堅企業から大企業への成長割合は米国や欧州に比べ日本は低く、ポテンシャルを生かしきれていないという問題意識を持っています。

こうした経緯を踏まえ、昨年(2025年)2月にわが国として初めて中堅企業に関する国家戦略として中堅企業成長ビジョンを策定、公表しました。中堅企業の役割やそのKGI・KPIの設定、業種別の成長経路、官民で取り組むべき事項を盛り込んでいます。本日はその中でも目玉となる施策をご紹介します。1つ目が中堅企業等の大規模成長投資補助金です。しっかりとした賃上げにコミットしていただくのが特徴で、当初計画した賃上げが達成できなければ補助金を返還してもらうという強い制約を課しています。令和5年度・6年度補正予算で累計6千億円を投じ、400社超を採択しました。採択者の投資計画の総額は2兆円超、賃上げ率は投資後3年間で19%以上という高い目標を掲げていただいています。

2つ目が人材に関する事業です。地域の中堅・中小企業の経営の右腕となる人材をマッチングできないかということで始まり、官民ファンドのREVIC(地域経済活性化支援機構)を仲介役とし、REVICareer、略してレビキャリという人材マッチング事業を推進しています。これは地域の中堅・中小企業を一番よく知る地域の金融機関が会社に合う人を選び、転職や兼業・副業の形でマッチングしていくものです。

3つ目がM&Aに関する税制で、中小企業事業再編投資損失準備金の拡充枠として新設され、ロールアップ戦略を掲げる事業者に課税の繰り延べを認めるものです。また直近のトピックとして、ファミリーガバナンスに関するガイダンスを近く公開予定です。ファミリービジネスはわが国の企業全体の約9割を占め、長期的な視点や迅速な意思決定といった強みがある一方、お家騒動やガバナンス不全のリスクといった課題もあるため、同ガイダンスでは強みを生かしつつ、リスクに対処する観点を解説しています。最後に、昨年夏に公表した中堅企業エクイティ活用事例集があります。資金調達が銀行からのデット・ファイナンスに偏りがちなため、「資さんうどん」など優良事例を掲載し、金融手法の高度化を普及させたいと考えています。

経済学から見た中堅企業のビジネスダイナミズムと日米比較

宮川:
私からは、青木さんにご紹介いただきました現在進行中の政策を、経済学者の観点から整理してみたいと思います。中小企業(SME)と大企業に規模の上で挟まれているのが中堅企業です。こうした規模の意味で異質な企業が同時に存在している状況を経済学的に描写する枠組みとして、差別化された財やサービスを供給する複数の異質な企業が存在し、家計がそれを消費するという設定が便利です。価格は一定程度需給で決まる一方、各企業は各々の状況に応じてマークアップ(差別化による利益)を獲得しているという状況になります。多様な企業を含む形で、このようにマクロ経済の有り様を描画してみると、横軸に企業規模、縦軸に企業数をとった企業分布について、右側に裾が長い山が想像されます。物価の議論において渡辺努さんが言及されていた「蚊柱理論」と同様で、遠目には動いていない山に見えても、近づけば参入、成長・縮小、退出という個々の企業の動きが生じています。

こうした企業の分布に対して、参入率や若い企業の雇用シェアなどの指標で経済の活性化度合い(ビジネスダイナミズム)を測ってみると、日本でも米国でも活性化度合いが共通していまひとつであることが分かります。米国ではこの低下の要因として、イノベーションが波及しないためという説が代表的です。シカゴ大学のUfuk Akcigit氏や、ニューヨーク大学のThomas Philippon氏の著作The Great Reversalがその例で、その主張はジャイアント(大企業)がマーケットシェアを握りすぎてイノベーションを阻害しているという筋です。実際、米国のデータでは市場集中度もマークアップも上がっています。

では日本にも同じ読みを適用できるのかというと、そう単純でもありません。学習院大学教授の滝澤美帆さんとの共同研究では、日本の市場集中度はむしろ下がっており、マークアップも横ばいです。つまり米国で考えられているような「邪悪なGAFA」が低いビジネスダイナミズムの理由だという説は適用できませんので、日本固有の説明が必要となります。整理のために、横軸に市場集中度、縦軸にビジネスダイナミズムをとると、米国が市場集中度が上昇しつつダイナミズムが低下している右側のゾーンにいるのに対し、日本は市場集中度が下がる中でダイナミズムが低下している左側のゾーンに対応しており、逆U字のカーブが描けます。中堅企業はいわばこの逆U字の山を登っていくプレーヤーです。注意すべきは、TSRのデータ(2000-2021年)から構築した中小企業、中堅企業、大企業間での推移のパターンを見ると、中小企業から中堅企業へ上がる割合は決して多くないという点です。336万社のうち中堅企業は9000社、0.3%程度です。政策上まさにここを動かそうとしているわけで、政策的なターゲットの難易度の高さも認識しておくべきだと思います。

政策介入の根拠と研究プロジェクトの展望

政策介入は、企業が制約や摩擦に直面しているときに出番が来るというのが標準的な考え方です。例えば、資金面の制約で有望な投資が実現できないケースや、研究開発などによるイノベーションの影響が他企業にも波及するという意味で外部性を伴うケースなどにおいて、この制約や摩擦を政策介入で解消可能であり、かつ介入に要するコストが社会的便益を上回らなければ政策介入が肯定されます。この点に関連して、シカゴ大学のChad Syverson氏のまとめでは生産性を改善するドライバーとして、企業内部のInternalな効果(情報通信投資や研究開発)が指摘されていますが、こうした取り組みを進めるためにはそれなりの企業規模が必要でもあります。この点が、中堅企業を政策のターゲットとすることの一つの根拠になりうると思います。別の視点からは、地方のハブ企業を支援してマクロの生産性につながるExternalな効果(Productivity spillover)も期待できると思います。総じて、中堅企業政策は日本の文脈に対応した政策であり、ターゲットのしっかりした選定と事後的な検証の構えが備わっているという前提の下で、ではありますが経済学的に見て自然な政策であると感じます。

最後に、RIETIで進めている研究プロジェクトをご紹介します。慶應義塾大学の清田耕造先生、学習院大学の細野薫先生のプロジェクトを承継し、マイクロデータの活用、計量経済学的分析や機械学習の利用、ミクロからマクロへのインプリケーションという3つの特徴を引き継いでいます。今日のテーマでもある企業ダイナミクスに関しては、資源の再配分に着目しています。従来は生産性改善だけに着目しがちでしたが、そこに規模を掛け算する発想が重要で、生産性が高いもしくは改善している企業の規模が大きくなることでマクロの生産性に対して強く働きかけることができるという視点は中堅企業政策の方向性と符合します。日本における人口動態を踏まえると、資源の割り振りを工夫し一人当たりGDPの成長を促すことが、日本の文脈において極めて大事だと考えています。

Q&A

Q:
米国と日本の比較について、中堅企業でいうとドイツなど他国も活躍しています。各国を見渡して何かお気づきの点はありますか。

宮川:
シカゴ大学のAkcigit氏がOECDの研究会で報告した際、ヨーロッパの経済学者から内容が自国に合わないという意見が出ました。この文脈では米国がむしろ特殊で、ヨーロッパの国の方に日本が参考にできる事例が多いと思います。

Q:
日本国内では東京対地方という比較がよくなされます。都心と地方を比較した場合、違うスコープがあるのではないでしょうか。

宮川:
地方では経営資源・金融資源へのアクセスに改善の余地があると思います。生産性が高く、更に生産性を改善できる企業に資源が自然に移れば利益も給料も上がるはずです。どこかで目詰まりが起こっているのであれば、それをほぐすのが政策の役割の一つです。都市部より地方部において目詰まりが起こりやすいとすれば、資源の割り当てや円滑な流通に政策的に関与する余地は大きいと考えます。

Q:
逆U字の青い領域の国(配布資料スライド6)について、解消策はあるのでしょうか。

宮川:
ジャイアントに対する各国の競争政策上の対応は、青い領域からもう少し左に持っていこうという動きの表れだと思います。同時に、イノベーションの起爆剤となりうる新規参入を促進するという点は日本においても重要となる論点だと思います。

Q:
二重の非効率性に補足されている「死の影」(配布資料スライド9)とは何でしょうか。

宮川:
死の影(Shadow of Death)とは、企業パフォーマンスが低下しながら退出に向かっていくプロセスを指します。我々の研究では、このプロセスが緩慢かつ長期にわたることでマクロ経済に悪影響をもたらすという点を指摘しています。一方で、こうした緩慢な退出プロセスを改善したことによるマクロ経済への定量的なインパクトがそれほど大きくないということも確認しています。こうした議論は、規模の小さい企業の退出を促進する試みに比して、規模の相対的に大きな企業に注目する政策の方が相対的に効果的であるという、今日の中堅企業政策につながるものであると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。