| 開催日 | 2026年5月14日 |
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| スピーカー | 小泉 悠(東京大学先端科学技術研究センター 准教授) |
| コメンテータ | 平木 忠義(RIETIコンサルティングフェロー / 外務省在ウクライナ日本大使館 一等書記官) |
| モデレータ | 田村 暁彦(RIETIシニアアドバイザー / 日本貿易振興機構(JETRO)パリ事務所長) |
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| 開催案内/講演概要 | ロシアによるウクライナへの全面侵攻から4年余りが経過した。長期化する戦争を支える経済構造とはいかなるものか。本セミナーでは、東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授をお招きし「2つの産業能力競争」という視点からウクライナ戦争を論じていただいた。重工業力を基盤とする古典的な消耗戦とイノベーション競争が同時進行する状況、ロシアの戦時経済動員の実態と財政的限界、また先月のウクライナ現地視察で見えた防衛エコシステムまで実像をご説明いただいた。さらに、在ウクライナ日本大使館一等書記官の平木忠義氏には経済制裁の効果とデュアルユース技術の現状についての補足とともに、日本への示唆もいただいた。 |
議事録
重工業の消耗戦とイノベーション競争——2つの産業能力競争
ウクライナ戦争には「2つの意味での産業能力競争」があると考えています。1つ目は、第一次大戦を彷彿とさせる塹壕(ざんごう)戦・砲弾の大量消耗に象徴される重工業力の戦いです。ロシア軍は、開戦直後は年間1000万発の砲弾を撃ちながら戦ってきました。これは日本の自衛隊の備蓄弾薬(約25万発)の40倍にあたる規模であり、物量を補い続けるための生産・補充能力こそが古典的な戦争の鍵です。2つ目は、ドローン・電子戦・スターリンクに代表される新興テクノロジーを用いた「イノベーション・サイクルをいかに相手より早く回すか」の競争です。
すでに4年2カ月に及ぶこの戦争では、双方が数十万〜100万人規模の兵力を動員し続けています。ロシア側の戦死者は、CSIS(米シンクタンク戦略国際問題研究所)の最新評価で32万5000人程度、ウクライナ側も10万〜20万人と見られ、大変な数の人命が失われています。戦車の喪失もロシアは年間1000両以上。開戦前は年間40万発程度だった砲弾生産が現在は350〜400万発規模に拡大した一方、予備戦車の在庫は約2万両から約2000両にまで減少しており(『ミリタリー・バランス』最新版)、シベリア・極東の保管基地から車両を引き出していますが、状態の悪い車両は2〜3両を組み合わせてようやく1両動かせる状態です。なおウクライナは旧ソ連の軍需産業の約4割を受け継いだものの、大部分はコンポーネント産業であり閉じたサプライチェーンを持たないため、重戦力は西側支援に依存しています。
ロシア戦時経済の構造と財政的限界
2025年度のロシア国防費は13兆4909億ルーブル(連邦予算の3割超)に達し、平時比で約4倍の規模です。軍事生産拡大に伴う工員確保と高給競争が労働力インフレを招いており、プーチン大統領も、インフレが許容できないレベルに達したと認め、国防費を削減する方針に転換しています。もっとも、「ロシアが財政破綻して戦争ができなくなる」という期待論については、多くの専門家が否定的です。ロシア中央銀行出身のエコノミスト、アレクサンドラ・プロコペンコ氏は、当面の財政は回るが、それゆえに戦争が続けられてしまうことが問題だ、と指摘し、イギリスの『エコノミスト』に寄稿した「デス・ゾーン」論考では、体力があるがゆえに危険な領域まで進む登山家の比喩を用いて財政的強靱(きょうじん)さがロシアを破滅へと向かわせていると論じています。
ロシアはミサイルやドローンの電子部品の5〜7割を外国製コンポーネントに依存(ドローンは国産1割以下)していますが、2022年夏以降、企業への増産命令・価格統制・強制残業を制度として可能にする戦時経済体制を本格稼働させたことが今日の生産増強につながっています。一方、軍需産業界を束ねるロステフのチェメゾフ氏は利益率の低さへの不満を繰り返し表明しており、戦時モードへの移行とともに従来型の政・軍産業関係の基盤は揺らいでいます。
アダプテーション競争と「自活カルチャー」
ウクライナ戦争の特徴の一つが、両国による極めて速いテンポの「アダプテーション(適応)」競争です。ウクライナが新技術を先に実装し、ロシアがそれを組織力と量で覆す。するとウクライナがまた新たなアダプテーションを図る、というサイクルが繰り返されています。ウクライナのアダプテーションが速い背景には、2014年の自警旅団文化に端を発する「自活カルチャー」があります。軍から支給された装備に頼らず、クラウドファンディングで装備を調達したり、現場部隊がメーカーに直接要求を突きつけたりするカルチャーが根づいており、これがファーストムーバーとしてのイノベーションを生んでいます。
一方、ロシアのアダプテーションの典型例がUMPK(滑空誘導爆弾)です。見た目は武骨でも参謀本部が有効と認定すれば、工場で大量生産して一気に実戦投入します。FPV(First Person View:一人称視点を用いた遠隔操縦)ドローンをめぐる電子戦も激化しており、かつて戦線後方から10キロ程度まで届いたドローンが今では1キロも飛ばせない状況です。従来型兵器と新技術が組み合わさったモザイク模様の変化についていけなかった側(がわ)が劣勢になります。
ウクライナ現地視察で見た防衛エコシステムの実像
私は先月ウクライナを訪問し現地のドローン企業などと会いましたが、最も印象的だったのは、開発現場と現場部隊の密接な連携です。退役軍人がドローンメーカーを起業し、自ら前線に装備を持ち込む構図が多く見られました。国防省・DX省・経済省が共同で設立したファンド「Brave 1」のように、DX業界との密接な産軍連携があります。ドローン生産現場は一般的なオフィスビルに置かれ、数ヶ月おきに工場を移転し、情報統制を徹底していました。ソ連時代の地下シェルターを活用した工場もあり、ミサイルを数発受けても事業が停止しない体制を築いています。この、移転・分散可能な生産形態は日本にとっても示唆に富むものです。
また消防車に電子戦アンテナが搭載され、軍の指揮統制システム「デルタ」の非機密情報を消防隊と共有する仕組みも視察しました。このように新しい戦い方への対応は兵器の調達だけでなく、開発・生産から運用に至るエコシステムをどう回すかという根本的な変革が求められていること、また、ウクライナの技術力・イノベーションの源泉は 「柔軟にどんどん使ってみる」姿勢にあると思いました。
コメント
平木:
私は現在キーウから参加していますが、今も昨夜からの6〜7時間にわたる空襲警報が続いています。現在、和平交渉は実施されておらず、ウクライナ側からの越境攻撃は増加しています。またウクライナはドローン関連の技術・ノウハウを中東諸国に提供することで、防空システムの供与確保を図るなど、ドローンが政策ツールにもなっています。私からは経済データに基づいて、ロシアの産業構造の変化、デュアルユース技術の実態、そして日本への示唆という点についてお話したいと思います。
アジア開発銀行(ADB)の統計を用いた独自試算によれば、2021年(全面侵攻前)から2024年にかけて、ロシアの石油・採石・精製部門の自給率は低下しており、先進7カ国(G7)等による経済制裁の効果が数字として現れています。一方、機械・電気・輸送機器の分野では自給率が上昇しており、過去の生産準備の稼働とドローン・ミサイル関連の軍需産業の裾野拡大が確認できます。デュアルユース技術の面についてドローンの調達に注目すると、ロシアの小型ドローンはタイ・中国・インドからの調達が多く、ウクライナは中型・大型で欧州との共同生産が進んでいます。国産化への努力がなされているが引き続き中国依存もみられます。私見としては、ウクライナのドローン技術の強みはハードよりもシステム連携などのソフトにあると考えています。
日本への示唆として3点を挙げます。第一に、デジタル・ドローン技術の多用により今次戦争は「電力多消費型戦争」に移行しており、日本でも有事・自然災害時を含む非常の安定的な電力供給の確保が求められます。第二に、4年間蓄積されたドローンや巡航ミサイルの飛翔経路・兵士の動きなどの戦時データを、量子コンピューターや高度なAIを用いて分析することで避難シミュレーション等の平和利用につなげられる可能性があります。第三に、ウクライナの防衛スタートアップエコシステムは「失敗の許容と市場による淘汰(とうた)」を組み合わせた競争環境の中で機能しています。イノベーションのエコシステムを日本において構築する中では資金が円滑に循環する資本市場の構築が求められると考えます。
小泉:
データで非常に明瞭に示していただきまして、対ロ制裁はフットブレーキではなくエンジンブレーキだと深く納得する思いです。「制裁をかけても戦争は止まらない」ということではなく、ロシアが本来100できるところを70や60に制約しているところに意味があります。もう一点、平木さんがおっしゃった「戦略的に失敗を許容する」という視点は、今後の日本の指針になると感じました。ウクライナの国会議員が「新兵器の実験場にしてほしい」と語っていましたが、ドローン等の安価な装備を用いてトライ&エラーを速やかに回すことが重要です。
Q&A
Q:
西側各国からウクライナへの支援が難しくなる中、どこかで挫折や停止はあり得るでしょうか。また産業協力において汚職体質など気をつけるべき点はありますか。
小泉:
戦車・装甲車・戦闘機のような重戦力の相対的な重要性は徐々に低下しています。ウクライナ自身も無人兵器に注力する方向に動いており、長距離攻撃兵器も自国開発するという姿勢です。900億ユーロ規模の支援がハンガリーによって停滞した経緯もあり、むしろ資金面が懸念されます。
平木:
ウクライナの汚職問題は根強く、G7としてウクライナ政府に対して汚職対策を申し入れています。また、汚職対策は国際通貨基金(IMF)の融資条件であったり欧州連合(EU)加盟の条件ともなっています。日本も国際協力機構(JICA)や法務省を通じてコーポレートガバナンス強化や汚職対策機関の教育支援を行っています。ウクライナ企業とのパートナーシップを構築する際には相手方のデューデリジェンスが必要です。
Q:
米国とイランの戦争でも、イランが非常に高性能のドローンを保有していますが、ロシアとの技術協力の効果でしょうか。また、中国依存の実態はロシア・ウクライナでどう違うのでしょうか。今後、より革新的な兵器が出てくる可能性はありますか。
小泉:
イランのドローンは、メカニズム自体は初歩的ですが、月産5000機以上という生産規模により1回の空襲で500〜1000機を投入し、飽和攻撃できることが脅威となります。兵器の有効性はスペックだけで決まらず、「数と安さ」が重要です。中国依存については、ウクライナのドローン工場では「チャイナフリーにしたい」という意識はあるものの、3Dプリンターは中国製が主流で部品にも中国依存が残っています。特に電池(大電力・長時間滞空)の国産化が難しく、日本への期待も感じます。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。