| 開催日 | 2026年2月26日 |
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| スピーカー | 小柴 恵一(株式会社G1 company代表取締役 CEO / 和歌山大学国際観光学研究センター客員フェロー) |
| スピーカー | 牧 貴洋(株式会社SIGNING 代表取締役社長 / 共同CEO) |
| コメンテータ・モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | XR(クロスリアリティ)やAI(人工知能)の進化により、地域主体で観光価値を発信し、デジタル観光を提供するモデルが広がりつつある。同時に、SBNR(Spiritual But Not Religiousの略。宗教に依らずに精神的な豊かさを重視する人々を指す)という新たな価値観を持つ人々が、自然豊かで多様な文化を持つ日本の地域に注目する動きが出始めている。本セミナーでは、大阪・関西万博でデジタルコンテンツに携わった小柴恵一氏および牧貴洋氏をお招きし、小柴氏からは、自治体が抱える集客課題へのデジタル技術の活用やデジタル観光という新市場創出の可能性について、牧氏からは、国内外の事例と調査データを基に、SBNRが生み出す新たな市場構造と社会的インパクトに関する考察を頂いた。 |
議事録
東京2020組織委員会にてありのままの臨場感を伝えるドーム映像配信をプロデュース
小柴:
私は大学卒業後に松下電器に入社し、Panasonicがオリンピックのグローバルスポンサーであったことから、2014年に東京2020組織委員会に出向しました。「史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会」という大会ビジョンの下、無観客のオリンピック会場からVR(バーチャルリアリティ)で撮影した競技映像を、全国のプラネタリウムや特別支援学校の体育館に設置した仮設ドームにライブ中継するプロジェクトに取り組みました。
私自身はライブではその映像を見られませんでしたが、後に録画を視聴した際、現場さながらの強烈な臨場感に大きな衝撃を受けました。また、障がいのため会場へ行くことが難しい生徒さんたちにも、あたかもその場にいるような体験を提供できたかもしれないことに深い感動を覚え、この分野で事業を進めていこうと決意しました。
オリンピック閉幕後、スポーツ観戦で得られた臨場感体験を観光分野にも展開できるのではないかと考え、デジタル技術を活用した観光ソリューションを提供する企業として立ち上げたのが株式会社G1 companyです。
観光業界の動向分析
19世紀、写真の発明と蒸気機関車の商業化によって始まった観光産業は、2020年代に入り、XR・AIといった新技術の進化が観光体験の高度化を促し、新たな幕開けを迎えています。近年はVRゴーグルなどのデバイスの進化により、ユーザー数や市場が着実に拡大し、さらにYouTuberやVTuberなど他のメディアからの紹介を通じてメタバースの世界を知る人も増えており、VRの世界観が徐々に日常化してきています。
このようなXR技術は、観光分野の抱える課題解決にも役立つ可能性があります。世界の観光地では、オーバーツーリズムによる生活インフラの圧迫や文化資産の劣化が問題視されています。また、バリアフリー化には物理的な制約も多く、誰もが自由に旅行できる環境の実現は容易ではありません。しかしVR体験は、身体的制約のある人でも自由に移動し、観光地を体験できる手段となり得ます。実際に、電動車いすとVRコントローラーは操作感覚が似ており、ユニバーサルツーリズムとの相性の良さが感じられます。
大阪・関西万博での取り組み~未来社会の実験場にて~
こうした課題認識の下、大阪・関西万博「デジタルトラベルゾーン」にてクリエイティブディレクターを担当しました。LED 4面張りのLEDルームとVRゴーグル6基同時運用のVRルームを備えた、日本各地の観光地を臨場感ある映像で体験できる施設です。LEDルームの視聴者数は約3万3000人に達し、満足度調査では、「実際にその観光地に行きたくなった」という項目が4.37ポイントと、臨場感のある体験が旅行意欲を高める効果を持つことが示されました。
制作した観光映像は、リアルイベント会場だけでなく、YouTubeやVR向けプラットフォームにも公開しました。特にVRに関心の高い海外ユーザーが多いDeoVRでは、YouTubeの約3倍のアクセスがあり、プラットフォーム選択の重要性も明らかになりました。
今後、観光PRはこうした体験型にシフトしてくると考えています。テレビを使ったマスメディアブランディングや、SNSによるシェアマーケティングから、観光を疑似体験することで、実際にその場に行ってみたいという欲求を喚起する。そのために、マスメディアやSNSと連携していくことが、新たな観光PRの手法になり得ると思います。
今後のデジタル観光展望
弊社では新しい時代の観光案内所として「anywhere café」を大阪・住吉大社近くに開設し、約3年が経ちました。築70年の古民家を活用し、縁側に150インチスクリーンを置いて4K映像を投影することで、その景色の中にこのカフェが建っているような空間体験を演出しています。飲食やショッピング、文化体験も併せて提供し、映像だけでは得られない旅の醍醐味(だいごみ)を感じられる場になっています。
加えて、メタバース空間にも同じくanywhere caféを設置し、オンラインイベントを毎週開催しています。世界中から延べ2万人以上が訪れ、リアルとバーチャルを組み合わせたイベントやライブ配信など、両者を横断する新しい観光体験を試みています。
こうした取り組みを発展させ、将来的にはバーチャルの世界自体が観光になることを目指して、デジタル観光共創ネットワークを設立したいと考えています。自治体や観光協会、企業、クリエイター、プラットフォーマーなど多様な主体を結びつけ、さまざまな方から知恵を頂くことで、リアルとバーチャルを連携させた体験サービスを次代の送客につなげていければと考えています。
SBNR(Spiritual But Not Religious)の世界的潮流
牧:
株式会社SIGNINGという社名は「兆し」を意味します。弊社では、未来の「兆し」を、確実に起こる長期的なマクロ環境の変化と、短期的な市場トレンドの中間にある複数の未来の可能性と定義し、その兆しを捉えるため、独自のリサーチレポートを多数発表しています。
その1つがSBNR(Spiritual But Not Religious)です。これは、特定の宗教には属していないものの、精神的な価値やスピリチュアルな要素を大切にする人々を指す言葉です。近年、世界的に無宗教層が増加しており、アメリカでは2020年時点で無宗教者が人口の約30%、2070年には40%に達すると予測されています。欧州でも同様の傾向があり、宗教スタンス問われた際に「無宗教」と回答する人が非常に多くなっています。こうした人々の多くが日本の精神文化に強い関心を寄せており、山形県鶴岡市の出羽三山で行われている山伏修行体験に欧米の富裕層やアーティストなどがこぞって参加していることは、その証左といえます。
その背景には、2つの文脈があります。1つは、宗教離れが進む一方で、癒やしや心の安定、社会における倫理や道徳は相変わらず必要で、これまで宗教が担ってきた精神的価値を何かで代替しなければならないという側面です。もう1つは、自然災害や感染症、戦争、AIのような課題に対する答えを、日本の文化・哲学・思想の中に見いだそうとする動きと考えられます。
SBNRという切り口からアプローチできる市場は、実に150兆円規模と推計されています。例えば、心の豊かさを目的とするウェルネスツーリズムは世界で約90兆円規模とされ、今後さらに拡大が見込まれています。また、世界の無宗教人口は約11億人とされており、SBNRには、こうした市場に向けて日本が「新しい豊かさ」を提案できる可能性があるのではないかと思っています。
SBNR層とはどんな人たちか
このSBNR的なる潮流は、国内でも確実に存在しています。各国のSBNRと定義できる人たちの割合を調査したところ、日本が最も多く、43%の方が“無宗教だけれど精神的な価値は大事にしている”と答えました。
こうした層の特徴としては、女性がやや多く、健康志向が強く、旅行や食への投資意欲が高い傾向が見られます。また、心を整える方法として、健康的な食事や十分な睡眠、掃除など日常的な生活行動を挙げる人が多い点も特徴です。例えば「ヨガを健康法として楽しんでいるけれど、宗教的な教えには関心がない」「お寺や神社の神聖な雰囲気は好きだが、深い信仰は持っていない」というのは、恐らく多くの日本人が共有できる感覚ではないかと思います。つまり、SBNR層が求めるものは、丁寧な暮らしや心身のケア、健康的で洗練された、精神的に豊かなライフスタイルなのです。
そこで弊社は、SBNRを、宗教スタンスを定義する言葉ではなく、Soul, Body, Nature, Relationship (こころ、からだ、しぜん、つながり)という4つの要素を重視する価値観、ライフスタイルの概念として再定義することを提案しています。これは、日本人が長い歴史の中で培ってきた、自然への畏怖や先祖を敬うといった価値観とも深く結び付いています。
SBNRの観光産業へのインパクトと可能性
SBNRの切り口で考えると、日本中の地域が世界のウェルネスツーリズムの受け皿になり得るとわれわれは見ています。日本の神社仏閣の数はコンビニ以上といわれていますが、価値のある体験を提供しているにもかかわらず、その多くは拝観料を取らない、あるいは単価が極めて低いのが現状です。こうした宗教施設を「Not religious」な視点を組み合わせて活用していくことで、新しい観光価値を生み出す可能性があります。SBNRという視点で、地域の信仰資源や文化資源を発掘し提案していくことができれば、有名観光地以外にも光が当たり、地域の活性化にもつながると考えています。
コメント
堺井:
小柴さんは今回の万博で、地域の風景を360度映像で撮影し、没入感を得られる施設を造られましたが、例えば「癒やし」につながる新たな体験サービスなど、今後の展開の可能性についてどのように思われますか。
小柴:
万博のアンケートでも、事前期待として「癒やされたい」という方が最も多かったのです。先ほど古民家を活用して旅の気分を味わってもらうというのがありましたが、やはり映像プラスアルファも含めた空間演出が大変重要で、例えば飲食やお茶会、禅などの体験をセットで提供することで、さらに癒やしの世界に没入できるような体験提供ができるのではないかと思いました。
堺井:
例えば今回万博で造った施設を日本全国に設置して、いろいろな地域を疑似体験できるようになると、実際に行ってみたいという人も出てきて、有名観光地でない所も観光客を呼べるようになるのではないかと思いました。
続いて牧さんのお話へコメントさせていただきます。SBNRの広がりによって、日本の地域が持つ可能性が見えてきましたが、では今後、各地域は具体的にどんな取り組みをしていけばいいのか、サジェスチョンがあれば教えてください。
牧:
日本の地方は、眠っている宝の山です。ポイントは、いかにそれを発掘し、磨いて、届けていくかですが、ボトルネックになっているのは、そもそも地域の方たち自身が、これが世界に売っていけるものだと気付いていないことです。
1つケースからの示唆でいうと、実は先ほど紹介した山形県のケースは移住者が始めたものなのです。地元の方にとっては当たり前の昔からある信仰文化なのですが、客観的に見ると実は大きな価値があって、大金を払ってでも体験したいという方がたくさんいるはずだと捉えて始めたプログラムです。そのように、外部の視点から改めて自分たちの地域を見つめ直すことが第一歩になるのではないかと思っています。
Q&A
Q:
SBNRに関して、無宗教と宗教の差はどのように定義できるのでしょうか。例えば、神社に初詣に行き、お葬式はお寺というのは無宗教なのでしょうか。
牧:
本人の感覚として、それを宗教的な行為としてではなくあくまで慣習としてやっているのであれば、定義的には無宗教と言っていいでしょう。ただ、より本質的な理解としては、無宗教か宗教かという二元論は、むしろ日本の実情にそぐわないのです。日本の場合、完全なる無宗教や完全なる宗教はごく一部で、9割以上が宗教でもあり無宗教でもある。時に宗教的にもなるし、時には無宗教的に振る舞うというのが日本人の最大の特徴です。そういう精神的スタンスだからこそ持っている文化や価値観、提案していける資源があるのだと読み解いていければいいと思っています。
Q:
過去に3Dテレビが発売されたものの、あまり売れなかった記憶があります。XRやVRも技術は進歩していても、意外と広がっていません。何がネックなのでしょうか。
小柴:
3Dテレビの課題は、コンテンツと視聴環境と物理的負荷の三つでした。制作コストがかかるため、放送局が積極的にコンテンツを作らず、映画しか残りませんでした。また、お茶の間という視聴環境で、専用の眼鏡という物理的負荷をかけてまで見たいコンテンツがどれだけあるかというバランスが取れなかったことが、売れなかった原因でした。
VRも同様に、ゴーグルを装着するという物理的負荷はあるものの、状況は3Dテレビとは異なり、アメリカではRobloxなどのネットワークゲームをVRで遊ぶ子どもが増えてきています。ゴーグルをかけた方がよりゲームに没入できるからです。加えて、技術の進歩により物理的負荷が軽減し、コンテンツが拡充しつつあることから、逆転現象が起こって普及していくのではないかと見立てています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。