| 開催日 | 2026年2月19日 |
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| スピーカー | 森川 正之(RIETI特別上席研究員(特任) / 機械振興協会経済研究所長) |
| コメンテータ | 井上 誠一郎(RIETI理事) |
| モデレータ | 堺井 啓公(RIETI国際・広報ディレクター) |
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| 開催案内/講演概要 | 日本経済が持続的成長を実現するためには、生産性の向上が欠かせない。わが国では成長戦略に代表されるように、生産性向上に向けさまざまな取り組みが進められてきたが、生産性の伸びは必ずしも改善していない。森川正之RIETI特別上席研究員は、成長戦略では一般的に経済成長率を高めるための政策が並ぶ一方、成長率を押し下げる要因を取り除く視点は看過されがちだと指摘する。本セミナーでは森川氏が、生産性と実質賃金の関係、生産性を高める政策、AIの生産性効果、生産性を押し下げる要因など、成長戦略をめぐるいくつかの論点を取り上げ、最近の調査研究に基づいて解説した。 |
議事録
生産性と実質賃金
日本の潜在成長率は足元で0.4%、全要素生産性(TFP)上昇率は0.5%前後で推移しています。女性や高齢者の就労率は上がっていますが、平均労働時間の減少が大きいため、労働投入量はマイナス寄与となっており、これは今後も続くでしょう。
生産性上昇は実質賃金を持続的に高める基本要素ですが、生産性上昇と賃金上昇を乖離(かいり)させる要因がいくつかあって、交易条件の悪化、企業の構成の変化、働き方の変化が関係しています。理論的には、労働市場での企業の買手独占力が強くなると生産性と賃金の乖離を大きくする可能性がありますが、実際には労働分配率の変化の影響は限られています。
交易条件に関しては、コストダウン型のプロセス・イノベーションが悪化させる傾向にあるので、プロダクト・イノベーションで新しい財・サービスを作ることで改善する余地があると思います。
企業の構成に関しては、ミクロレベルでは生産性上昇率が高い企業は実質賃金上昇率も高いという非常に強い関係がありますが、賃金の変化を要因分解すると、付加価値シェアが高い(規模が大きい)企業ほど平均賃金が高いという関係が弱まっており、マクロレベルでは賃金を押し下げる方向に働いています。生産性の場合は付加価値シェアが高い企業ほど生産性が高い関係にあり、自然なことだと思うのですが、賃金ではそうした動きになっていないのです。実際、「賃金構造基本統計調査」を見ても、企業規模間の賃金格差の縮小がこの十数年観察されます。
働き方に関しては、「働き方改革」がここ数年進められました。危険な仕事やストレスの多い仕事には正の補償賃金が存在し、賃金が高くなりますが、逆に多くの人が希望する働きやすい仕事には負の補償賃金が発生します。ですから、働き方改革は労働者の経済厚生を高める点で良いことなのですが、賃金の伸びを抑制する要因になり得るので、働き方改革が進むにつれて賃金上昇率が低くなることも考えられます。
このように、生産性と実質賃金を乖離させる要素はいろいろあるのですが、基本的には生産性を高めることが実質賃金を高めるための基本となります。
生産性を高める政策
生産性を高める主な要素としては、イノベーション、人的資本投資(教育、訓練、投資など)、市場競争を通じた新陳代謝が挙げられますが、一方で生産性を低下させる要素を低減することも重要です。
イノベーションにおいては研究開発投資が最も重要な要素であり、わが国の研究開発費の国内総生産(GDP)比はこの20年で0.6%ポイント上昇しています。中でも企業の寄与が大きく、日本のTFP上昇率を0.2%ポイント程度押し上げる効果を持つと概算されます。企業が自主的に投資を増やしている部分もあるでしょうし、研究開発税制の効果もあると考えられます。
人的資本投資に関しては、生産性上昇に対する寄与が1970年代以降、逓減しています。これは当たり前で、かつては中卒・高卒者がリタイアし、大卒・大学院卒が新卒で労働市場に入ってくることで労働力の質が平均的に高くなり、生産性上昇への効果が非常に大きかったのですが、足元では教育水準の上昇が頭打ちとなっているからです。
人的資本の質を向上させるには、就学前教育や初中等教育の質が最も大事ですが、大学院教育の充実も重要でしょう。日本は大学院進学率が低い状況ですが、大学院卒は大卒に比べて平均賃金が高く、大学院教育の投資収益率は10%前後とかなり高くなっています。この数字は教育を受けた人自身が受けるメリットを表した私的な収益率であり、大学院教育(特に博士課程)を受けた人がイノベーションの担い手になることを考慮すると、社会的な収益率はさらに高いと考えられます。
また男女別で見ると、大学院卒の女性は労働市場から退出せず、かなり長く働いている傾向があるので、大卒と比べた就労率の高さが男性以上に収益率に効いているといえます。
AIの生産性効果
最近注目されているのがAIの生産性効果です。AIの生産性効果を計測した研究としては、特定のタスク(執筆、顧客サポート、タクシーの運転など)において一方にはAIを使わせて、もう一方にはAIを使わせない形で因果関係を測るタイプの研究があり、生産性効果がかなり大きいことが分かっています。それから、労働者に対して行ったサーベイでも、相応に生産性を上げていることが分かっています。ただし、量的な大きさはタスクによってかなり幅が広くなっています。
AIのマクロ生産性効果の分析例としては、ノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏が、米国における今後10年間のTFP押し上げ効果は年率プラス0.1%ポイント未満であると試算しています。ただ、これからどのようなタスクが自動化されるのか、それによってコストがどれだけ節約されるのかは不確実性があるとしています。同様の方法を欧州に適用した研究等もありますが、各研究で試算結果にかなり幅があり、AIの量的なマクロ経済効果はコンセンサスに程遠いのが現状です。
わが国では、AIを仕事で利用している人が最近1年間で急速に増えました。特に高学歴者、大企業勤務者、高収入者ほど使っている傾向にあり、AIの仕事での利用拡大が経済格差を広げる可能性があることを示唆していると思います。ただ、いくつかの研究では、特定の職種内ではむしろスキルの違いによる格差を縮小させるという結果も示されています。
2025年11月に機械振興協会で私が行った調査によると、仕事にAIを利用している就労者のAI利用業務の割合は平均15.9%、それによる業務効率化効果は平均24.4%と試算され、AI利用者の生産性は平均6%程度高くなったという結果が出ています。それに利用者比率を掛けたマクロの労働生産性効果は1.4%程度になるとみられます。この数字をAIが使われるようになって以降の年率にならすと、労働生産性を0.2%ポイント程度高める効果があったと考えられます。
今後5年以内にAIを利用しようと思っている人が17%ほどおり、既利用者の生産性が学習効果によって今後も上昇することも考えると、今後数年間の労働生産性上昇率を年率0.3%ポイントほど押し上げる要因になるとみられます。ただし、これまでもAIが生産性を押し上げてきたので、生産性上昇率の「加速」は0.1%ポイント程度となります。
AIをどの業務に利用しているのかを尋ねると、研究開発という回答が圧倒的に多く、特に製造業で顕著でした。AIが研究開発の効率性を高めた場合、単なる業務効率化効果を上回る経済効果があり得るので、仮にAI利用で研究開発投資の収益率が1割上昇した場合、研究開発集約度が高い機械産業ではTFP上昇率が年率0.6%ポイント程度高まる計算になります。したがって、単なる省力化効果だけでなく、研究開発の効率をいかにAIが高めるかが、マクロ的なインパクトを考える上では非常に重要になります。
日本では建設や運輸、医療、介護といった非製造業の現場で労働力不足が深刻です。世界のサービスロボット販売数量の増加率は年率40%と産業用ロボットを上回っており、日本でもサービスロボットを利用している職場が非常に増えているので、私はAIだけでなくサービスロボットにも注目しています。
生産性を押し下げる要因
日本では「日本再興戦略」以降、毎年成長戦略が策定されていますが、潜在成長率は改善していません。その理由として、成長戦略の効果を上回る生産性押し下げ要因があったことが可能性として考えられます。
押し下げ要因としてはまず、社会的規制の増加が挙げられます。米国でも同様に、規制の増加が成長率を押し下げているという研究がいくつかあります。企業にとってコンプライアンス・コストが大きい政策を尋ねると、労働規制という回答が圧倒的に多く、環境規制や税制が続きます。規制といえば事業の許認可のイメージが強いのですが、それよりもずっと幅広いのです。
規制やルールができると、そのために労働投入が必要になります。コンプライアンス対応のためにどれくらい労働投入したかを尋ねると、日本全体では総労働時間の約20%がコンプライアンス対応に費やされており、これを半減できればTFPが8%ほど高くなると試算されます。
政策の不確実性も押し下げ要因として考えられます。政策の不確実性が高まると、設備投資や研究開発といった成長につながる前向きの行動が抑制されるためです。どのような政策で不確実性が高いかを日本企業に聞いたところ、社会保障制度や財政政策が非常に高いことが分かりました。
また国民が感じる主観的リスクを調査すると、今後10年以内の日本の政府財政破綻の主観的確率は平均21%と、エネルギー・資源の供給途絶と同程度であり、かなり大きなリスクと見られていることが分かります。ただ、経済安全保障政策は供給途絶リスクへの強靱(きょうじん)性は高めるけれども、生産性や潜在成長率を高めるための政策ではなく、より低くなるリスクを避けるための政策であることは念頭に置いた方がいいでしょう。
財政構造の変化も押し下げ要因の一つです。消費税に比べて所得税、法人税の方が経済成長へのマイナスの影響が大きいと考えられます。一般政府の財源で最も大きく増えているのが社会保障負担で、この部分が増えていることがボディーブローのように潜在成長率を押し下げているかもしれません。
危機時の支援策による負の「履歴効果」も押し下げ要因となります。コロナ危機時に雇用調整助成金を使った企業の労働生産性や平均賃金はその後も回復しておらず、利用しなかった企業に比べて低い状態が続いています。経済危機時に過渡的な支援策は必要なのですが、それが過大であったり、長期化したりすると、その後の生産性や賃金に負の履歴効果を持つ可能性が示唆されます。
この20年ほどを振り返ると、大きなショックに直面したときには、ある程度先のことも考えた制度設計が必要なのではないかと思います。
コメント
井上:
森川さんから、AIの生産性効果などホットトピックスについて最新の研究をご報告いただきました。政策実務家向けに分かりやすく、生産性などへの効果がどのくらいか、についてガイダンスいただき、非常に参考になります。私からの御質問は、生産性と実質賃金の乖離についてです。両者の乖離の要因として、交易条件の変化、企業構成の変化に加え、働き方の変化を挙げられました。たしかに、働き方の変化は補償賃金を勘案すると賃金の押し下げ効果があるかもしれません。一方、働き方の柔軟化は賃金だけでなく、付加価値にも影響を与える可能性があります。こうした点をどのように理解すればよいのでしょうか。
森川:
働き方の変化によって賃金が低くなる背後で何が起こっているかというと、労働分配率が下がって企業の取り分が増えるということだと思います。企業が買手独占力をある程度持っていることを前提にすると、そういうことがあってもおかしくないでしょう。ただ、マクロで見ると労働分配率はほとんど実質賃金に影響していませんから、量的にはさほど大きな影響はないかもしれません。
Q&A
Q:
AIによる生産性上昇効果の計算では、AIの活用で不要となる労働者が労働市場に新たに参加する効果は考慮されていますか。
森川:
労働者がAI活用で不要となるとは考えていなくて、労働者のタスクの一部で労働投入が少なくて済む効果を測っています。当面はAIによって代替された以外の業務をすることによって全体の生産性が高くなっていくと思います。
Q:
交易条件を改善するために有効な産業政策類型はありますか。
森川:
特定の政策で交易条件が変わるわけではありませんが、基本的には プロダクト・イノベーションを促す政策のほうが、コスト削減を中心としたプロセス・イノベーションよりも交易条件の改善につながります。また、教科書的には、関税をかけることによって自国の交易条件を有利にする方法もあり得ますが、現実的な選択肢ではないと思っています。
Q:
日本のTFPが諸外国に比べて低い原因は何ですか。
森川:
日本のTFP上昇率が米国に比べて低いのは事実ですが、欧州の主要国と比べると必ずしも低いわけではありません。日本の研究開発のGDP比率は米国と同程度であり、人的資本の質も米国に比べて低いとはいえないので、TFPが低い要因はよく分からないのですが、押し下げている要因が米国よりも強く働いている可能性はあると思います。
Q:
社会的にコンプライアンス強化がますます求められる中、このままでは本来の事業推進への影響も無視できないと思います。過剰なコンプラ対応を改善する方策や指針について考えをお聞かせください。
森川:
対応策としては、規制やルールが行き過ぎないようにすることが基本だと思います。もう1つの方向性は、コンプラ対応をなるべくAI活用で省力化することです。社会的規制自体を緩和するのはなかなか難しいと思うので、合理的に労働投入時間を減らして対応していくことがポイントではないかと思っています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。