2025年大阪・関西万博シリーズ

空中タッチ、世界標準へ:日本発インターフェースが切り拓く未来

開催日 2025年7月31日
スピーカー 山本 裕紹(宇都宮大学工学部 教授)
コメンテータ 西垣 淳子(RIETIコンサルティングフェロー / 政策研究大学院大学 特任教授 / 金沢工業大学 客員教授)
モデレータ 田村 傑(RIETIコンサルティングフェロー / 宇都宮大学データサイエンス経営部 教授)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

空中に映像を浮かび上がらせる空中ディスプレイの技術は、空間そのものを情報表示の場とする革新的なインターフェースである。日本が世界に誇るポップカルチャーとの親和性も高く、キャラクターやコンテンツを空中に浮かべる演出は新たな体験価値を生み出すと考えられる。2025年大阪・関西万博においてもこの技術が紹介され、多数の来場者が体験するなど、社会実装の機運が高まっている。本セミナーでは、山本裕紹宇都宮大学教授から空中ディスプレイの最先端の研究成果を紹介していただくとともに、非接触で操作可能な空中インターフェースとしての公共空間での社会実装や、空中ディスプレイ技術の国際標準化に関する話を伺った。

議事録

光工学の教育研究体制

光工学とは、レーザーや電球、太陽光などの光源から光検出器までの経路を巧みに操り、新たな価値を見いだそうとする分野です。身近なところでは光ファイバーがあるから情報化社会が成り立つわけで、光工学は生活・社会基盤を支える技術でもあります。

私が所属する宇都宮大学のある栃木県は、光学機器が重要産業であるにもかかわらず、キー技術である光工学を体系的に教える機関がありませんでした。そこで宇都宮大学がキヤノン株式会社と共同で2007年にオプティクス教育研究センター(CORE)を立ち上げ、光学技術の体系的教育を行うとともに、世界最先端の研究拠点として位置付けました。

COREは国際化が盛んであり、光工学グローバルネットワークを形成しています。世界各国の光学の研究室との間で交流協定を結び、年1回ハイブリッド形式で国際会議を開く形で国際拠点としての認知度が高まっています。

私の研究室では3つの「SF」の研究を行っています。1つ目が「Screen-Free display」、すなわちスクリーンのないディスプレイ技術です。2つ目は「Somewhat Funny display」、いわゆる見て楽しむ技術、さらに3つ目は「Standardization for Future HMI」といって、アイデアディスプレイや空中ディスプレイなど将来のインターフェースになるような技術の標準化です。

空間メディアとしての表示技術

空中ディスプレイが開く価値は何かというと、やはりメディア技術の形態を変えることだと思います。活版印刷ができて新聞が登場し、そこから400年以上たって無線通信からラジオ、テレビ、インターネット、最近ではメタバースがはやっており、メディア技術もどんどん発展しています。では、空中ディスプレイの登場によってメディアは将来どうなっていくのでしょうか。

進化心理学という分野では、ヒトの心理や行動形成の仕組みも、ヒトの外観や生理学的形質と同様、進化の産物であると考えられています。また、ヒトの重要な部分に社会性がありますが、社会性の基盤には2つあって、他者の情動に同調して同じ感情を持つ情動的共感と、他者と自分を分離した上で他者に共感する認知的共感があります。

そう考えると、理想的な未来の3Dディスプレイとしては、ゴーグルを着けるタイプのものはあり得ません。その人が今どんな様子になっているのかが外から分からないからです。従って将来の姿としては、特別な眼鏡をかける必要のない状態が理想的でしょう。

そうしたものは昔からSF映画などに描かれており、空中に浮かんでいる、横から見える、手で触ることができるという3つの特徴があります。まず第一に、空中に浮かんでいるようにするには、寄り目や両眼視差などの「眼の光学」を基にして、奥行きに関する手がかりを再現する必要があります。そして横からも見えるようにするには、どこから見ても物体が存在するかのように見える運動視差の手がかりによって「実像」を形成します。さらに手で触れるようにするには、センサーを設けて指の位置を検出し、その位置によって映像を変化させたり、触ったという感覚を提示する方法があります。こうした技術がコロナ禍のときに注目を集め、私の研究室では緊急事態宣言下にもかかわらず新規共同研究の持ち込みが非常に増えました。

主な実用例としては、金融機関の現金自動預払機(ATM)で暗証番号を入力する部分が空中画面になっており、全国で1000台以上がタッチレス化されています。この技術は今後も衛生・安全面やエンタメなどの新領域において、ユーザーが最も頻繁に扱うターミナルとなり得る技術だと考えています。

空中ディスプレイの国際標準化

映像というのはかなりシビアであり、どちらが鮮明かなど、子どもでも良しあしが分かります。そうした良いものを作るためには、光学設計、精密加工、高機能材料などの日本が得意とする技術が重要なポイントとなります。一方で、従来なかったものですので、性能の高さをカタログに書いてもそれが何なのか分からないという問題があります。

そんなとき、韓国の知人の教授から電子ホログラフィの標準化の話を聞きました。私は空中ディスプレイに影響したら困ると思い、2018年に釜山で開かれた国際電気標準会議(IEC)の電子ディスプレイ標準化の会議にオブザーバー参加しました。すると、電子ホログラフィは技術がまだ成熟していなかったため、規格がわれわれの邪魔にならないことが分かったのです。

しかし、それをきっかけにして空中ディスプレイのプロジェクトリーダーをやるように言われ、2021年に新作業項目(NP)提案が通り、2024年1月に空中ディスプレイ技術の標準化が実現しました。

広い意味の空中ディスプレイは、自動車のフロントガラスに投影するヘッドアップディスプレイのように空中にあるかのように見えるものを指しますが、われわれが狙っているのは、観察者と映像の間に何もなく、誰からも同じ位置に見えるようにする技術です。

光学分野では実像といって、光を集めて映像が出るものを作っています。そうした技術は電子ホログラフィやライトフィールドと呼ばれる3Dを使った方法などでもできますが、これらのディスプレイは韓国がプロジェクトリーダーとしてすでに走っており、日本が提案をするためには新しい領域を作る必要がありました。

そこでわれわれは、空中ディスプレイの応用として注目されている用途は、映像の直接操作と空中サイネージであると考え、空中ディスプレイの要件を、空中インターフェースとして工業化に適したこれらの技術に限定しました。通常のディスプレイと同様、「安全であること」を含めた5つの要件を定義し、これらは既存のプロジェクトにないということが認められて、2020年には国際標準の用語として「aerial display」が登録されました。

このような狭い意味の空中ディスプレイでは、光源にはレーザーを扱わず、電力を使わないで映像を作ります。そうすることで既存のプロジェクトとのすみ分けをして納得してもらいました。

主な手法はいくつかあって、典型的なのは屈折を使う方法です。通常のレンズでは上下左右逆さまの像ができますが、それを2枚重ねると反転の反転で正立像ができます。実際こうしたものがコピー機やファクシミリの読み取りの光学機に使われており、それを2次元に並べるとレプリカを空中に作ることができます。

もう1つの主要な方法が反射を用いたものです。レンズは使わず、直交する2つのミラーが光を反射することで光源が戻り、像を結ぶという方法です。この方法はロブスターなどの目と同じ仕組みであり、lobster eye opticsとも呼ばれています。

こうしたいろいろな技術がある中で、最も基本的なこととして空中に浮いていることの基準をきちんと定義しなければ、浮いて見えるような感じの空中ディスプレイが普及すると困ることになると考え、最初の3次元的な位置をどうするかという提案が認められて、2021年に産業標準化事業表彰を頂きました。そして2024年に最初の空中ディスプレイの国際規格が成立したわけです。

社会実装と国際標準化に向けて

2016年の矢野経済研究所の予測では、世界の空中ディスプレイ市場は2040年に3兆5,000億円に達するとされています。2016年には「初音ミク」の空中像と人間のダンサーが一緒に踊るオペラを上演したほか、2017年には東京モーターショーにも出展しました。また、三菱電機との共同研究では通り抜けられる看板も開発しました。2020年には東京のビルで、ガラス壁から動画が飛び出す空中ディスプレイも行いました。

それを受けて最近はどうかというと、矢野経済研究所の2023年の予測では、空中と3Dも含めた立体映像技術の世界の市場規模は2045年に5兆8,000億円を超えるといわれています。つまり、2025年予測が2,780億円ですから、20年で20倍超に膨らむのです。一方、日本国内も拡大傾向にはありますが、相対的にまだ成長が緩やかなので、このあたりもうまく制度整備できたらと思っています。

こうした空中ディスプレイのロードマップは、経済産業省が推奨する日本型標準加速化モデルを実践するものだと思います。標準化活動とは、一度サービスができた後に後付けするのではなく、研究開発段階からルール形成を行って新しい産業を創出しようとする取り組みです。

標準化の場合、NP提案を通すには投票で2/3以上の賛成票を得ることに加えて、少なくとも5カ国の参加表明が必要なのですが、ブラジルでの実装が非常に役立ち、ドイツもかなり興味を持っているので、このあたりも含めて次の企画を進めているところです。今年(2025年)からは経済産業省の標準開発事業の採択を受けてがんばっています。

従来のコンピューティングはコンピューターがあるのが普通でしたが、今はコンピューターもAIもクラウドに入り、実体はどこかに行ってしまいました。ハードウェアはまだあるわけですが、空間内の欲しいところに映像が出る時代になるので、日本発の空間メディア技術がサイバー空間と現実空間の界面を押さえる技術になってくれればと考えています。

空間メディア技術はヒトの社会性に不可欠なインターフェースを扱う情報基盤を共創するものであり、産官学の協働によって国際競争力の強化を図っています。空中ディスプレイはもはやSF映画ではなくなり、普段の生活の中に直感的なものとして入ってくる時代になるでしょう。実際に国際標準化が行われていることが実世界のインフラに入りつつあることの証左と考えています。

コメント

西垣:
標準化に関して研究段階からのルール形成の大切さについて述べられていますが、技術開発をする上で標準をどこまでオープンにし、自分たちの技術の核心をどうするかという視点から考え、そこに知財を結び付けるのだと思います。先生はパフォーマンスの標準化に最初に行き着いておられますが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

山本:
従来のディスプレイのような画素数や明るさといった指標ではなく、日本の技術が得意とする空中映像の解像度や位置の精度、耐久性、応答速度、センサーと組み合わせたシステムとしての性能などを指標にすることで、競争力をちゃんと数値で示せるようにしたいと思ったのです。

西垣:
技術そのものの標準化よりも、その技術を使ってサービサーが現れる部分における技術の価値を最大化するのであれば、パフォーマンスの標準化が大切だということなのでしょうか。

山本:
そこまではまだ到達していなくて、私もまだハードウェアレイヤーにいるのですが、サービスプラットフォームとの間で標準化をすることが将来必要になってくると思います。そうした場合に、まずはフォーラム標準のような形でやっておく方が入りがいいかなとは思います。

西垣:
空中ディスプレイの市場を狙っていく上で、これからの知財戦略をどのように考えていらっしゃいますか。

山本:
特許のことしかなかなか頭にないのですが、確かに重要なご指摘だと思っています。ハードウェアの特許は他社の意匠で取られてしまって実現できなくなるのを防ぐ必要があるので、何が必要かというのを議論していくという仕組みづくりも重要かなと思います。

質疑応答

Q:

屋外では光の環境が変わるような気がするのですが、どのように調整されているのでしょうか。

山本:

われわれは再帰反射シートというものを使っています。これは光を元の方向に戻すもので、太陽光が入ったとしてもその光を太陽の側に戻してくれるのです。太陽の光を反射すると別の場所が迷惑になりますが、空中に戻せるので西日の問題もあまりありません。道路標識への実装も研究されており、逆走防止の「止まれ」の看板が空中表示されるようになるかもしれません。

Q:

空中インターフェースの導入は自動車の付加価値やブランド力にどのような経済効果をもたらすとお考えですか。

山本:

最近は自動運転が盛んになり、運転よりも車内で何をするかということに関心が向きつつあります。従って、車内がインテリアのようになっていくというのが1つの大きな流れであり、木目調のリラックスした内装で、空調も手元で操作できたり、フロントガラスで直感的な操作ができたりすることが付加価値に結び付くかもしれません。

Q:

光について関心を持ったきっかけを教えてください。

山本:

大学院で光コンピューターの研究をする以前から脳や人工知能に興味がありました。光の研究は目で見て分かりやすく、見て楽しいというところもモチベーションとしてはかなり大きいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。