能登の復旧と復興を支援する視点:6月現地調査報告

開催日 2025年7月18日
スピーカー 浜口 伸明(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 神戸大学経済経営研究所 教授)
スピーカー 稲木 強(輪島商工会議所 専務理事)
コメンテータ 向野 陽一郎(経済産業省中部経済産業局 電力・ガス事業北陸支局 支局長)
モデレータ 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究調整ディレクター)
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開催案内/講演概要

2024年元日に能登半島地震が発生し、同年9月には豪雨が重なって、能登半島は甚大な被害を受けた。特に奥能登地区では人口減少が顕著で、復興に時間がかかっている。本セミナーはRIETI地域経済プログラムのプログラムディレクターを務める浜口伸明ファカルティフェロー(神戸大学経済経営研究所教授)が企画し、輪島商工会議所の稲木強専務理事をお招きして開催した。浜口教授は2025年6月に実施した現地調査に基づいて、特に長期人口減少トレンドにある被災地共通の事象や、半島であるが故に支援が届きにくい能登の特性に注目して報告した。稲木専務理事は中小企業の再建課題を取り上げ、地域の内発的な取り組みに寄り添った、息の長い復興支援が重要であることを強調した。

議事録

能登半島地震から1年半

浜口:
2024年1月の能登半島地震、同年9月の豪雨災害と、能登半島は立て続けに甚大な自然災害に見舞われました。

私と京都大学特任教授の藤田昌久先生、佐賀大学経済学部教授の亀山嘉大先生は以前、RIETIのプロジェクトで東日本大震災後の被災地復興に関する研究を行い、災害復興は外部資源を投入すれば時間軸に沿って線形的に進むものではないということを理解しています。今回もこの3人で2025年の6月9~10日、石川県の七尾市、輪島市、志賀町を訪問し、情報収集を行いました。

特に人口が減少傾向にある地域では被災をきっかけに人口減少が一気に加速し、被災地固有の事情も相まって復興がなかなか前に進まない傾向があります。しかし、被災地では持続可能な地域再生に向けてさまざまな内発的創造が進んでいくことが重要であり、それに寄り添った息の長い支援を提供する姿勢が求められます。

主な復興施策

復興に向け、すでに政府でさまざまな予算措置が取られており、特に東日本大震災でも大いに活用された「なりわい再建支援補助金(旧中小企業等グループ補助金)」は、補助率も高く使い勝手も良いことから事業者の高い関心を呼んでいます。これは原状回復以上の改良も補助対象になります。

また半壊以上の家屋の公費解体は、県で加速化施策が講じられ、予定されている10月末完了の見通しが立っていると伝えられています。街並みの再建にはスピード感が重要な面もありますが、一方で従来の伝統的な建物を施工できる工務店は地元に限られ、その仕事量には限界があります。スピード重視で一般的な施工で再建すれば街並みが変わってしまうという声も聞かれました。

七尾市には和倉温泉がありますが、現在営業中なのは21事業者中5事業者のみです。事業再開には地盤沈下への対応や護岸の修復が必要であり、建設費が高騰する中、なりわい補助金を使っても再建は困難という声もありました。また再開したところで人手が足りず、今後は外国人研修生への依存が高まるかもしれないという見通しも聞かれました。

和倉温泉の復興に関しては、団体客向けのビジネススタイルから個人客、インバウンド客にアピールした高付加価値型の宿泊施設、そしてまちづくりと一体化した地域共存モデルに変革する必要性が指摘されています。その中では、若い世代による新しいビジネススタイルの事業者との融合や、周辺観光地との連携も課題となります。

製造業では顧客維持のために代替生産で急速に生産を復旧する考え方も重要ですが、特にB to C企業においては消費者と築き上げたブランド価値を犠牲にはできないため、代替生産によって品質が変わってしまうのを恐れているという見方があることも学びました。

輸送網後背地である能登は大量生産で大企業と競争するには不利な立地であり、固有技術を生かした多品種小ロット生産に商機があります。そのため、流通過程を最適化するデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性は非常に高く、企業はデジタルを積極的に投入することで、製品の魅力によって消費者との絆を大切にしながら能登でしっかりとやっていけるのだという話を伺い、大変感銘を受けました。

輪島塗の生産は現在仮設工房で再開されています。工程が124に細分化されており、それぞれに独自の技術を持った職人が担っているため、生産体制の維持が課題であり、後継者の育成も急務となっています。

志賀町ではいち早く復興計画を整備し、企業立地を復興の推進力としたいと考えており、その点で能登中核工業団地の企業撤退がゼロだったことは良かったと思います。今後は電源オフグリッドや自立型の水循環システムを念頭に、災害に強い体制を備えていきたいとのことでした。

被災地共通の要因

能登では急激な人口流出が起きており、なりわい再生といっても、そもそも人がいなければ事業が成り立たない側面があります。また後継者不足や高齢化の問題にも直面しています。

能登固有の要因としては、半島という性質上、産業振興に不利な立地条件が挙げられます。多くが山地で道路網があまり密ではなく、復興人員も遠くから集めなければならないのでコストが上がり、工事入札が不調・不落になることもあるようです。しかし、遠く離れていることで固有の文化が残されているという強みもあります。

今後は人口減少を前提に、ある程度のダウンサイジングを受け入れながら集約化し、「より良くする再建」を目指す内発的な試行が必要でしょう。例えば教育環境の整備や伝統産業の発展、外需獲得に向けたビジネスモデルの確立や企業誘致において、新たな体系が求められていると思います。

従来の復興政策は外部資源を動員して元に戻すことが中心でしたが、今後は関係人口の集積をつくり出すことが求められます。関心を持ってくれる人たちを集め、その人たちが地域への認識を深め、それを他の人に伝達していくことの繰り返しが関係人口の集積につながります。

能登には自然や伝統工芸、祭り、温泉など非常に魅力的な資源が多いので、こうした体験・関心を通じて関係人口を集め、それを経済活動につなげる工夫が大切であり、そうした取り組みに対する息の長い支援が重要だと思います。

輪島市の現状と取り組み

稲木:
能登半島地震では、輪島市で6000棟以上の住家が半壊以上となり、住まいの確保と生活再建の支援が急務となりました。市内の公費解体完了率は76.5%(2025年7月7日現在)となっています。

奥能登豪雨では河川が氾濫して山からの濁流が道路や家屋を襲い、市内の至る所が冠水しました。応急仮設住宅のエリアも容赦なく襲い、床上浸水した方々は仮設住宅をいったん退去し、再び避難所へ移動することになりました。なお、応急仮設住宅は豪雨災害を合わせて市内で3161戸を整備しました。

輪島市は地震前から人口減少が進んでいましたが、震災によって人口流出が急激に加速し、2025年7月現在で地震前より12.6%減少しました。住民票を置いたままの二次避難者を加えると、3割ほど減少したと推測されます。

輪島商工会議所管内では今年(2025年)4月現在、918会員事業所のうち701事業所(76.4%)が営業を再開しています。しかし、震災前よりも規模を縮小、あるいは時短営業をしている事業所は少なくありません。宿泊施設は47施設中19施設で営業を再開しましたが、観光客を受け入れているところは数軒に限られ、大半は工事関係者のみを受け入れています。

復興に向けて国や県にさまざまな支援策を講じていただき、本当に感謝していますが、補助金を頂くに当たって自己負担分を捻出することが厳しい事業者が多く、自己負担分の一部を市が独自で上乗せ補助するなどの対応を取っています。

特に基幹産業でもある輪島塗の再興は最重要課題の1つです。震災後間もなく経済産業省の尽力で仮設工房の整備に着手しましたが、市有地はほとんどが仮設住宅の建設地となり、市内に点在する市有地で順次整備を進め、現在85室が完成しています。その他に輪島塗の海外展開にも取り組んでいるほか、関係機関の協力の下、漆芸の人材養成施設をつくるプロジェクトも進められています。

仮設商店街の整備も進めており、整備中も含めて13カ所、39店舗となります。事業者のなりわい再建の各種補助事業にも上乗せ補助を行っており、事業再建をしっかりとサポートすることがわれわれの重要な任務と認識しています。

現在一番必要とされているのが経営相談体制の強化です。会議所の職員だけでは到底対応できないため、経済産業省や県から専門員が週2日常駐するなどしているほか(現在は県のみ)、日本商工会議所を通じ全国の商工会議所から1週間交代で平日1~2名が常駐し、サポートしていただいています。また中小企業診断士や行政書士による相談・サポートも被災事業者から非常に感謝されています。

震災復興にはインフラはもちろん、事業者のなりわい再建が重要であり、そこがまだ途上にあります。息の長い支援が必要であり、応援体制の継続をぜひともよろしくお願いします。

各産業の営業再開状況としては、漁獲量が6割程度まで回復してきており、輪島港の浚渫(しゅんせつ)工事も順次行われています。観光地の白米千枚田も、2025年は4分の1ほどの田んぼで耕作が行われ、復旧が少しずつ進んでいます。市内介護施設の入居率も震災前の67%程度まで回復しています。

市が策定した復興まちづくり計画には将来都市構造の基本的な考え方が示されており、中心拠点に日常生活に必要な機能を確保しつつ、各地区の公民館を核としたコミュニティーを再建するという2つの視点で再建を支援するとともに、各地域での話し合いを通じ、孤立可能性の高いエリアから拠点への移転を支援する方針も示しています。

半島全体の観光を軸にした包括的復興の構想としては、県の創造的復興プランに復興をテーマとした学習プログラムの開発や、能登の復興ストーリーを生かした誘客などが掲げられており、県内各市町や県観光連盟が連携して取り組みが始まっています。

被災地の状況が報道される機会は随分減りましたが、能登半島の復興にはまだまだ時間がかかります。被災者一人一人が必死になってがんばっているということを頭の片隅にとどめておいていただければ幸いです。

コメント

向野:
私どもが現地で活動する中で特に大事にしている視点がいくつかあって、1つは関係機関と顔の見えるネットワークを構築すること、もう1つはできる限りニーズを具現化することです。そのためには官民連携が非常に重要になるので、中間支援団体の重要性も強調したいと思います。復興の灯を絶やすことなく、地元に寄り添いながら支援を進めることが大切だと考えています。

浜口:
地元のニーズに寄り添った形での支援は、多くの場合1省庁の所掌に閉じるものではなく、多様な省庁との調整が非常に重要だと思います。それを地元の現場レベルで力強く進めていただいており、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。

稲木:
今回の災害ではどうしても輪島のことで手いっぱいで、横の連携がなかなかなかったので、経済産業省などが全体を把握して皆さんをまとめ、みんなで一緒に能登を復興していけるように連携したいと思います。

質疑応答

Q:

次なる災害に備える上で、環境に配慮した取り組みの好例があれば教えてください。

向野:

自律分散型のシステムの構築が進んでいるところがあります。例えば珠洲市では、水道がメインですがオフグリッド型の自律分散インフラの実証事業が国土交通省によって進められるという話もありますし、和倉温泉では温泉排熱を利用したシャワーの供給が始まります。事例はまだ十分に積み上がっていませんが、各地で取り組みが進んでいきますので、私どもも必要に応じた支援をしたいと考えています。

Q:

復興を妨げている法制上の課題があればご教示ください。

稲木:

工業地域や住居地域などいわゆる用途地域の区分があると思うのですが、火災や地震でいったん更地になってしまうと、次にそこで復興をしようとするときに制限がかかると聞きます。そこがもしネックになるのであれば、国ともご相談して何とかクリアしていきたいと思います。

Q:

復興に向けて対立する意見もあると思うのですが、どのように調整されていくのでしょうか。

浜口:

潜在的には多様な意見があり得ますが、例えば街並みを保存すべきかどうかということに関しても、どういう分布で意見が分かれているのか、まったく調査できていません。今後はそうしたところを具体に数値で示しながら住民の合意を取っていくことになるでしょう。

稲木:

輪島市では地区ごとに市長出席のタウンミーティングを行い、課題や意見を住民の方々から繰り返しお聞きして集約しているところです。

Q:

阪神・淡路大震災発災18カ月後の神戸と比較して、現在の能登の復旧・復興度合いはどう評価できますか。

稲木:

能登の復興が遅れているとよくいわれているのですが、そんなに遅れている印象はありませんでした。ただ、ここからが息の長い話だというのは多くの被災地で経験していることだと思います。阪神・淡路大震災のときは私的財産について一切補助しないという方針もあったそうですが、能登では家屋や事業資産も政府の支援が得られているのは大きな前進です。そうしたことも踏まえて、ここまで進んでいるのかという印象を受けました。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。