| 開催日 | 2025年7月16日 |
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| スピーカー | 宮島 英昭(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学常任理事・商学学術院教授 / 早稲田大学高等研究所顧問) |
| スピーカー | 岩井 高士(中外製薬株式会社 渉外調査部主幹 産業政策渉外担当) |
| スピーカー | 野々宮 律子(フーリハン・ローキー株式会社 代表取締役CEO) |
| スピーカー・モデレータ | 天野 富士子(経済産業省 経済産業政策局 投資交流企画官) |
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| 開催案内/講演概要 | 市場環境の変化のスピードが加速する中、日本企業が企業価値向上を目指す上では、過度な自前主義にとらわれず、海外のプレーヤーとの協業連携やオープンイノベーションを積極的に進め、海外活力の取り込みを図ることも重要である。そこで経済産業省では「企業価値向上に向けた海外資本活用ガイドブック」を作成した。本講演では、「企業価値向上に向けた海外資本活用に関する研究会」委員の皆様をお迎えし、ガイドブックの紹介のほか、海外資本活用のメリットや留意点・リスク、海外資本活用に向けて取るべき行動などについて、実例も交えてご説明いただいた。
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議事録
なぜ海外資本の活用が必要か?
宮島:
対日M&Aは、2000年代後半に増加した後、金融危機を挟んでいったん停滞したものの、2017年以降は急速に拡大し、現在は年間2.5兆円規模になっています。また、日本のM&A全体に占める対日M&Aの割合も増加し、ピークの2021年には45%にまで達しています。ただし、国際的に見るとこの水準は必ずしも高くなく、まだまだ伸びる余地があります。
では、なぜ今、海外資本の活用が重要なのでしょうか。大きな要因の1つは、日本企業の資本効率の低さです。PBR 1倍割れ企業が広く存在し、成長戦略が描けていないことや、国内市場の飽和・成長鈍化、事業承継問題に悩む中小企業が多い中、グローバルネットワークを持つ海外企業こそが、海外進出を中心とした成長を支える可能性があります。
さらに、海外資本には国内企業にはない強みがあります。先端技術・イノベーション、ブランド、外部環境の変化に対応した新たなビジネスモデル、海外進出のための人材・ノウハウ・ネットワークなどがそれに当たります。かつては情報の非対称性が障壁となっていましたが、海外企業の日本拠点の拡大や経験の蓄積により、徐々に緩和してきています。
こうした状況を踏まえ、今回のガイドブックでは、日本企業の成長のためには積極的に海外資本に選ばれ、活用していく時代に入ったことを示しています。選ばれる企業になるためには、コアとなる自社の強みを培うと同時に、それを強く認識することが重要です。また、海外資本と一口に言ってもその特性はさまざまで、どの経営資源が得意か、相手側の株式保有比率がマジョリティーかマイノリティーかといった個別差があります。従って、海外資本を活用する場合には、事前の戦略が不可欠です。また、情報の非対称性は緩和されたとはいえまだ存在するので、受け身ではない能動的な相手の探索と、そのマッチングを支える中間プレーヤーが重要です。
戦略の設定に当たっては、海外資本の活用はマジョリティーであってもマイノリティーであっても過渡的であることを念頭に置いて、事後のプロセスまで見通して考えることが重要です。また、交渉・クロージングのプロセスでは、「これだけは譲れない」という点を事前に明確にした上で、買い手のスタンス、ターゲット(日本企業)側の自律性をどれだけ認めるか、買い手の出資者への報告義務はどの程度なのかといったことを丁寧に確認し、雇用・労働条件についても事前に合意しておくことが重要です。
企業価値向上に向けた海外資本活用ガイドブック
天野:
本ガイドブックは、日本企業の経営者層向けに海外資本活用の知識を政府として初めて体系的にまとめたもので、第1部では日本企業が海外資本活用を具体的に検討するに当たって必要な基礎知識を網羅的に記載し、第2部では海外資本活用の有効性を高める上で、日本企業の経営者層に期待される5つの基本的行動を、事例も交えて記載しています。
本ガイドブックでは、「海外事業会社や海外PEファンドといった海外資本からの出資を受け入れること」を海外資本活用と定義し、出資比率は問わず、以下の3パターンに類型化しています。パターンAは主に大企業(上場企業を想定)が成長戦略の一環として海外資本を受け入れるパターン、パターンBは主に中堅・中小企業(非上場企業を想定)が事業の発展を目指して海外資本を受け入れるパターン、パターンCはグループ内の子会社や事業部門等が海外資本を受け入れるパターンで、特にポートフォリオの見直しや財政改善を企図した事業譲渡(カーブアウト)が含まれます。
出資を海外事業会社から受けるか、海外PEファンドから受けるかは経営戦略によりますが、それぞれ出資の目的・期間等が異なります。海外事業会社の場合、日本市場における販路開拓や日本企業が有する財の活用を主な目的としており、長期の株式保有を前提に出資します。一方、海外PEファンドは、経営の高度化等さまざまな施策を通じて投資先の企業価値の向上を図り、通常、5~7年後にIPOまたは新たな出資者に譲渡することを最終的な目的としています。上場企業として企業情報が開示されている大企業は出資者から直接出資の打診をされることも多い一方で、非上場企業の中堅・中小企業は中間プレーヤーを通じたマッチングが主になります。中間プレーヤーは、会社によって強みや実績が異なるため、日頃からさまざまな中間プレーヤーと接点を持つことを推奨しています。
日本企業の経営者層に期待される5つの基本的行動の要点をご紹介します。第一、戦略策定の段階では、戦略の明確化と選択肢の見極めが必要です。価値創造経営を実現するため、自社の現状を見極めつつ、経営課題解決のために戦略を検討し、前向きな経営手段として海外資本活用を含めさまざまな選択肢を検討することが求められます。第二、マッチングの段階では、中長期的な自社の戦略実現に向けてパートナーを精査すると同時に、戦略実現に向けて柔軟に方向転換することも重要です。第三、交渉の段階では、価値の源泉やリスクを踏まえた主体的な交渉が不可欠です。第四、最終合意の段階では、従業員や取引先への前向きなメッセージを発信し、経営者自らが自社の戦略や将来像を伝達することが重要です。第五、ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)の段階では、対話の継続による信頼関係構築と価値実現に向け、出資者との意識合わせとシナジー効果の獲得を積極的に行うことが重要です。
中外製薬における海外資本活用と「5つの基本的行動」―ロシュ社との戦略的アライアンス―
岩井:
中外製薬は1925年に創業し、2025年で100周年を迎える医療用医薬品に特化した研究開発型の製薬企業で、医療用医薬品メーカーとして日本トップクラスの業績を上げています。この好業績を支えているのが中外独自のビジネスモデルです。世界有数の製薬企業であるスイスのロシュ社との戦略的アライアンスの下、自主独立経営と日本における上場を維持するとともに、ロシュのリソースやグローバルなネットワークを活用することで、経営資源を創薬に集中的に投入し、革新的な新薬を提供しています。
「企業価値向上に向けた海外資本活用ガイドブック」には、5つの基本的行動の具体的な実践内容として弊社の事例が掲載されています。この内容について、順を追ってご紹介します。
基本的行動1、戦略の明確化と選択肢の見極めです。中外製薬は、新薬開発の熾烈なグローバル競争を生き残るため、次世代創薬技術であるバイオ創薬を自社の強みとして、革新的な新薬を世界中に提供することを自社の戦略と位置付けました。一方で、巨額の研究開発費やインフラ確保の課題を抱えており、これを補完する手段として海外大手製薬会社との協業を模索するようになりました。
基本的行動2、中長期的な価値を実現できる経営手段の精査です。当時の経営トップが日頃より培っていたインフォーマルな人的ネットワークを活用して、自社の戦略方向性に適合する協業相手の探索・精査に努めたことが、ロシュ社との戦略的アライアンス締結に大きく寄与しました。
基本的行動3、価値の源泉・リスクを踏まえた主体的な交渉です。ロシュとの提携交渉では、自社の価値の源泉である研究拠点や生産技術を保持するため、「経営の独立性」を譲れないものとして位置付けました。また、日本独自の薬価制度や雇用慣行等について丁寧に説明し、正しい認識を持ってもらうよう努めました。
基本的行動4、従業員や取引先への前向きなメッセージの発信です。われわれはロシュとの資本提携を「戦略的アライアンス」と呼び、取締役会を中外製薬の業務執行取締役3名、ロシュ3名、独立社外取締役3名で構成することで、ロシュの意向に偏らない中立的な意思決定ができるガバナンス体制を確立しました。これは中外製薬における経営の独立性を株主や従業員に説明する上で、大いに説得力を高めるものになりました。
基本的行動5、対話の継続による信頼関係の構築と価値実現です。中外製薬ではアライアンス締結直後から、営業・生産・研究開発等の機能部門ごとにロシュとの共同委員会を設置し、両社間の実務レベルでのコミュニケーションを強化することでタイムリーに課題を共有し、お互いの良いところを取り入れる前向きな議論が行える体制を構築しました。また、ロシュとの人財交流・研修にも注力しており、グローバル人材の育成に力を入れています。
企業価値向上に向けた海外資本活用ガイドブック 中間プレーヤーとしての考察
野々宮:
私の所属するフーリハン・ローキーは、ニューヨーク証券取引所上場のグローバルなM&Aアドバイザリーファームであり、いわゆる中間プレーヤーの1つです。中間プレーヤーの主な役割は、情報提供、パートナー候補の分析・提案、紹介、代理人としてのコミュニケーションですが、M&A案件が具体化してから関わるのではなく、ぜひ早い段階から対話を始め、いろいろな頭の体操を一緒にしていただくことをおすすめします。
中間プレーヤーとの上手な付き合い方には、いくつかポイントがあります。まずは、接点を増やして各社のアプローチ、強み、特色、担当者に対する理解を深めることです。「この会社は誰の代理人か」「どこからフィーを得ようとしているのか」といった立ち位置を確認することが重要です。
また、提案に対してフィードバックを行い、宿題を出すことも重要です。例えば「これはうちの会社にはこの理由から合わない」「ここが足りないから、次はこうしてほしい」と具体的に伝えることで、分析・提案力や真摯さが見えてきます。
特に海外資本を活用する場合、日本側のメンバーだけでアドバイザリーチームが完結することはほぼありません。海外資本サイドの情報を持つ海外チームとの連携が重要です。ただし、会社によっては海外オフィスの人材を日本チームがうまく使いこなせない、報酬体系が異なるために、日本チームはやる気があるのに、海外チームにコミットメントがないといったこともあるので、その実態を見極める必要があります。
アドバイザリーフィーの相場観を持つことも重要です。時間チャージ型のファームもあれば、成功報酬型のファームもあります。どちらが良いというよりも、報酬体系がどう設計されているかを理解することが重要です。そうすることで、「この案件はこの人に頼むといくらかかる」「この案件はあの人に頼んだ方がいい」といった相場観ができてきます。
最後に、相見積もりについてです。提案内容を複数比較することは意味がありますが、特に非公開化案件では、複数社に声をかけることで、情報漏洩や対抗ビットが入るリスクが高まるため、不必要な相見積もりは避け、一定程度の感触を事前に持っておくことが重要かと思います。
私は事業会社時代に、「アドバイザーの力量はあなたの鏡だ」と言われたことがあります。仲介型か代理人型か、成功報酬型か時間チャージ型かといった特性を理解し、適切に使い分けることが重要です。丸投げではなく、明確な指示とこまめな軌道修正が不可欠です。また、プライオリティの決定はアドバイザー側ではできないので、重要性の定義、取捨選択は自社で行う必要があります。M&Aは、1つの大きな決断ではなく、小さな決断の積み重ねで成り立つものです。1つ1つの決断をより良くするために、中間プレーヤーを上手に活用していただければと思います。
質疑応答
- Q:
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海外資本活用が成功するためには、マッチングや交渉だけではなく、PMIが非常に重要です。PMIを円滑に進めるためのポイントや、御社の具体的な取り組みをお聞かせください。
- 岩井:
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まずは社内外のステークホルダーが、win-winの関係で相互補完しながらゴールを実現するのだという共通意識を持つことです。弊社では、さまざまな実務上の課題をロシュと共有し、ブレストしていく中で新しいアイデアが生まれたり、解決策が出てくることもあり、共に課題解決に向かう仕組みを構築したことが大きいと思っています。
また、人材交流も積極的に行っています。グローバルでの開発・販売をロシュ社に任せるということは、弊社の中でグローバル人材が育ちにくいという問題意識は当初からあり、それを解消するために、短中期を含めて積極的に人材交流をしています。
いずれにしても、信頼関係の構築と、共に目標に向かうという姿勢、それを補完するシステムをしっかり運用していくことが重要なのだと思います。
- Q:
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海外企業による同意なき買収提案に対して、企業側には依然として抵抗があるように見受けられます。取締役会の同意を得るにはどうすればよいのか、買収者側で工夫できる余地があるのか、それとも日本企業の取締役会、特別委員会が十分に機能していないということなのか、お考えをお伺いします。
- 野々宮:
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企業側に抵抗があるのは一定程度当たり前のことですが、日頃から、そのような事態を想定したそういう頭の体操をしていないため、アレルギー反応のような拒否感を示してしまうのだと思います。上場企業である以上、いつそのような事態が起こってもおかしくないという意識を持って、過度に驚かずに対応できるよう準備しておくことが重要です。
ただ、実際には海外の人が日本企業を経営するのはとても難しいのだと思います。会社は人によって成り立っているので、敵対的買収によって人材が離散してしまえば買収の意味が失われてしまいます。場合によっては、対象会社がホワイトナイトを見つけてきて、他の人の手中に落ちてしまう可能性も高く、敵対的買収はテクニカルには可能である一方、実務的にはなかなか起こりにくいというのが実態です。
日本では、取締役会のM&Aリテラシーが必ずしも高いとはいえません。全員が専門家である必要はありませんが、知見のある方を1人でも取締役に選任することで、取締役会での議論が深まり、質が向上すると思います。そのような方が社外取締役として加われば、特別委員会もその方が自然とリードするようになり、ストレスのない意思決定が促されるのではないかと思っています。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。