DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

人類の利益に役立つAI開発とは-マイクロソフトリサーチアジア東京の挑戦

開催日 2025年4月25日
スピーカー 松下 康之(マイクロソフトリサーチアジア東京所長)
コメンテータ 内田 了司(経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課長)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 情報・システム研究機構 機構長補佐 / 東京大学 特任研究員)
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開催案内/講演概要

近年の人工知能(AI)の進化は目覚ましく、われわれの生活にも大きな影響を与え始めている。マイクロソフト社は2024年11月、日本の社会経済が抱える諸課題に焦点を当て、「人類の利益に役立つAI開発」を進めていくため、アジアの新たな研究拠点として「マイクロソフトリサーチアジア東京」を設立した。本セミナーでは、マイクロソフトリサーチアジア東京の初代所長に就任した松下康之氏を迎え、新拠点設置の意図や活動内容についてご紹介いただくとともに、AI技術を活用して生活や経済社会をより良くするためにわが国が取るべき方策や、AIトップ人材育成の重要性についてお話を伺った。

議事録

マイクロソフトリサーチアジア東京について

われわれマイクロソフトリサーチは1991年に設立されたマイクロソフトの研究部門であり、その拠点の1つとしてマイクロソフトリサーチアジア東京ラボが昨年(2024年)11月に開所しました。

学際的、かつ国をまたいだ研究の促進をミッションとし、それによって新しいコンピューティングのパラダイムを作り、ブレークスルーテクノロジーを築きたいと考えています。中でも東京ラボはEmbodied AI(身体を持ったAI)の分野を第一にフォーカスしています。

東京に開所した理由は、まず東京には人材が多く集まり、優秀な大学や世界をリードする企業が集中しており、イノベーションとコラボレーションのハブになる環境だからです。そうした大学や人材とパートナーシップを構築することで研究を加速できますし、優秀な人材のプールである大学にアクセスすることで、いろいろな視点から意見をもらえるところに魅力を感じました。

特に日本にはものづくりのカルチャーがありますし、調和(harmony)のカルチャーが根強いと思います。Harmonyは今後のAIと人間の共生という観点では非常に重要なポイントであり、日本は新しい技術との共存がいち早く可能になる国だと思います。

マイクロソフト社長のブラッド・スミスはAIを、経済社会を一変させる可能性を秘めた現代を代表する汎用技術ととらえており、われわれはこの変革をもたらし得るテクノロジーを社会に届け、人々の生活やビジネス、社会の発展に貢献したいと考えています。

Embodied AIについて

Embodied AIは、知性を持って動くものを作ることをゴールとしており、実世界から学ぶ新しいタイプのAIを想定しています。その先には人手不足などの社会課題の解決を目指していて、生産活動の効率化や省力化を達成できれば、人間はより重要なタスクに自分の時間を使えるようになると考えています。

現在ラージ・ランゲージ・モデル(LLM)に代表される大規模言語モデルが注目されていますが、同様のものがテキスト以外でも展開されており、例えば画像を生成するビジョン・ファンデーション・モデルを統合することで、言語と画像を入力として受け取り、何らかのものを生成するタイプのものもあります。

このパラダイムをロボットにも拡張し、ロボット・ファンデーション・モデルを作る研究を進めています。こうしたモデルによって、自然言語でロボットにインストラクション(指示)を与えると、ロボットが言われた通りの動作をするようになるのです。

しかし、ロボットは何でもできるわけではありません。例えば、机の上に物体だけがあって、机の高さを事前にロボットに教えれば物体をつかめますが、実際机の上にはいろいろなものがあり、障害物をよけてつかまなければならないなど、さまざまな状況があります。そうした点が非常に難しい課題として残っています。

AIやロボット工学の研究者が発見した「モラベックスのパラドックス」では、囲碁や将棋など高度な推論を必要とする、人間にとって非常に難しいタスクはコンピューターには非常に簡単で、逆に人間が無意識に行う非常に簡単なタスクはコンピューターには非常に難しいとされています。もちろん生物と機械という構造の違いもありますが、そうした無意識的な動作をどう学習させればいいかということが研究としてあまり分かっていないのです。

AIトップ人材の育成

AI関連技術を作っているトップ人材の出自を探るために、機械学習の国際的なトップ会議の1つであるNeural Information Processing Systems conference(NeurIPS)における発表論文の著者をトラッキングすると、学部段階の出身で一番多いのは中国でしたが、多くのトップ人材は米国での就職を選んでいることが分かっています。

またトップ人材が働く国は、2019年は北米(米国、カナダ)が75%を占め、あとは欧州が多かったのですが、2022年は中国の割合が増え、米国はプレゼンスを維持しているものの比率は少しだけ下がっています。興味深いのは、出身国で見ると2022年時点で中国出身者が5割近くになっている点です。

一方、わが国の博士号取得者数は、米国や中国が順調に増えているのに対して伸び悩んでいます。人口100万人あたりの博士号取得者数も多いとはいえません。

なぜ日本はトップ人材が増えないのかというと、企業による博士の人材活用が進んでいないからだと考えられます。研究者に占める博士号保持者の割合を見ると、企業はほとんど増えていないのが現状です。

博士号保持者のうち企業に雇用されている人の割合を見ると、日本が13.8%に対し米国は38.5%と大きな差があります。ビッグテック企業が米国に多いという理由もありますが、その波及効果としてコンピューターサイエンスを活用する風土が醸成されており、コンピューターサイエンスを学びたい学生が非常に増えたのだと思います。

北米のコンピューターサイエンスの学部生数は、2010年から2020年にかけて3倍に増えています。日本では大学・学部ごとに定員があって、それを増やすのは容易ではないと思うのですが、学びたいものを学べるようにしてあげることで、コンピューターサイエンスやAIの需要があるところに行きたいという学生も自然と増えると思うので、そうした道を開いてあげることは重要だと思います。

コンピュータービジョンにおける最大の国際会議の1つにComputer Vision and Pattern Recognition(CVPR)というものがあります。2010年時点の論文投稿数は1,700本程度でしたが、2025年は1万3,000本に伸びています。それだけ世界ではAI研究が一気に盛り上がっているわけです。

一方、日本はそこまでの伸びが見えません。なぜなら、人材を育てていないからだと思います。国内最大のコンピュータービジョンの会議「画像の認識・理解シンポジウム(MIRU)」では、参加者数が2015年から2024年にかけて3倍程度しか増えておらず、CVPRの論文数の伸びと乖離があります。それだけ日本のAI人材は増えていないのです。

日本のAI産業の課題

日本のAI産業は、学術界・産業界ともに国際的に影が薄くなっています。学術界では世界的に新規参入者が大量に増え、論文数の増加も顕著ですが、日本はそうではありません。産業界は、北米では博士号取得者の活躍の場が広く用意されているのに対し、日本ではそれほど用意されていません。

AI産業で勝ち抜いていくためには、人に加えて計算機リソース、データの3つが重要だと思います。計算機リソースとデータは資金の問題はあるものの用意すればいいのに対し、人については時間をかけて育成していく必要があります。

一方、国内産業界の一部や大学では博士号取得者のニーズが高いように感じます。特にコンピュータービジョン分野では、人材がどんどん企業に行ってしまうので、大学の教員を見つけるのがかなり大変という現状もあります。

ボトルネックはAI人材の育成であり、人材を育成しても活躍の場がないと困るので、社会全体としてデジタルトランスフォーメーション(DX)をさらに進め、そうした人材が活躍できる環境を作ることが重要だと思います。

そのためには、学部における定員枠を弾力的に拡大していくことが必要ですし、企業における博士号取得者の活躍の場を拡大する必要があります。博士を取ったら必ずしも研究しなければならないわけではなく、エンジニアになるのもいいでしょうし、専門知識を持ったプログラマーも非常に魅力的な人材だと思います。そうしていろいろな活躍の場を示していくことが大事だと思います。

そして、AI先端企業における研究・開発インターンシップを進めていくことが必要だと思います。AI先端企業に学生を派遣し、インターンを半年ぐらいやってもらって、知財は放棄する代わりに政府や学術界から支援をもらうモデルもあり得るでしょう。そこはいろいろなやり方があると思いますし、産官学の3者にとってメリットがあるる解は存在すると思います。

今は学校で学ぶことはできますが、実際に大規模なモデルを訓練してくださいと言われたときに、どれだけの学生が実際にできるのかというのは甚だ疑問であり、こうした環境での訓練は価値のあるものだと思います。

コメント

内田:
企業のDXの遅れの要因として、資金面よりもデジタル人材の不足がより顕著になっています。

近年、高等教育・中等教育における情報教育の強化が進んでおり、今後はそうした人材を積極的に活用してDXを進めていくことが鍵となります。

足下では生成AIが非常に大きな話題になっており、企業でも活用環境の整備が進んでいると思いますが、まだDXにはつながっていない状態です。そうした中、まさにEmbodied AIのような形で具体的にフィジカルなものにAIが転化していくところは可能性を感じました。

松下:
Embodied AIに限らず、AIの活用によって業務を効率化することは避けて通れないと思いますが、実際にDXを推進したいと思っても先立つものがなかったり、社内の人材不足などいろいろな課題があると思います。

情報を学んだ人材がいろいろなところに散らばることになると思いますが、彼らは必ずしも情報をメインの職業として扱うわけではなく、情報のこともよく分かった上で何らかの職業を選ぶことになると思います。そうしていろいろなレイヤーで情報を学んだ人材が増えればDXがいっそう進むと思いますので、情報のことが分かる人材を社会に増やしていく取り組みはぜひ続けたいと思います。

質疑応答

Q:

御社がEmbodied AIなどの開発を進める上で、米中摩擦や、中国に対する安全保障上、産業競争力上の懸念は影響がありますか。

松下:

社員に対して、この研究はあなたのいる国ではやめておきましょうという話は今のところありません。もちろん倫理観は全研究者が共有していますが、この研究はこの国だけでやろうという切り分け方はしていません。

Q:

AI人材の男女比率はどうなっていますか。一般的に女性比率が低い工学系分野よりも女性の活躍が期待できる分野だと思うのですが、いかがでしょうか。

松下:

私も活躍が期待できると思っています。欧米・中国では女性の比率が日本に比べて圧倒的に高いです。力仕事もないし、テレワークもしやすく、選ばれやすい職だと思うのですが、現状としては増えていません。高校での情報教育も始まり、状況が少しは変わっていくことを期待しています。

Q:

トップAI人材が働く国として日本が選ばれるために日本政府は何をすべきでしょうか。

松下:

一番のネックになっているのは日本企業賃金の低さだと思います。賃金を上げるとともに、モビリティが高いのは若者だと思うので、若者をターゲットにして来やすくなるような環境を作ることが必要だと思います。

Q:

人類の利益に害となるAIがあるとすれば、どのようなものでしょうか。

松下:

軍事利用は絶対にやめてほしいと思います。技術はいろいろな応用ができてしまうので、便利なものは戦場でも便利だったりしますが、軍事利用しないようにすることは研究者としての責任でもあります。一方で、生活が豊かになる技術を作りたいという思いもあるのでジレンマはあるのですが、軍事利用のような不幸につながる使い方をしないことが大切だと思います。

Q:

AIによる生産活動の結果、人間はどのような活動にシフトしていくとお考えですか。

松下:

AIは生産活動を効率化してくれるだけであって、完全に人間をリプレースするものではないので、AIが作ったものを人間がチェックする必要があります。ただ、人間が全て行うのに比べて効率的なので、AIを使いこなしながら、スーパーバイズしながら、直してあげながら仕事をこなしていくことも増えるでしょう。重要な意思決定は引き続き人間が行わなければなりませんし、生成AIが発展したとしても人間から考える能力を奪うことには絶対にならないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。