RIETI-JETRO-EUJC共催BBLウェビナー

ウクライナの最新情勢と日本企業の貢献

開催日 2025年3月12日
スピーカー 平木 忠義(在ウクライナ日本国大使館 一等書記官)
コメンテータ 田辺 靖雄(RIETIコンサルティングフェロー / 一般財団法人日欧産業協力センター 専務理事)
モデレータ 知念 健史(経済産業省通商政策局欧州課 課長補佐)
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開催案内/講演概要

ロシアによるウクライナ侵攻は4年目を迎えた。国際社会において停戦に向けたさまざまなやりとりが交錯しているが、前線における戦闘と破壊は続いている。世界銀行等による被害・ニーズ調査(RDNA4)によれば、戦後復興に係る費用は10年間で5,240億ドル(78兆円)ともいわれ、特にエネルギーインフラに対する攻撃は深刻なエネルギー不足をもたらしている。困窮するウクライナの人々に対して、戦後の復興経験、阪神淡路大震災や東日本大震災等の数々の被災経験を持つ日本は何ができるのか。本講演では、在ウクライナ日本国大使館一等書記官の平木忠義氏をお迎えし、ウクライナの現状と日本企業の貢献についてご講演いただいた。

議事録

ウクライナの最新情勢

昨日、サウジアラビアのジッダにおいて、米ウクライナの高官級協議が行われ、共同声明が発出されました。主なポイントは4つです。

まず、ウクライナは米国の提案する30日間の停戦を受け入れる意向を表明していますが、ロシアの同意が条件となっています。次に、米国はウクライナへの情報共有の凍結を解除し、安全保障支援を再開するとしています。そして、双方は永続的な平和に向けた交渉を開始することで合意しました。また、ウクライナの鉱物資源開発に関する包括的協定を締結する方針です。

その上でゼレンスキー大統領は、空襲の停止として空の沈黙、黒海での戦闘行為の停止を含めた海の沈黙、そして捕虜の解放と子どもたちの帰還を求めています。

ウクライナ政府は経済再建に向けた投資を促し、国内の製造基盤を高めるために「Made in Ukraine」政策を推進しています。キーウでは戦時下でも人々は生活を維持し、バレエやミュージカルの観劇も行われています。市民生活を維持することは侵攻への抵抗の意を示すという側面もあります。

ウクライナの経済状況

2022年に大きく落ち込みを見せたウクライナのGDPは、2023年にはプラスに回復しています。2024年、2025年のウクライナ経済について世銀やIMFはプラス成長を見込んでおり、プラス要因として、政府による公共事業、防衛産業の生産性向上・イノベーション、農業生産の増加、そして海外からの支援資金の流入が挙げられます。一方、マイナス要因としては、動員令による労働力不足、賃金上昇、エネルギーインフラへの攻撃によるエネルギー不足が懸念されます。

対外交易は経常赤字構造となっています。戦争により外貨規制が導入されていましたが、現在は解除されたことから海外への利益送金は徐々に再開しています。為替は中央銀行の介入により大幅な下落が抑えられています。外貨準備は至上最高の水準で推移している状況です。

ウクライナは主に欧州向けの農産品や鉄鋼製品を輸出し、自動車等の機械類を輸入していますが、侵攻後はポーランドとの交易が拡大しています。対内投資については米国やルクセンブルクからの投資が増加しています。一方で、ウクライナ側には汚職問題への対応などガバナンスの強化が求められています。

ウクライナの復興需要

世界銀行等の調査では、2025年から35年での復興費用は5,240億ドル(約78兆円)と見積もられています。特にエネルギー、インフラ、住宅分野で多くの費用を要するといわれています。主要国による支援総額は約2,875億ドルで、その約4割が米国からの支援です。

農業はウクライナのGDPの約12%を占めますが、農業生産が国内需要を上回ることから輸出が不可欠です。また、戦争による地雷や土壌汚染といった課題に加えて、物流においてもオデーサ港からの輸出は回復するもののコンテナが不足しているため冷凍・冷蔵品といった商品の輸出は陸路や運河に限られるといった課題が存在しています。

デジタルイノベーションもウクライナの強みで、AI分野では中東欧で第2位です。ウクライナでは防衛産業のスタートアップエコシステムが構築されています。特に最新技術の実証から社会実装までの期間が非常に短くなるような取り組みが行われています。防衛産業に限らず、技術実証から社会実装までの期間を短くする取り組みは日本のスタートアップにとっても参考になると考えています。

エネルギー分野では、2030年までに温室効果排出ガスを65%削減する目標を掲げ、水素、バイオメタン、天然ガスを重点分野としています。欧州企業は再生可能エネルギーの導入に向けた投資に関心を有していますがリスク回避策や長期保証が課題となっています。

ウクライナ企業による投資案件

EPICENTR(エピセンター)は、もともとホームセンターや物流を手がける企業ですが、農業や建築資材製造にも進出しています。店舗はIKEAとビバホームを統合したような巨大施設で、デジタル管理により販売状況を把握しています。また、農業分野ではGPSや気象衛星情報を活用して、大規模化と効率化、そして小規模農家との連携を実現しています。こういった取り組みは日本の農業にとっても参考になるのではないかと考えています。

また、EPICENTRは、カーボンニュートラルに向けたバイオエコシステム投資を計画しています。工業団地の中でバイオメタンを生成して発電に利用したり、将来的には航空機燃料などの燃料の生産につなげる計画です。現在、フランスやイタリアの装置メーカーとも話を進めているようですが、日本企業の参画も期待されているところです。

さらに、AZOR社によるトウモロコシを使ったバイオエタノールの生産や、VIP-COによるレタスの自動栽培など、地元の資源や技術を活用した投資計画が進んでいます。

日本企業の貢献

今後の日本とウクライナの関係は、単なる支援だけでなく、それを日本の経済発展に裨益させていく視点が必要です。個人的には、食料・エネルギー、イノベーション、復興支援とビジネスの3点が重要だと考えています。

食料の安全保障では、ウクライナとの食料の補完関係の構築や海外備蓄に向けた官民連携、ウクライナの大規模農業経営やデジタル化の経験の共有や連携が期待できると思います。また、エネルギー分野では、農業国の利点を生かし、地場の農業資源を使ったバイオエネルギーはコスト競争力が高いことから欧州市場への展開が考えられます。

イノベーションにおいては、ウクライナの電子政府プラットフォーム「Diia City」の先進的な取り組みを学ぶべきです。また、スタートアップへの緩やかな関与や、次世代モビリティでの協力、特に実装段階における性能評価の短期化や1対多運航管理の手法は、日本の制度設計にも役立つ可能性があります。

医療分野では、帰還兵や傷病兵の増加に伴い、ウクライナが医療技術のイノベーション中心地になる可能性があります。医療システムのパッケージ輸出と、そのための制度整備も長期的なビジネスにとって重要です。

復興支援とビジネスに関しては、保守サービスを含めた機械輸出ビジネスにつなげていくことが将来的な投資につながると思います。また、復興については例えば建設分野ではコンクリートから鉄鋼に素材を変えていくこと復興スピードの向上にも貢献できるかもしれません。また、震災復興では住民の期間に向けた日本の経験が役に立つと考えます。さらに、供与された支援物資を無駄にしないという観点から例えばウクライナに対して供与したジェネレータの維持管理支援を行うことでウクライナをエネルギー支援拠点とすることもできるのではないかと考えています。

コメント

田辺:
私からは、日欧産業協力センターの事業についてご紹介させていただきます。当センターは、経済産業省と欧州委員会の合弁事業として設立され、両地域のファンドを基に産業間の連携強化に取り組んでいます。その背景には、2019年に日本とEUが締結した「コネクティビティ・パートナーシップ」があり、海外でのインフラ系プロジェクトにおける協力の取り組みがあります。

そのためのファイナンスとして、EU側のEIBやEBRD、日本側のJBICやJICAとの協力関係があり、私どもは日本企業とEU企業の第三国市場における事業展開を促進しています。当センターでは、そのような企業向けにパートナー探しやビジネスマッチング、セミナーなどの支援を提供しています。

これまでの事例として、アフリカでは約20件、アジアでは約25件のプロジェクトが特定されて、インフラ系、エネルギー・グリーントランジション系、デジタルトランスフォーメーションの3分野が中心となっています。パートナーシップの形態も、パブリック・プライベートパートナーシップ、M&A、コンソーシアム、ODA活用、サプライチェーン契約、ジョイントベンチャーなど多岐にわたります。

今後、ウクライナにおいてはEUからの資金投入も予想され、復興需要は非常に大きなビジネスチャンスになると見込まれます。日本企業にとってなじみの薄いウクライナ市場でもポーランドをはじめとする欧州企業と連携することで、さまざまなセクターでの復興需要への関与が考えられると思います。

平木:
ウクライナはポーランドや中東欧地域との関係が強化され、特にポーランドは交易面に加えて、政治的側面でもウクライナを支援をしています。経済産業省においても、ウクライナを含む中東欧地域での技術実証に対する支援を今後行っていく予定ですが、企業においても、地域全体を視野に入れた企業戦略の中でウクライナ支援を考えていただければと思います。

質疑応答

Q:

汚職の低減に向けた具体的な取り組みをご紹介ください。

平木:

具体的な取り組みとしては、税関長の任命プロセスにおける透明性の向上があります。また、法務省や国連開発計画(UNDP)と協力し、Anti-Corruption Task Force for Ukraine (ACT for Ukraine)の推進が図られています。それ以外にも、国営企業改革として監査役の中に外国籍の監査委員を選定する取り組みも行っています。

Q:

完全オンライン形式で日本企業とビジネスをしているウクライナのIT企業はありますか。

平木:

現時点でその有無は分かりませんが、ウクライナにおけるデジタル企業の例としては、日立がグローバルロジックという企業を運営しており、楽天がKyivstarと協力関係にあります。また、ジェトロはJ-Bridgeというビジネスマッチングのプラットフォームを提供しています。

Q:

ウクライナから日本への穀物輸入を増やすべきとお考えになる理由と、そのメリットについて教えてください。

平木:

日本が穀物の輸入を増やすべきというお話をしているわけではありません。ウクライナの農業の現状から輸出が不可欠ですが、その最適な輸出先は、グローバルネットワークの中で各企業が適切に考える必要があると思っています。ウクライナ側とすればEUが主な輸出先であったが、今後は東アジアを含めて輸出を増やしたいという希望はある。日本の食料安全保障の観点から、ウクライナ産農産品の輸入拡大を検討してもよいのではないかと思った次第です。

Q:

侵攻から3年が経過する中、ウクライナの経済状態は思ったほど悪化しているようには見えませんが、どのような要素が考えられますか。

平木:

ウクライナの2025年の予算状況は、歳入が約2兆フリヴニャ、歳出が約3.6兆フリヴニャで、歳出の60%程度が防衛部門に充てられる見込みです。こういった中で国の経済運営は、通貨安に対する介入や、支援資金を活用した公共投資による経済の下支えに加えて、ウクライナ国民の経済を継続させるという強い意志が挙げられると思います。

Q:

法人のウクライナ渡航制限について、緩和の動きはありますか。

平木:

現時点で緩和の動きはないと理解しています。キーウにおいても空襲の頻度が増えており、周辺環境も含めた総合的な検討が必要です。

Q:

現地あるいは日本国内において、日本企業で就労を希望するウクライナ人は多いのでしょうか。

平木:

いらっしゃると思います。ウクライナにも日本語を話せる方がいますし、日本に避難された方々もいらっしゃるので、そういった方々に間に入っていただいてビジネスを動かしていくというのも1つの方法としてあるのではないかと思います。

Q:

エネルギー分野やインフラ分野において、日本の強みが生かせる具体的なイメージがあればご教示ください。

平木:

エネルギー分野であれば、プラント技術、それを構成するモジュールやシステムに加えて、効率化に対する考え方があります。インフラにおいては、日本が世界中で行っているインフラ協力や地雷対策の取り組みが挙げられます。今後も持続可能な技術の発展と協力関係の強化を続けていきたいと考えています。

Q:

ウクライナ政府から製鉄分野での支援要請はありますか。

平木:

現時点ではありませんが、将来的には製鉄所の再建やグリーンスチールの輸出に向けた支援要請が出てくるかもしれません。

Q:

現地の日本語人材の集積状況や日本語教育の充実等、日本企業との親和性の観点から現状を教えてください。

平木:

ウクライナに進出している日本企業の数は40社程度ですので、日本のプレゼンスは戦前のウクライナではあまり高くないと思っています。ただし、ウクライナは欧州に地理的にも近く、バイオ産業や医療分野において日本のビジネス展開が今後進んでいくだろうと考えています。現地で日本語を学んでいる人たちはそれなりにいますし、日本アニメが放映されていたり、日本からのウクライナ支援を通じて、日本との親和性は以前より相当高くなっていると認識しています。

Q:

戦争で男性が出兵することにより、社会における女性の役割の変化や、ビジネス分野での女性の活躍は見られますか。

平木:

女性の社会進出はかなり多くなっています。企業も若年層やシニア層、女性を雇用することで、男性の出兵による労働力不足に対応していると聞いています。ウクライナの女性は自分の意見や意志を強く持っている方が多いので、ビジネス分野における女性の活躍も今後期待されると考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。