RIETI-ERIA共同企画「ASEAN経済への視点」シリーズ

ERIAから見たASEANの展望-ERIAと日本の役割を考える

開催日 2024年3月26日
スピーカー 渡辺 哲也(東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA) 事務総長)
コメンテータ 浦田 秀次郎(RIETI理事長 / 早稲田大学名誉教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

ERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:東アジア・アセアン経済研究センター)は、東アジアの経済統合に資する研究および政策提言を目的として、東アジア16カ国首脳の合意に基づき、2008年にインドネシア・ジャカルタに設立された国際研究機関である。第1回となるRIETIとERIAの共同セミナーではERIAの渡辺哲也事務総長とRIETIの浦田理事長を迎えて、ERIAの設立経緯および研究成果、東アジア・ASEANの経済・社会情勢と課題を報告いただき、ERIAと日本が同地域の未来に果たす役割や貢献についてディスカッションを行った。

議事録

ASEAN・東アジアの経済・社会情勢

ASEANのGDPは10カ国を合わせても3.4兆ドルと、米国の25兆ドル、欧州の16兆ドルに比べると小さく見えるかもしれませんが、4.2兆ドルの日本、3.6兆ドルのインドの背中に迫ってきている状況です。2022年時点のGDPの成長率は、インドは7.2%、ASEANは5.7%でした。

S&Pグローバルは、2030年までにインドが日本を追い抜き、経済規模世界第3位の国になると予測しています。製造業の立地が進み、「Make in India」が現実のものになりつつあるのが今のインドです。

経済成長を決める1つの大きな要因が人口構成です。インドネシアは人口の中央値が28歳で、今後この若い層が経済・社会成長を支えていきます。インドは若干少子化も始まっているものの、日本とは明らかな差があり、ある種の相互補完性が見られます。

スタートアップの資金調達額とユニコーンの誕生数で見ても、ASEAN全体で日本よりはるかにスタートアップが盛んであることが見て取れ、日本の金融機関もASEAN各国のスタートアップに資金を供与しています。しかし、成長とは裏腹に、所得格差、環境保全、エネルギー転換等の問題に対して、いかに持続可能性を確保していくかという大きな課題も見えてきています。

新しいグローバル・ガバナンス

近年、G20の議長国もグローバルサウスの国が中核となってグローバル課題を引っ張っていく流れとなり、もともと西側中心の国際機関の中に新興国が入っていくことで、新興国を変革していくとともに、国際機関そのものの性格やガバナンスを変えていくような動きが見られます。

来年(2025年)は、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)の70周年です。インドネシアは当時から非同盟主義で、その伝統は外交政策の基本としていまだに生きていますが、戦後のブレトン・ウッズ体制の変容とも言える大きな構造変化が今起きているのではないかと思います。

Foreign Policy Community of Indonesia(FPCI)とERIAによるASEANの周辺国に対する意識調査では、米国は安全保障上のパートナーであり、日本は20世紀のパートナー、中国は未来のパートナーであることが分かりました。

ASEANは政治安全保障面で米国に期待し、経済分野では中国、社会文化では日本に期待を寄せています。ASEANが日本を信頼できるパートナーとして見ているというのは重要なメッセージだと思います。

ERIAの果たすべき役割と貢献

ERIAは東アジアのOECDとして、2008年6月に東アジアサミットの首脳合意により設立された国際機関です。メンバー国は16カ国で、今は職員が150名ほどいます。主に、経済と貿易、エネルギー転換、デジタル、ヘルスケア、環境、それから食糧安全保障の領域で調査・研究を行っています。

エネルギー領域では「アジア・ゼロエミッション共同体構想」が提唱され、昨年(2023年)12月に行われたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会議において、ERIAに「アジア・ゼロエミッションセンター」を設立することが合意されました。

エネルギー転換と関連して、東南アジアでも環境問題への関心が非常に高まっていまして、気候変動、生物多様性、汚染対策とエネルギー転換への統合的なアプローチを唱える人が増えています。

また、昨年の8月には、ASEANのイノベーションハブとして「デジタルイノベーション・サステナブルエコノミーセンター」を設立し、デジタルイノベーションとスタートアップの支援にも力を入れています。

データ・ガバナンスの観点では、ERIAは「ASEANデジタル経済枠組み協定(DEFA)」の中で交渉官を巻き込みながらさまざまなインプットを行うとともに、「Institutional Arrangement for Partnership(IAP)」を通じて信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)を広めるため、ASEAN地域はERIAが中心となって進めていきます。

日本にとって大事なのは、ASEANと日本の関係を次の世代へつないでいくことです。昨年は、日ASEAN友好協力50周年でしたが、過去50年に築き上げた相互の信頼を次の世代へどのようにつないでいくかが最も大きな課題です。

ERIAは研究機関ですが、若い世代の人材交流の場としても役割を果たしていきたいと思っています。われわれは、この地域の公共政策を担う人材、デジタルや理工系の人材が集まって、これまでの経験や今後の課題を共に議論するためのプラットフォームを作りたいと思っています。

コメント

浦田:
私からはERIAにおける研究に焦点を絞ってお話ししたいと思います。ERIAは、東アジアにおける経済統合の深化、経済発展格差の縮小、持続可能な経済成長の実現に向けて政策提言を行うことを目標に、その裏付けとなる実証研究をしています。研究プロジェクトは、ERIAの執行部および所属の研究員の発案によるものと、外部からの依頼・要請によるもの、この2つで構成されています。

ERIAにはさまざまな国から36人の研究者が参加しています。若くて活動的、かつ質の高い研究者がそろい、外部機関との協力も盛んに行っています。代表的なプロジェクトとしては、アジアの16カ国を中心として経済発展を促進するための計画、「Comprehensive Asia Development Plan(包括的アジア発展計画)」と「ASEAN/ East Asia Non-tariff measures Database」と呼ばれる。非関税措置データベースの作成を基にした研究があります。

2024年3月時点で、ERIAは536本のディスカッションペーパーを出版しています。その他にもポリシーブリーフ・レポートの出版、Routledge等との商業書籍の出版、学術雑誌・書籍への投稿、国際会議での発表・報告を通して研究成果を公表し、政策形成に貢献するとともに、学術研究を進めています。

質疑応答

Q:

事務総長に着任されて1年近くたちますが、どのようにお感じですか。

渡辺:

ASEAN・東南アジアは世界の経済成長を引っ張っていく重要な地域であり、国際政治という観点からも戦略的に要衝となっている地域です。日本だけでなく、域外の国々がいかにASEANとの協力関係を強めるかということに強い関心と熱意を持って働きかけをしているのが、ここにいてよく分かります。

ERIAは日本の主導によって作られましたが、15年たち、ASEANを支える中立的な国際機関であるという認識が相当出てきたと思います。そういう中で、この成長地域の発展を支えるためにいろいろな課題に応えていきたいですし、日本の国益にも沿うようにがんばりたいと思います。

Q:

ASEANの中から見たこの地域はどのように映っているのでしょうか。

渡辺:

ERIAはインドネシア・ジャカルタにあります。インドネシアはCOVID-19を挟んで確実に経済成長をしており、これから先は開けていくのだという確信が社会の中で共有されている感じがします。そういう中で日本に対する信頼は非常に高いので、相互補完的に発展していくと同時に、日本がこの地域の活力を自らのものに取り入れていくことができたらよいと思っています。

Q:

日本政府や日本企業に対して、提言あるいはコメントをいただけますか。

渡辺:

日本政府としては、次の50年の日ASEAN友好協力につなげる取り組みを具体化していくことだと思います。日本企業にはこの地域にどんどん関与していただき、地域を発展させつつ、自分たちの成長にもつなげていっていただきたいと思います。

東南アジアは、真の対等なパートナーとして日本と一緒にやりたいと願っています。デジタルやエネルギーが典型的ですが、海洋汚染や環境問題への対応、健康・医療技術は日本がまだ強い力を持っているので、この地域の展開へ貢献できる余地が大きいと思います。

浦田:

高等教育や研究所における人材育成にもっと取り組んでいただきたいですし、その意味でERIAにはさらなる貢献を期待しています。また、日本企業が現地に進出して人材育成を進めることも大切で、特に税制改革に貢献するような人材を育てることが重要だと思います。

Q:

ASEANでは中国の進出はどのような形で進み、中国の華僑は現地の経済発展にどのように関わっているのでしょうか。

渡辺:

鉱山、日用製品、デジタルのスタートアップ分野において中国企業の投資が進んでいます。経済関係が密接につながっている反面、国際的な対立関係によってサプライチェーンが中国からASEANあるいはインドへシフトしてくるという期待もあります。華僑については、東南アジアにはそのネットワークがあり、社会の中で長く重要な役割を果たしてきています。

浦田:

米中対立の影響を受けて、中国で創業した中国企業が非常に素早くASEANに進出しています。ASEAN側から見れば、これは経済活動を活発化する上で好ましい状況であると受け取っていると思います。

Q:

ASEAN各国の産業分野における脱炭素の動きは本格化してきているのでしょうか。

渡辺:

デジタル技術を活用したサプライチェーンの脱炭素化は大きなテーマです。特に欧州のCBAMがこの地域の産業に与える影響や、そのための準備に関してはかなり関心が高いと思います。

Q:

ASEAN各国で、経済安全保障の意識は高まっているのでしょうか。具体的にどのようなリスクが想定されていますか。

渡辺:

大国に挟まれた中で経済圏としてのまとまりを作っていくというのがASEAN設立以来の伝統で、国際関係の中でバランスを取りつついろいろな国と付き合い、ヘッジングをしながら自分たちの成長と生存を確保していくというのが基本かと思います。

インドネシアでは製造プロセスを国内に持ち込む動きや、最近は東南アジアでもバックエンドの投資が進んでいることもあり、サプライチェーンが下がってくるときに自分たちがどのような投資を受け入れていくべきかという点に関心があります。ですので、東京で見ている経済安保と若干感じが違うところもあるのではないかと思います。

浦田:

ASEANにとっては自分たちの経済発展・経済成長が大きな目標なので、それを実現するためには米中対立の中でどちらかを選択するのではなく、どちらとも経済関係を維持していくということだと思います。それはインドでも同じです。

Q:

「ASEANの人材×日本」の文脈で、アドバイスあるいはコメントをお願いします。

浦田:

ASEANの中あるいはインドには若い人たちが多い国もあるので、人口減少が始まっている日本と補完関係にあるという意味で、労働者を供給してうまく活用してほしいといった期待がASEAN側にはあるように私は見ています。日本としても優秀な人材を日本に連れていきたいという思いはあるので、その辺のマッチングをうまく進めていくことが、日本、ASEAN、インドにとっての課題だと思います。

渡辺:

こちらの政府あるいは中核となって大学を支えている人の中には日本に留学した方も多く、日ASEANの関係の今につながっていると思います。欧米の大学に留学する人が増える中、日本のこの素晴らしい社会、成熟した社会の制度や技術を知ってもらう機会を増やして、還流する仕組みを作ることが大事です。

現場にはいろいろな社会課題がある中で、そこに知恵を絞って貢献したいという日本のスタートアップの方もたくさんいらっしゃいます。双方向の力が必要なので、ぜひ日本の方にも現場を見に来ていただければと思います。

Q:

ASEANの課題は何でしょうか。

渡辺:

エネルギー、環境、公衆衛生、人材の育成、都市と地方の格差など、成長の過程で多くの課題があります。それらの解決に向けて、日本は多くの経験や知恵を提供できると思います。

浦田:

まだ貿易の自由化・円滑化が進んでいないことが課題として残っています。その背後には格差問題や政治経済の問題があるので、常にそういった課題を念頭に置きつつ、政策を立案、実施していく必要があると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。